第44話 ツバキの企み その3

 「復讐.........」健人は固唾を呑んで、ツバキの話に耳を傾ける。


 「5年になるかな.........王都に連れて来られたのは。外の世界に興味があった私は、興味本位で森を出た時に奴隷商に捕まった。スラムの片隅にある牢屋のある家に、1年前まで閉じ込められていた。毎晩人間に虐待されながら、同じ境遇のエルフ達と肩を寄せ合って生きてきた.........」


 「想像しただけで気持ち悪くなる.........」


 「皆んな吐いてた.........そこらじゅうに。病んで自殺したエルフのいた.........うっ!」ツバキは唐突に口を押さえ、吐き気を催す。


 「ちょ、ちょっと待ってて!」異変を察した健人は、急いで部屋からバケツを見つけて渡した。「はいこれ!」


 「えっ.........!」受け取った瞬間、中に嘔吐した。


 異臭が留まらないよう、すぐさま窓を開ける健人。「大丈夫?」


 「はぁ.........大丈夫じゃない.........」立ち上がり、吐瀉物の入ったバケツを持って台所へ向かおうとする。


 「あぁいいよ、俺やるから」


 「いいって.........自分でやるから.........」ふらふらの状態で台所に着いたツバキは、水を出してバケツ中を洗浄する。「人間って本当気持ち悪いよね.........あんなゲロまみれのとこまで来て、買っていくんだもん」


 「買うって、エルフを?」


 「そうだよ.........客が来るとバケツいっぱいの水をかけられて綺麗にされるの。好みの子がいたら、大金で売り飛ばされる。金持ちのペット、売春宿、見せ物小屋、えとせとらえとせとら.........」


 エルフ決して安くはない。100〜500万|G

《ゴールド》と相場が決まっていて、平均年収400万Gの庶民にはなかなか手が出せない。


 「次々に買われて新しいエルフが連れて来られる中、なぜか私だけは売れなかった.........」


 「それは.........なぜ?」


 「さぁ、初めは牢屋からを出たくなくて隅にいたけど、劣悪な環境に耐えられなくなった。だから必死にアピールした、無理に笑顔作って何度も買ってくれるよう客に頼み込んだ。後で知ったよ、1がいるって.........」


 「.........そういうことだったのか」先ほど騎士団と名乗る者が訪れた際、ツバキの言動は奴隷時代が原因のトラウマであると健人は納得した。


 「.........今でもあの時のが出ちゃうの.........キモいよね」ツバキは窓辺にいる健人の方を振り向いた。


 「.........肯定も否定もしないよ。でも可哀想ではある.........」


 「それで売れ残った私に価値がないと判断されて、奴隷商のために働かされた。耳を切り落とされて傭兵となって、毎日働かされて稼ぎのほとんどを奪われた挙句、夜は鬱憤の捌け口にされる毎日.........そんなある日、1人の人間が私に日常を変えてくれたの。その人は魔法で奴隷商痛めつけて、私をスラムから連れ出したうえにギルドまで紹介してくれたの。あの人がいたから今の私がいると言ってもいい」


 「そうなんだ.........それはよかったね」洗い終わったツバキは、健人の元へ行き床に置いた武具の中から1本の剣を手に取る。


 「駆け出しの時、剣が必要だった私はスラムで拾った剣を奴隷商が紹介した魔術師に頼んでエンチャントしてもらったの」錆びついてボロボロの剣を健人に見せた。


 「これ、ボロボロじゃん」


 「ボロいけど、魔法で頑丈にしてもらった。持ったらわかるよ」


 渡された剣を持った瞬間、目の色を変えて驚いた。「な、なにこれ! すぐ折れそうなのに、頑丈だ!」


 「でしょ、すぐ捨ててって言われるんだけど、思入れがあるから捨てられなくて」


 「はぁ〜すげぇ.........魔法でこんなに頑丈に」


 「でもね.........人並みの生活が手に入っても、心も中にある憎悪が消えることはない。目を閉じると、苦しかった日々を思い出す。いつかこの手で奴隷商を殺してやりたい。仕事をこなしていく中で、王都には複数の奴隷商が存在すると知った.........そして皆殺しにして、エルフを解放したいと思うようになった」


 「それが、ツバキの言う復讐.........」


 「本当に偶然なの。たまたま依頼で未風山に訪れた時、君たちと会ったの。その時はまさか.........誘拐するなんて考えてもいなかった。君の剣を返そうと神殿に戻った時、君が魔法を使っていたのを見たの」


 「魔法.........てことは俺が武具錬成を行っていた時か」


 「後の会話を聞いてわかったの、剣を造ってたって。で、見てたら急にすごい風が吹いた後、剣から見たこともない魔法が岩を切り刻んだのを見て思った。あの剣があれば、復讐できる」


 「なるほどね.........」


 「嘘つかれてのは傷ついたけど、それよりもいきなり剣を向けられたことの方が大きかった。それで怖くなって.........気が動転して、君を人質にして無理やり奪った後.........魔法で戻ってきた」全て話し終えたツバキは、力が抜けたようにベッドに深く腰を下ろす。


 「魔法で?」


 「どっかに投げたけど、ネックレスの形をした魔法具。あの中にルエーカの魔法が入ってて、それで戻ってきた」


 「なるほどね.........」事情を聞いた健人は、ベッドの側に置かれた聖剣を手に取る。


 「全部話たって私の考えは変わらない。ここまで来たらやるしかない.........全て終わったら、解放するから」


 健人は聖剣を見つめて「どうやって俺を解放するの? 俺は王都の人間じゃないし、エーデルワイス様の村の場所にわかんないでしょ」ツバキに質問を問う。


 「それは.........後でなんとかする」


 「それに奴隷商を殺すのはいいけど、エルフを解放した後どうするの? 王都が保護してくれるの?」


 「.........多分、してくれると思うけど。どうなるかはわからない」


 「少し杜撰すぎるんじゃない? 復讐したいって言ってるけど、後のこと何も考えてないじゃん」


 「な、何よ! 人質に分際で口出ししないでよ!」杜撰なところ指摘されたツバキは健人に苛立ちを覚える。


 「多分だけど、もうコロッサスは王都にいる。ツバキの復讐が終わる前に、コロッサスが俺を見つけるかも」


 「何! 説教? 人間ってほんとクズね、弱いところを見せたらすぐ突いて攻撃して.........」


 「協力したい」


 「.........えっ?!」


 「俺も奴隷商が嫌いだし、エルフに対する非人道的な行いに殺意が湧く。だからツバキの復讐に協力したい」健人はツバキに聖剣の持ち手を差し出す。


 「本気で言ってるの.........子供がそんなこと言うもんじゃない! これは私の問題! 私に復讐よ!」


 「エルフって子供に優しいよね。でもこのままじゃ成功しない! だから力になりたい! 同じエルフとして!」


 「あんた人間でしょ.........」


 「この剣を村に持って帰れば、俺は正式に村の一員になる、そうなれば人間であっても、俺はエルフと名乗ることになる。だから少しの間.........聖剣アトラカヨトルの剣をツバキに託すよ」真剣な表情でツバキに語りかける健人。


 」健人の魂の訴えを聞いたツバキは、少し頭を悩ませた後「君は人間であってエルフじゃない。でも.........その意志は受け取る」意を決して聖剣の持ち手を握る。


 「約束して。終わったらこの剣を返してくれるって」


 「わかった。必ず成功させるから」

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