第50話 ヘイルストロームのカマル
「と、到着いたしました.........」馬車に乗って1時間。目的地であるヘイルストロームの入り口に着いた健人とツバキ。「お代の方なんですが.........」御者がお代を請求しようと振り返ると、2人は一目散に馬車を降りて行った。「結構です.........」諦めて早急にその場から走り去って行く。
「うっ、ひどい臭い.........」降りた瞬間腐敗した刺激臭に耐えきれず、鼻を摘む健人。「本当に人が住んでるの?!」
「キミはここにいて。私1人で行く」ツバキは健人を置いて、何食わぬ顔でヘイルストロームの中へと足を踏み入れる。
ツバキがヘイルストロームを訪れるのは1年ぶり。崩壊寸前の家屋。道端に屯する
負の記憶が次々にフラッシュバックしながら、ツバキは奴隷商の建物の前に到着した。
横では変わらず露店で肉料理を提供する店主、ツバキに目もくれず得体の知れない肉を黙々と焼いている。
ツバキは露店の店主と会話を交わす事なく店中へと入って行く。牢屋の中には女のエルフが4体、裸で床に置かれた肉の切れ端を食べている。
ツバキに気づいたエルフ達は手を止め、顔を上げて引き攣った笑顔を見せる。その表情を見たツバキは怒りを露わにし、鞘から聖剣を抜き牢屋の錠前を斬り壊す。
金属のぶつかる衝撃音を発した後、壊れた錠前が地面に落ちる。それまで笑顔を保っていたエルフ達は怯えた表情を見せ、牢屋の隅に肩を寄せ合う。
「私の名はツバキ。あなた達と同じエルフよ」扉を開け、髪を掻き上げて斬り落とされた耳を見せ、自分の正体をエルフ達に伝える「1年前までここいた。助けに来たの」
牢屋の中のエルフ達に手を差し伸べるツバキ。1体のエルフがツバキの手を取ろうと腕を伸ばすが、横のエルフが阻止する。「もう大丈夫、私と一緒に王都を出ましょう」
「.........出来ない」1体のエルフが震える声でツバキに話す。「自由無い.........殺される.........」
「それはアイツの洗脳なの! だから私一緒に来て! 必ず自由にさせて見せるから」ツバキはエルフ達が心配させないよう、安堵の表情を浮かべ必死に説得する。
ツバキの言葉に心を打たれたのか、1体のエルフが立ち上がる。ゆっくりとツバキの元へと歩き出す。「約束する、みんなは私が守る」ようやく助けることが出来ると確信する、しかしエルフはツバキを突き飛ばし慌てて開いた牢屋の扉を閉めた。
「なっ.........?!」後ろに突き飛ばされたツバキは、何者かに支えられる。「何で閉めるの?!」エルフは怯えた顔で扉が開かないよう固定し、ツバキの後ろを見つめる。「自由になれるんだよ?!」
「お客ちゃん.........商品の窃盗は困ります。商品達が酷く怯えてしまってますので」
「はっ.........!」ツバキの耳元に話しかけられる女の声。その存在に気づき、慌てて離れた。
ツバキの後ろに立っていた謎の婦人。店の前では革コートを着た男「ほう.........誰かと思えば、いつぞやの商品だったエルフじゃねぇか」不敵な笑みを浮かべツバキを見つめる。
「.........カマルぅ!」記憶の奥底に封印した名前を口に出し、憎しみに眼で睨みつけ聖剣を構える。
「見ねぇうちに小綺麗な格好になりやがって、まぁ噂は聞かないけどな」
「.........殺す、ぶっ殺してやる!」
ツバキがカマルに斬りかかろうとした瞬間、婦人が背後に回り優しく髪を掻き上げる「喧嘩は外でやってちょうだいね」小声で耳打ちする。
「はっ.........! はい.........」ツバキは一瞬驚くが、素直に従いゆっくりと店の外へと歩きだす。
「さてと、ここで優雅に鑑賞致しましょうかな」婦人は牢屋の中にいる1体のエルフを指差す。指名されたエルフはゆっくり立ち上がり、牢屋の外へと出る。婦人の元に着いたエルフは、頭を撫でられ床に四つん這いとなり、婦人はエルフの背中に腰掛ける。
婦人の名はルーラ。身長173cmの腰まで伸びる整えられた銀髪の長髪。光沢のある黒の拘束具と15cmのヒールブーツを身に纏った細身の体型。今の時期には珍しく肩に毛皮のコートを羽織っている。
「ふふ、ヨーデルの時とは違うわよ」ルーラは四つん這いのエルフの頭を撫で、脚を組んで2人の行く末を見守る。
店の前に出ると、カマルは拳を構え臨戦態勢を取る。「俺が狙いなんだろ、売れ残り。それとも俺が恋しくなったのか?」
カマルの挑発には乗らず、向かい合った瞬間聖剣を剣先を突き付ける。「ボイド・キ.........」魔法の詠唱中、カマルは素早い身のこなしで横に移動し、剣先から外れる。
カマルは左手に甲に魔法陣が出現させ、ツバキに目掛けて拳を空に向かって振り上げる。「ウェイアッパー!」拳から放たれた衝撃波が凄まじい速度で地面をつたってツバキに迫る。
「なっ?!」詠唱を止め、横に移動し迫り来る衝撃波をかわす。
「メインウェザー!」カマル十八番のメインウェザーラウンド2で一気に詰め寄り、ツバキの胸当てに目掛け殴り込む。
ツバキは咄嗟の判断で、カマルの拳を聖剣の剣身で防ぐ。「ぐっ.........!」
「ほう、いい剣持ってんなぁ」
「クソがぁ!」ツバキはカマルの拳を押し返し「はぁあああ!」聖剣を大きく振るかぶり、カマル目掛けて振り下ろす。
カマルはツバキの剣撃を軽々とかわし、聖剣は地面に小さな穴を開ける。「そんなもんかよ!」
「くっ! 舐めるなぁあああ!」剣先を持ち上げ、カマル目掛けて聖剣を振るう。何度も剣撃を繰り出すが、全てカマルに命中することはなかった。
「よくそんな腕で!」ツバキの剣撃の後、カマルは胸当てに拳を打つ。「1年も生き残ったもんだな!」
「くふっ!」拳から伝わる衝撃が全身を襲う。胸当てで防がれているが、体がよろけて隙が生まれる。
その隙を突いて、カマル間髪入れず攻める。素早い攻撃で全身を殴り、ツバキに反撃の猶予を与えない。
「くはっ.........!」攻撃を受けて疲弊したツバキがよろけて後ろに倒れそうになった時、カマルに前髪を捕まれ、顔を拳で思いっきり殴られ地面にうつ伏せに倒れる。
「ふ、強くなったのは剣だけのようだな」カマルは拳に付着したツバキの血をハンカチで拭き取る。「どうだ、故郷の地面は」地面に倒れたツバキに近づきしゃがみ込む。「懐かしいだろ、よくここで頭を下げたっけ?」
ツバキに立ち上がる体力はなく、言葉を発さず悔しさのあまり聖剣を強く握りしめる。
カマルは髪を掴んで無理やり持ち上げ、ツバキを店の壁に立たせる。拳で凹んだ胸当てを剥ぎ取ってその場に捨て、ドレスをビリビリに破る。
「お前に高価な服は似合わない。肥溜めで拾ったボロ雑巾がよく似合う」自前のドレスを無惨に破かれ、屈辱の表情でカマルを睨みつけるツバキ。
「だ.........まれ.........!」我慢しているが、微かに涙を浮かべている。
店の中で闘いの行く末を見届けていたルーラが立ち上がり、店前のカマルの元へ歩み寄る。「その辺にしておきなさい.........カマル」カマルの肩に手を触れた途端、髪を掴んでいた手を離しルーラのために席を外した。
無言のまま店の中へと入り、棚の中から新しい錠前を牢屋に付け始める。
「さて、少しお話ししましょうか.........ツバキちゃん」ルーラがツバキの胸元に触れた途端、全身から力が抜けたようにその場に座り込み、聖剣を地面に手放す。
「な.........んで、からだが.........」何が起こったのか理解できず、下からルーラを見上げる。「なに.........する気.........?!」
「何もしないわよ.........本当はイロイロしたいけど、今はツバキちゃんのこと知りたいだけ.........」
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