第27話 1杯付き合え

 魔法ライヴ・ドア。指定した対象の周辺に魔力で出来た姿鏡を出現させ、会話や遠距離移動が可能。発動には対象の魔力を記憶させたメビウスの腕輪が必要。


 コロッサス持つメビウスの腕輪には、オトギリの魔力を記憶させた魔法石が付いている。


「.........あのさぁ、仕事中なんだけど」依頼人と商談をしていたオトギリ。突如現れ床でうずくまるコロッサスに声をかける。


 コロッサスは家を飛び出した後、素早く魔法ライヴ・ドアを唱え、オトギリの工房にやってきた。コロッサスの左腕のメビウスの腕輪にはオトギリの魔力を記憶した魔法石が付いている。


 「.........すまん」


 「はぁ.........」オトギリはリトルシガーを咥え「悪いが急用ができた。また後日来てくれ、割引するから」依頼人を帰らせようとする。


 「はぁ?! ふざけるな! 俺の方が先だろ!」


 「ちょっとしたお得意様なの。10%引きにしとくから」


 「半額だ!」


 「ふざけんな断ったっていいんだぞ。安物買いの銭失いで後悔するか?」依頼人とごねた後、なんとか食い下がって工房から出て行かせた。


 「そんで、村でも追い出されたか?」オトギリはコロッサスの元へ近づき、事情を尋ねる。しかし、返事はなく以前床にうずくまったままだ。


 「はぁ.........1杯行こうか? 酒なんてまともに飲んでないでしょ」次に酒の席に誘ってみるも、これもさっきと同様変化はなかった。


 「いい歳したジジィがガキみたいにべそかくな! 気色悪い!」


 「.........まだは残ってるか?」顔を上げ、鼻を真っ赤にしながらオトギリに問う。


 「移転したけど、まだ辛うじて営業してるよ」


 「.........なら、久しぶりに顔でも出しに行くか」


 「シャキッとしなよ。そんな顔で行ったら、今までのツケ払わされる羽目になるよ」


 「.........そん時は店ごとぶっ飛ばしてくれ」


 「はいはい気が向いたらね」重い足腰を上げたコロッサスは、オトギリと共に工房を出て街に繰り出す。


 ウォルター通りで馬車を捕まる。「パブ、ギガノトまで」オトギリは御者に行き先を伝え、2人はコロッサスの馴染みの店へと向かう。


 ギガノトはサンクト地区に店を構える小さなパブ飲み屋。コロッサスの知人が店主を務め、昔からよく通っていた。


 「着いたよ、懐かしい?」馬車を降り、目的地の店の外観を見る2人。


 「.........なんか規模が小さくなったな」集合住宅の1階に佇むパブ。昔は独立した大きな建物だった。


 「5年前、アンタが出てった後に家主と揉めて移転して来たの。でも中はあの時とままだよ」そう言い、コロッサスと共に店の中に入る。


 店の中は荒くれ者の海賊をテーマにした装飾。壁には宝の地図や海賊旗などが飾られてあり、座席の椅子は大きな樽を代用してある。


 「おぉ.........懐かしいな」店に入り、内装を見て懐かしさに浸るコロッサス。


 「お.........おぉお前!」カウンターで作業していた店主がコロッサスに気づいた。


 「ジミーか?! 久しいな.........」


 パブ、ギガノトの店主ジミー。身長168cmの細身で焼けた肌。青と白のボーダーのシャツに黄土色のズボン。頭に黒のバンダナを被っている。


 「コロッサスかぁ!」ジミーはカウンターから飛び出し、コロッサスとハグを交わす。「いつ王都に戻って来たんだよ! すっかり痩せちまって、ちゃんと飯食ってんのか?!」


 「ちゃんと食ってるぜ、オーガニック食品しか食えてねぇけどな」


 「らしくねぇな! たくよ、あの頃が恋しいぜ〜」


 お互い感動の再会に浸る中「とりあえず、ハイボール2つ。樽ジョッキで」オトギリはジミーに酒を注文する。


 「あいよ! 適当に腰掛けてくれ」注文を受けたジミーは、颯爽とカウンターに戻り酒の準備に取り掛かる。


 オトギリとコロッサスは奥の席に座る。「あいよ! お待たせ!」間も無くしてジミーは2杯のジョッキとサービスのナッツの詰め合わせを持って、2人の座る席に置いた。


 「どうも」


 「コロッサスが王都に帰って来たなんてなぁ。すぐ馴染みの連中を呼ばねぇと!」ジミーは再びカウンターに戻り、電話の受話器を手に取る。


 「同窓会でも開くつもりかしら」ウキウキで電話をかけるジミーを横目に、オトギリはハイボールを1口飲む。


 「.........恐らく、これが最後の酒になるんだろうな」コロッサスもジョッキを手に取り、1口飲む。「うぇ?! ぺっ! なんだこれ! 消毒液飲んでるみてぇだ!」久方ぶりのアルコールに体が拒絶反応を起こす。


 「禁酒したやつはみんなそう言うの」


 「はぁ.........これじゃあ王都に来た意味ねぇじゃねぇか」コロッサスは1口飲んだジョッキをそっとオトギリの前に差し出した。


 「まだ死ぬには早いんじゃない? 春はまだ先よ」


 「死んだも同然だ。春なんて目瞑りゃあっという間だ」


 「今更死ぬのが怖くなった訳? 5年前は目をギラギラさせながら、死に荒がってやるって息巻いてたのに。変わったね、コロッサス」


 「.........その通りだな。自分のことしか考えねぇ俺が、罪悪感を覚えるなんて」


 「例の予言の少年に全てを話したって訳か」


 「.........全部じゃねぇが、話すうちに辛くなって逃げちまった。できればこのまま、いなくなっちまいてぇ」


 「聖剣が完成すれば、アンタは助かる。異世界から少年だってやって来た。胡散臭い予言だけど、全て当たってる」


 「.........あいつを利用してるみたいで心が痛い。利用されたと知ったら、今まで積み重ねてきたものが全て崩れ落ちる。それが俺には耐えられない」


 「情が移ってしまったと」


 「.........あいつは繊細だ。耐え難い事実を目の前にした途端、何しだかすかわからん。現に奴隷商の襲撃にあった時、闘えもしないのに闘おうとしてた」


 「事実を知れば、目の前から消えるかも知れない。変な憶測に惑わされてるな」


 「.........俺は、あいつを信じることができない。そもそも人を信じるって考え自体が俺にはない」


 「.........ならアンタは、なぜ私に聖剣の調査を依頼したの?」


 「.........そりゃ、お前は昔からの付き合いだし、仕事もちゃんとこなす。頭もいいし、王都にいるからいろんな情報を集めてくれる.........」


 「すげぇ〜私って相当コロッサスから信用されてるんだ〜」


 「当たり前だろ、何回仕事してると思ってる」


 「人を信用できないとか言ってるけど、出来てんじゃんコロッサス」


 「.........そ、そうなのか?!」


 「どうせ死ぬんなら、一か八か信用してみたら?」


 「.........こんなのは言いたかねぇが、勇気がねぇ」


 「なら勇気が付くまで付き合ってやるよ。ジミー! ブドウ酒樽で追加でー!」


 「お、おいおい! そんなに飲めるのか.........」


 「何言ってんだよ。アンタも飲むんだよ! 昔みたいに一気で! 豪快にガハハって笑えよ!」


 カウンターの奥からジミーが樽を転がして席まで運んできた。「今夜は宴だ! 間も無く懐かしい顔がぞろぞろやってくるぜ!」


 「だとさコロッサス。死の恐怖なんて酒で吹き飛ばせ! こんな風にな」そう言うとオトギリはジョッキに中身を全て床に捨て、樽の蓋を破ってジョッキでブドウ酒を掬って飲む。


 「らしくねぇぜコロッサス。そんな暗い顔しやがって、今までのツケこの場で払わせるぞ」


 「.........けっ。どうやら俺に選択肢はねぇみてぇだな.........」覚悟を決めたコロッサスは自分のジョッキの中身を全て捨て、ブドウ酒を掬って豪快に全て飲み干す。

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