第49話 シンドロームダウンからヘイルストロームへ
「何で引っ張るのよ!」外に連れ出されたツバキは、健人の手を振り払う。
「燃えてんでしょ! 焼け死ぬ気か?!」
「2階にまだいるのよ?! 助け出さないと!」健人に事情を説明し、単身燃え盛る家の中へ走って行く。
「待って! せめて火を消した方が?!」安全策を提案するも、健人に耳を傾ける事なく走り去って行った。
ツバキはドアを蹴破り、階段を登って2階へと走る。まだ火の手は登っていないが、床の隙間から黒煙が立ち上っている。
2階には3つの部屋があり、ツバキは近くのドアを開け部屋の中へと入る。
「火事よ! 今すぐ外へ.........!」4畳ほどの部屋の中には、小さな窓と隅に置かれたベッドのみ。エルフの姿は無かった。「ここにはいない!」
ツバキはドアを閉め、隣の部屋に移る。「今すぐ外に.........!」6畳ほどの部屋もさっきと同様、エルフの姿は無かった。「ここも?!」
再びドアを閉め、向かいの最後の部屋へのドアを開ける。「外に出て!」6畳ほどの部屋、最後の部屋にもエルフの姿は無かった。「どうなってんの.........誰もいないじゃん?!」
ヨーデルの言っていたことは嘘だった。この家には広間にいたエルフしかいなかった。「あの嘘つきがぁ.........!」体から湧き上がる怒りに耐えきれず拳を握りしめる。
「おーい! 早く出ないとマズいぞ!」窓の外で警告を伝える健人。微かであるが、中にいるツバキに聞こえた。
「クソが.........チィ!」潮時と判断したツバキは、部屋を飛び出し玄関に続く階段に向かう。「あっ! 火が?!」火の手は玄関に広がり、ゆっくりと階段から上に向かって来ている。「これじゃ.........」退路を絶たれたツバキ。何か他の出口は無いか探す。「そうだ?!」
思いついたツバキは、最後に訪れた部屋に戻り、中にある窓から下を覗く。下では心配そうにこちらを見つめている健人がいた。この下には玄関があり、窓から飛び降りれば外へ脱出できる。
退路を確保したツバキは窓から離れ、助走をつけて勢いよく窓から飛び出た。突き破られたガラスの破片が地面に降り注ぐ。ツバキは2階から脱出し華麗に地面に着地した。
「大丈夫! 中には?!」ツバキに駆け寄り、中の様子を尋ねる。
「.........誰もいなかった」
「だ、誰も?!」背後で燃え盛る家。火事を知った近隣住民が、次第に集まって来た。「マズい.........とにかくここを離れよう!」健人は周囲を見渡し、ツバキの手を引いてその場から走りだす。群がる近隣住民を掻き分け、シンドロームダウンの外へと脱出した。
「はぁ.........はぁ.........とりあえず、中で何があったか教えてくれる?」ツバキの手を離し、中でに出来事を聞く。
「.........洗脳されてた.........ヨーデルが死んで自由になったって言ったら、無表情で暖炉の薪で火を付け.........そして自殺した。全員ナイフで首を斬って死んだ.........」ツバキは震える声で、出来事の詳細を健人に話した。
「洗脳?!」
「許せない.........絶対に許せない!」ツバキは顔色を変え「皆殺しにしてやる.........!」今度は健人の手を引いて歩き始める。
「うぁっ?!」急に手を引かれ驚くも「確かに許せない、エルフをなんだと思ってるんだ.........」足並みを揃え歩きだす。
「死んでも何とも思わない家畜だと思ってんのよ.........止まってー!」偶然横を走っていた馬車を止め、2人は中に乗り込む。
「どちらまでお送りいたしましょう?」御者は振り返って行き先を問う。
「ヘイルストロームまで.........」ツバキは御者を睨みつけ行き先を告げた。
「ヘイルストロームですか?! あそこへは行きたくないんですが.........」
「すいません、そこなんと.........」
「はぁ?! アンタの都合如きで客の要望を断る気!」健人は丁寧に頼もうとした瞬間、ツバキが高圧的な態度で御者を攻める。
「いやでもあそこ治安が.........」
「ここだって治安悪いでしょ! いいからさっさと走らせろ!」
「ヒィ! わ、わかりました向かいます.........!」ツバキに恐れた御者は、渋々馬車をヘイルストロームまで走らせる。「何で2回も変なお客さん乗せちゃうんだろ.........」
「.........何もあんな態度取らなくても.........」健人は小声で隣に座るツバキに話しかける。
「こうでもしなきゃ行ってくれないのよ.........」
「ヘイルストロームってどんな場所なの?」
「肉の匂いと腐敗臭が混ざる肥溜め以下のクソな場所よ。キミじゃ5秒で吐いちゃうかも」
「5秒で吐く.........一体どんな場所だよ」想像しただけで吐き気を催し、馬車の窓を開け外の空気を吸う。外では鐘が鳴り響き、時折乗馬した人々とすれ違う。「そこに次の奴隷商が」
「.........私が売られてた場所。ようやくあの革コートを殺してやれる」
「革コート.........どんな名前?」
「名前は封印した.........でも顔は覚えてる」俯きながら、誰にも見えないよう不気味な笑顔を浮かべるツバキ。馬車はヘイルストロームに続く道をひた走る。
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