第48話 シンドロームダウンのヨーデル

 コロッサスとオトギリが到着する30分前。ツバキと健人はシンドロームダウンの入り口に到着していた。


 「始まる.........私の復讐の一幕が.........」健人と共にシンドロームダウンを眺めるツバキ。内側から込み上がる恐怖と緊張で右腕が小刻みに震える。


 「俺が教えた魔法覚えてる?」ギルデンハイツのゴミ捨て場で拾ったポンチョを着た健人がツバキに話しかける。


 「お、覚えてる.........あれ、なんて言うんだっけ.........」


 「ボイド・キル・ストーム。相手に剣先を向けて唱えるだけ。後は魔法が何とかしてくれる」


 「ボイド・キル・ストームね.........」ど忘れてした風の最高魔法をもう一回教わり、忘れないように心の中で何度も復唱する。「大丈夫、完璧に覚えた」


 「準備はいい?」


 「えぇ、行こう」気持ちの整理がついたツバキは、健人と共にシンドロームダウンに足を踏み入れる。


 王都のスラム街の1つにあたるシンドロームダウン。元は閑静な平家が建ち並ぶ住宅区だったが、人口増加に伴い移民の多くが住み着いたことにより治安が悪化。今では違法事業の巣窟となっている。


 シンドロームダウンの道を歩く中、家屋の中から無数の視線が2人に向けられる。「見られてる.........気持ち悪い.........」


 「気にしたらダメだ。無視して進もう」奴隷商の仲間なのか、その正体もわからないまま、2人は奴隷商のある中心部へとたどり着く。


 「目の前に見えるのが奴隷商の建物。きっと中に居るはず」


 「オッケー。俺は建物の影に隠れてる。終わったらそっちに向かう」健人はツバキから離れ、近くの民家の影に隠れる。


 1人になったツバキは、聖剣アトラカヨトルの剣を収めた鞘に左手を添え、鉄靴の足音を響かせながら奴隷商の建物へと歩き始める。


 奴隷商の建物は、シンドロームダウンでも一際大きな2階建ての民家。外観から想像もつかないが、中には買い手の付いていないエルフ達が監禁されている。


 民家に着いたツバキは、玄関のドアをノックする。数秒後、玄関のドアが開き中から長髪の男が煙草を咥えて出てきた。


 「何の用だい、傭兵ちゃん」


 「.........あんたがヨーデル?」


 「そうだよ、俺がヨーデル」ヨーデルと名乗るこの男は、シンドロームダウンで奴隷商を営んでいる。身長176cmの痩せ型の茶髪の長髪。半裸に黒のズボンを履いた、見るからに柄の悪そうな男。「お給料貰ったからペットでも買いに来たのかい?」


 「まぁ.........うん.........」ツバキは静かに頷いた。


 「恥ずかしがるなよ、意外と居るもんよ! ささ、中でじっくり見ていきな!」ヨーデルはツバキを家の中へと招き入れる。


 「はぁ.........」玄関を上がったツバキは、ヨーデルに広間に通される。暖炉の灯った広間には、7人の女のエルフが下着姿でソファーに座らせられている。


 「こういうのってなんかこう.........イヤラシイ風潮があるじゃん? 俺そう言うのなんか違うと思ってんのよ。王都にも結構いるんだよ、イヤラシイ女、その人達のためにもこうやって美しく展示してるって訳」


 「そうなんだ.........」


 「まぁ見てってよ、あんたにピッタリなのが必ず見つかる」


 隅で巨漢の男が立って見守る中、ツバキはヨーデルと離れ、表に周って眺め始める。ツバキに気づいたエルフ達は微動だにせず、一斉に見つめ始める。


 「みんな綺麗でしょ。もっと近づいて匂いを嗅いでみ.........お気に入りが見つかるよ」


 「.........これで全部?」


 「全部って?」


 「まだ他にエルフはいるの?」


 「もしかして.........あんたマニア?」


 「.........なんだって?」


 「わぉ! あんた相当変態だな! ここにあるのはほんの一部。たまにいるマニア用のために部屋を分けてある」


 「その部屋はどこに?」


 「2階だよ。ちっちゃいのもあれば、熟れたのもある。中には1からしつけたい人用に、一切手を加えていないものある」


 「2階ねぇ.........」ツバキはヨーデルから目線を外し、玄関に前にある階段に視線を移す。


 「なぁそろそろオープンといこうぜ。あんたの望みを聞かせてくれなきゃ、俺応えられないよ! 品揃えは豊富よ、なんでも応えてあげるよ.........」


 「.........そうね。1回外に出ない? ここで言うの恥ずかしいし.........ちょっと暑い」ツバキはわざと恥ずかしそうな演技をし、手でパタパタと顔に風を送る。


 「かぁーこのムッツリスケベ! でも暑いのはしゃーねぇ。サクッと応えてよ」事情を聞いたヨーデルは、仕方なくツバキと共に玄関を出て外に出た。「で、どんなのがお望みよ」


 「.........死ね」ヨーデルがわざとらしく耳を傾けた瞬間、ツバキは鞘から聖剣を抜き、剣先を向ける。


 「はにゃ?!」


 「ボイド・キル・ストーム!」ツバキが魔法を詠唱すると、聖剣が発光し剣先を向けたヨーデルが透明な球体に包まれた。


 「な、なんだ.........!」球体の中で1人騒ぎまくるが、その声が外へは聞こえない。中で小さな台風が発生し、勢いよく回転しながらヨーデルを切り裂いていく。


 「うっ.........」球体の中で血しぶきと共に細切れになっていくヨーデル。あまりの惨劇に、気分を悪くしたツバキは徐に左手を口に当てる。


 「魔法を解いて! もう十分だ!」遠くの影で見ていた健人がツバキの元へと駆け寄り「死んでる! だから魔法を解いて!」ヨーデルがとっくに死んでいることを告げる。


 健人に従い魔法を解くツバキ。球体が消滅し、中の血液が地面に垂れ落ちる。


 「ねぇ、もう死んだでしょ」


 「はぁ.........はぁ.........くさい、吐きそう.........」辺り一帯に死臭が漂う。


 「あまり見ないで口で呼吸しようか.........1人だけ?」


 「.........いやまだ中に」死臭に耐えながら話している途中、玄関のドアが開き中から巨漢の男が出てきた。


 「何の騒ぎか?!」短剣を持って辺りを見回す男、地面に散らばったヨーデルの残骸を見て「お、おい! ヨーデルさんはどこだ! あの汚ねぇのなんだ!」湧き上がる疑問をツバキにぶつけた。


 「.........あれがヨーデルだよ」横目で男を睨み、素直をに告げる。


 「うそぉ.........!」困惑する男。ツバキは向きを変え、静かに近づいて行く。「ひ、ひぃい! あんた怖いよ!」


 「.........死ね」玄関で腰が抜けた男の額に躊躇なく聖剣を突き刺し殺した。「中のエルフを連れてくる、道開けといて」健人にそう言い残し、家の中へと入って行く。


 「お、おう.........これ1人で?」


 家の中には入ったツバキは広間へ行き「ヨーデルは死んだ! みんな自由だよ!」エルフ達の肩を揺らす。


 「.........ホント?」1体のエルフがツバキの方を向き、真偽を確かめる。


 「本当だよ! 私が殺した! だからみんな自由だよ! 王都を出よう!」


 「.........ホントのホントなの?」


 「ホントだってば!」ツバキはエルフの手を取り、玄関の外へと連れ出す。「見て! 信じられないけど、この血がヨーデルなの! ついでにあのデブも殺しといたから!」ヨーデルの亡骸を指差す。


 「ホントだ.........」


 「でしょ!」


 「ヨーデル様が死んだ.........」


 「そう、ヨーデル.........様?」ツバキが疑問に思うと、エルフは広間に戻り「ヨーデル様がホントに死んだ」他のエルフに話しかけた途端、一斉にソファーから立ち上がる。


 「ちょっと、なんで戻るの?」後を追って広間に戻ると、皆と口を揃え、燃え盛る暖炉の中から薪を取り出す。「何してんのよ.........やめて!」


 取り出した薪を広間にばら撒いた後、1体のエルフが台所から包丁を手に取り、自分の喉を斬った。


 「いやー! やめて!」燃え盛る炎の中、死んだエルフから包丁を拾い次々と自殺し始める。訳がわからないツバキはただ茫然と見ているだけしかなかった。


 「ツバキ! 家が見えてるよ! 何で?!」外から異変に気づいた健人がツバキの元へと駆け寄る。「熱っ! って何だよこれ!」喉を斬ったエルフ達を見た健人はツバキに事情を問う。


 「何で.........何で死ぬのよ.........」ツバキは事実が受け入れられず、床に膝を付く。


 「と、とりあえずここから出よう!」健人はツバキの腕を引っ張って立たせ、玄関から外へと脱出する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る