第46話 王都 a.m.09:00

 「私です、オトギリです」9時ちょうど。オトギリは電話の受話器を手に取り、通信局にツバキの住所を問い合わせる。


 その傍ら、落ち着かない様子で見守るコロッサス。ウォルター通りで買った紙袋いっぱいのパンをむしゃむしゃと頬張る。


 「ハイネバランに所属するツバキという女性の住所を教えてください」


 「承知いたしましたオトギリ様。調べてまいりますので、少々お待ちください」


 「お願いします」オトギリは片手でリトルシガーに火をつけ、局員の知らせを待つ。「今調べてもらってる。そう長くはかからないと思うけど」


 「電話切った瞬間すぐぶっ飛んでやる!」久しぶりにまともな食事にありつけたコロッサスは、床にパンくずをこぼしながら気合いを入れる。


 「.........帰る前にあの小僧と掃除してもらう」


 待つこと数分。「お待たせいたしましたオトギリ様」受話器から局員の声が戻ってきた。「ツバキ様の住所を調べてまいりましたので、読み上げさせて頂きます」


 「お願いします」オトギリは煙草を灰皿に置き、用意していた万年筆を握る。


 「サンクトラム地区37564、ギルデンハイツ4022号室でございます」


 「ギルデンハイツ4022.........」紙に万年筆で局員の言った住所を書き写す。「ありがとう、助かったよ」


 「何なりとお申し付けくださいませ、」要件を済ませ、電話を切る。


 「わかったか?!」


 「サンクトラム地区37564、ギルデンハイツ4022号室だ」


 「待ってろよ健人! 今向かいに行くぞー!」居場所を特定したとわかった瞬間、コロッサスはパンの入った紙袋を丸、オトギリと共に工房を出る。


 「念の為言っとくけど、この住所にあの小僧が絶対にいるとは限らない。あくまで可能性が高いだけだ」


 「いなくてに周囲をしらみ潰しに探せば必ずいる!」


 「3時間経ってるからどうだろう。止まってー!」大通りに出た2人は、馬車を止めて乗り込み「サンクトラム地区37564、ギルデンハイツって名の建物まで。急ぎで、他の客は入れないで、倍払うから!」御者に目的地を伝える。


 「か、かしこまりました.........」戸惑いながらも、御者は目的地へと馬車を走り出す。


 「怪我人を連れてるんだぞ! そう遠くへは行けん!」


 「あの、そんな急いでて何かあったんですか?」座席でピリついているコロッサスを見た御者が訳を尋ねる。


 「お前には関係ない! 黙って走ってろ!」


 「ヒィ! そ、そんな怒鳴らなくても.........」


 「簡潔に言うと緊急事態。これ以上無駄な詮索しないこと」


 「はぁ、かしこまりました.........」とばっちりを食らった御者は、終始緊張した状態で馬車を走らせる。


 サンクトラム地区は南西に位置する集合居住区。ウォルター通りからは50分かかる。


 「まだ着かねぇのか!」


 「も、もうすぐです.........つ、着きました! ここです!」御者のおかげで、本来より10分早く着くことができた。


 コロッサスは我先に馬車から飛び出す。


 「はいこれ。足りるでしょ」オトギリは財布から1万Gの紙幣を御者に投げ飛ばし、コロッサスの後に続く。


 「ま、まいど.........こぇ〜早く逃げよ.........」


 馬車の扉を閉め一目散にその場から離れようと手綱を握った瞬間「ちょっと待ってー!」降りたはずのオトギリが再び御者を呼び止めた。


 「なんですか?! 本当は8000G、多いんですけど、そこの大男が怖かったんでお釣り渡せませんでした!」1秒で身早くその場から立ち去りたい御者だったが、やむを得ず怯えた声を上げ出発をやめた。


 「そんなんどうでもいい、取っとけ! それよりどれがギルデンハイツ?! 同じ建物ばっかりなんだけど!」


 「てめぇちゃんと指定した場所に案内せんかー!」馬車が停止した場所はサンクトラム地区のほぼ入り口に当たる場所。


 目の前に広がる同じ形をした集合住宅を目にした2人は、どの建物がギルデンハイツなのかわからなかった。


 「す、すいません! この地区は同じ建物がいくつもあるので、私どもも建物の名前までは把握しておりません.........」


 「はぁ?! てめぇこっちは時間がねぇんだよ! 建物の名前までちゃんと頭に入れてろこの能無しが!」


 「ヒィィイ! お釣り多く渡しますのでどうかこれでご勘弁を!」


 今にも馬車に乗って襲い掛かろうとするコロッサスを止めに入るオトギリ。「やめろ、揉めてる時間が勿体無い!」華奢な腕で剛腕を掴み「こうなったら1棟づつ確かめるしかない」馬車から引き離す。


 「チィ! しゃーねぇ、俺はこっちを探す」


 「じゃあ私はこっち。見つかったら大声で知らせて」2人は2手に分かれ、人気のない歩道を走ってギルデンハイツを見つける。


 集合住宅は道の両側に並び建っている。数は無数に等しい。幸いなことに、集合住宅の入り口の壁に名前が書いてあった。


 「違う.........違う.........違う.........!」1棟づつ真剣に探すコロッサス。


 「スカ.........スカ.........スカ.........あった! ここだ、コロッサス!」オトギリの視線の先の壁にギルデンハイツと書かれた集合住宅を発見した。


 「よし、今向かう!」声を聞きつけたコロッサスは、道を横断してオトギリの元へと向かい、ギルデンハイツの中へと入って行く。


 「4022だから恐らく4階」部屋番号から推測したオトギリは、階段を駆け上る。


 一心不乱に上り続けた2人は4階へとたどり着き。30号室もある中からツバキの家を探し出す。


 「4022.........4022.........」


 「なんでこんなにあるんだ! イライラして来るぜ!」


 「静かに、壁薄いから気づかれる」息を潜めて1件づつ回る2人。「4022.........これだ」ツバキと健人がいる可能性が高い、4022号室の前に着いた。


 我先にドアノブを捻るコロッサス。「クソ! 閉まってやがる!」木製のドアをノックして「中にいるのか?! もう大丈夫だ! 助けに来たぞ!」中にいる健人に救助に来たことを知らせる。「反応がない! こじ開けるしかねぇ!」


 「下がって、私がやる」ノックするコロッサスを後ろに下がらせ、オトギリはドアノブを掴む。右腕にプロンテの魔法を付与し、力一杯ドアを引いた。


 一時的に腕力が上がり、鍵のかかったドアが一瞬で粉々となった。


 「健人!」入れるようになると、コロッサスは先陣を切って室内に飛び込んで行く。「健人! 健人どこだ!」


 8畳程の広さのワンルーム。隈なく探さなくとも、そこに健人の姿はなかった。人が隠れる場所も存在せず、床に切り裂かれた血まみれの服が無造作に置かれてあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る