第53話 再会

 「遅いなぁ.........またさっきみたいに何かあったのかなぁ」ツバキがヘイルストロームに入って30分が過ぎた。


 入り口で心配そうに中の様子を伺う健人。少し前に騒ぎがあり野次馬が集まっていたが、それもすぐに収まってしまった。


 「ここまで何もないと.........さすがに行った方がいいよね.........」ツバキのことが気になり中へ入ろうとするが、ヘイルストロームから放たれる悪臭が健人の行手を阻む。「うぅ.........この卵の腐った臭い.........中々勇気が出ない」


 一瞬判断が鈍るも、意を決して鼻を摘んでヘイルストロームの中に足を踏み入れる。


 「うぁ.........さっきのとこと全然違う.........同じ場所にあると思えない.........」ヘイルストロームの街並みは、健人にとってはまるで映画の世界そのもの。道端には得体の知れない液体や腐敗した固形物が散乱しており、それを避けながらどうにか奥へと進んでいく。


 時折目の死んだジャンキーに話しかけられるも全て無視。「あ、いた!」屋台の横で地面に座り込むツバキを見つけ、駆け足で近寄っていく。


 「ツバキ! 無事か?!」座り込むツバキに駆け寄り、声をかける健人。「どうしたんだよ! ボロボロじゃんか!」しかしツバキの反応が薄く、放心状態で地面を見つめている。


 「あら? あなたは.........」


 「えっ?」ツバキしか眼中に無かった健人は、目の前にいたルーラに気が付か無かった。「どちらさん?」突然話しかけられ、咄嗟に聞き返す。


 「あ〜そうゆうこと。この子の飼い主様ね」


 「.........その言い方は失礼じゃないですか?」


 「この子凶暴だから、せいぜい首を噛まれないことね」ルーラはそう言い、健人の前から立ち去って行く。


 「ちょっと! .........何なんだ、あの人」ルーラの言った不可解な言葉の意味も分からず、立ち去っていく後ろ姿を見入ってしまう。


 「.........はっ! 違う!」我に帰った健人は「何があったんだツバキ!」ツバキの体を揺らし、ヘイルストロームでの出来事を問う。


 「.........へ?」健人に揺らされ、反応を見せるツバキ。ふと横を見ると、健人の手が肩に触れていた。


 「大丈夫かツバキ! ボロボロじゃんか! まさかさっきの人が?!」ツバキは言葉を交わさず、肩に乗った健人の手を強く払い落とす。「えっ?!」


 健人が驚くと、ツバキは立ち上がりヘイルストロームの外へと歩き出す。


 「ちょ、ちょっと!」健人もすぐに後追いかけ「どうしたんだよ急に?!」ツバキの前に出る。「様子が変だよ?!」


 必死に問いかける健人。ツバキは目も合わさず、健人を避けて通り抜ける。「.........ツバキ?」30分目を離しただけなのに、すっかり別人になってしまったツバキ。光の失った眼は、地面を一点に見つめていた。


 これ以上声をかけられない健人は、ただツバキに後ろを追いかけることしかできない。


 ヘイルストロームを出た2人。国税局に続く歩道を歩いていると「.........あっ」向かいから歩いてくる人影を見て、思わず声が出た。


 「うん? .........ぬぉ?!」


 「やっぱりいたか.........」人影の正体はコロッサスとオトギリ。ツバキたちを見つけた2人は、走ってこちらに向かってくる。


 「健人ォ!」


 「こ、コロッサス?!」物凄い勢いで走って来たコロッサスは、ツバキを自慢の剛腕で道路に吹き飛ばし、健人に抱きつく。


 「無事だったか健人!」


 「ま、まぁ何とか.........」優しく健人を抱きしめるコロッサス。吹き飛ばされたツバキは、その様子を横目で凝視する。


 「そうだ! 無事なのか、脇腹の傷は?!」


 「その.........ツバキが手当してくれたんだ」健人はポンチョを捲り上げ、包帯の巻かれた傷跡を見せる。


 「そうかい、そいつは本当に良かった.........」傷跡を見て安堵の表情を浮かべるコロッサス。


 追いついたオトギリはツバキに近づき、胸ぐらを掴んで体を起こす。


 「自分が何したかわかってるんだろうな」眼を尖らせ問いただすオトギリ。ツバキは一言も喋らず、オトギリの眼を見つめる。


 「待って! これには事情があるんだ!」オトギリの姿を見た健人は、コロッサスを置いてツバキの元へと駆け寄る。


 「あん?」


 「ちょっと待て、聖剣はどうした?!」


 「.........何でお前がそれを持ってる」ツバキの手に握られた聖剣を見つけたオトギリ。


 「俺が聖剣を貸したからだ」


 「なっ! 何でこんな奴に貸した!」


 「.........ツバキの復讐を聞いて貸したからだ。王都に奴隷商を殺して、捕まったエルフたちを解放するために」


 「はぁ.........やっぱり」


 「俺たちには関係ないことじゃねぇか。腹刺されてんのになぜ協力した!」


 「放って置けなかったんだ! 俺も奴隷商が憎いし.........奴らがやった事もこの眼で見た!」


 「だからツバキの復讐に手を貸したと.........王都の人間でも無いガキが?」


 「じゃああんたは何も思わないのか?! 王都では人身売買が当たり前だとでも言うのかよ!」


 「そりゃ思うこともあるわよ。大半の人間は汚い商売だと非難してる。でもね、こんなやり方じゃ根本の解決になっていない。ツバキがやろうとしたことは、雑草をただむしっただけよ」


 「口先だけで偉そうなことを.........!」健人はオトギリの言っていることが気に入らなかった。何も行動しないくせに、口先だけで物事を話していることに怒りが湧き、拳を握り込む。


 「もう辞めねぇか! 言いたいことはわかるが」これ以上悪化させないためにも、コロッサスは2人の間に割って入る。「オトギリ、ツバキから聖剣を取り返せ。一旦俺たちは王都を出る」


 「俺は出ないぞ! まだツバキの復讐が終わってないから!」


 「.........それもそうね」オトギリはツバキの右手に握られた聖剣の持ち手を握り「コロッサス、速くそのガキを大人にしてやりなよ」取り返そうとする。「この私に迷惑かけたんだから、後でゆっくり話そうか」


 「.........まだ」


 「あ?」


 「ケントの言う通り.........まだ復讐が終わってない」それまで言葉を発しなかったツバキが口を開いた。「.........エア・ウィンド」眼を尖らせ、オトギリを睨み魔法を詠唱する。


 「テメェ!」聖剣から発生した突風がオトギリと、近くにいた健人とコロッサスを後方へと吹き飛ばした。「ツバキ.........!」


 「まだ終わってない.........私の復讐.........これ以上邪魔しないで!」ツバキはゆっくりと立ち上がり、オトギリに剣先を向ける。まるで人格が変わったかの様に、彼女の言葉には憎悪と憎しみが込められている。

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