第18話 避けられない衝突

 「辛ア!」


 「えっ?!」


 テカラが飲んだスープは何故か辛かった。唇が赤く腫れ、顔から噴き出る汗の量がその辛さを物語っていた。


 「なんでこんなに辛いの?! てか平気なのか?!」


 「えっと.........俺辛さ感じないタイプなんですよ」ごく稀に世の中には辛味を感じない人間がいたりする。そのため健人はテカラが辛さに悶える様を見て、初めて自分のスープが辛いと言う事を自覚する。


 急いで馬車の中から水の入った革の水筒を探し手渡す。「もしかしてテカラさん、辛いのだめ?」


 「無理! ぜんぜん.........耐性ない!」水で口の中にこべり付いた辛味をすすぎ、外に吐き出す。「はぁ.........はぁ、まだ消えない!」結局水筒の水がなくなるまで続け、なんとか我慢できるレベルまで落ち着いた。


 「大丈夫ですか?」


 「まだピリピリする.........」涙が出てまるで別人みたいにしょぼくれるテカラ。「キミが言っていたとやらを噛んだら一気に辛くなった.........」


 「もしかして.........」健人は地面に溢れたスープの残骸からそれに当てはまる物を拾い、テカラに見せる。「これ唐辛子の種では?」


 「この形.........かぁ」

  

 リュウナカセ。ヒマワリの種に酷似した種を持つこのは唐辛子は、世界一の辛さを誇ると言われている。


 通常、唐辛子の種はほとんど辛くないが、リュウナカセは種にまで大量のカプサイシンが含まれている。一説にはこれを食べた竜が泣いて逃げたことからこの名前が付けられた。


 「この世界で最も辛いと言われる唐辛子だ.........一体誰がこんな真似を」何処の輩が仕掛けたは不明だが、食事を細工された事に怒りを覚えたテカラは犯人を探し始める。


 辺りを見回していると、遠くで焚き火を囲むアプルを見つける。その周りには取り巻きの兵士が3人。テカラと健人を見つめ嘲笑っていた。


 「あいつらだ。アプルとその取り巻きが仕込んだんだ」テカラは確信した。昼間の健人に対する態度を見たからわかる。


 すぐさまアプルの元へ歩き出すテカラ「ちょっと待って! 別に毒じゃなかったわけだし、そこまでしなくっても」アプルと衝突すれば間違いなくいざこざ起きる。


 そう判断し、彼女の腕を引っ張って静止しようとするが「毒と同じだ! 1発殴ってやらんと気が済まん!」健人の静止を振り解きアプルの元へ駆け寄った。


 「来たぜアプル。可愛いお兵隊ちゃんがペット連れたらぁ」取り巻きの1人がアプルに話しかけると立ち上がりテカラの存在に気づく。


 「なんの用だ?」話しかけた途端、テカラの怒りの右ストレートが顔面に直撃、後方に倒れる。


 「何しやがる!」


 「よそ者の分際で!」


 「誰かわかっててやるか!」


 3人の兵士が声を荒げ一斉にテカラに掴み掛かるが、それを体術で軽々といなし地面に叩きつける。

 

 「なんの用か? 貴様が健人の食事に毒を盛ったことだろうが!」


 「なんの話だ!」アプルは立ち上がり、頬を腫らして言い返す。


 「とぼけるな! 貴様の他に誰がいる!」


 「食事は全部女が炊事場で作ってる! 俺の仕事じゃない!」


 「毒を盛るぐらいなら可能だ! ふらっと立ち入って権力振りかざして女性たちに指示出したんだろ!」


 「俺がいつ、誰に指示したか言ってみろ! 言えないだろ、俺がやった証拠はどこにも無い! それに毒なんか炊事場に普通置いてなだろ!」


 「じゃあ何故健人の食事だけ異様に辛かったのか説明してもらおう!」


 「俺が知るわけないだろ! 人間に恨みのある奴が入れた! そんな奴この村にごまんといるがな!」


 両者互いに歪み合い激しい言い争いが村中に響き渡る。


 「これは健人に対する侮辱だ! 今すぐ罪を認めて彼に謝罪しろ!」


 「謝罪する必要がどこにある! 俺たちエルフは、はるか昔から侮辱を受けてきた!」


 「それは他の人間であって健人は違う! 一括りにするな!」


 「同族であるお前が何故庇う!」


 「それは健人をからだ! 大切な村の一員だ!」テカラの言い放った言葉を違う意味として捉えた村のエルフたちがざわめき始める。


 「そうかよ」一変して冷徹な表情を見せるアプル。「やっぱお前、いい趣味してんな」視線をテカラから背後で息を殺して見届ける健人に合わせた途端、突風が健人の脚を切り裂く。


 「ぐわっ?!」アプルは風召魔法カゼキリを発動した。見えない刃によって太ももを斬られその場に倒れる。


 「健人!」異変に気づいたテカラが振り返る。すぐさま駆け寄ろうとするが、起き上がった3人の取り巻きに背後から襲われ、地面に押さえつけられてしまう。「アプル、貴様ァ!」


 「はぁっあ! 血がァ.........」突然の事でなにが起こったのか理解できない健人は、傷口を抑え、地面に流れ出る大量の出血を眺めることしかできない。


 アプルは鉄靴を響かせながら健人の元へ近づき「人間の分際で.........我ら誇り高きエルフに手を出すかァ!」憎悪の籠った蹴りを腹部に喰らわす。


 「がはっ!」腹部に強烈な痛みと衝撃が走る。


 「やめろォ!」


 テカラの悲痛の叫びがこだまするが、アプルの蹴りが止むことはなかった。


 「どれだけの同族が犠牲になったと思う! お前らの私利私欲のためになったと思う!」


 「あぁぁっ.........あぁぁっ!」横たわる健人のこめかみをアプルの鉄靴が踏みつける。「わ.........かり」


 「30000だ! お前ら人間によって犠牲になった! この村の話じゃないぞ、世界中でだ! 村を襲い、男は全員皆殺しにした後女を捕らえて売り物にされる! そうやって何世紀も金の為にやってきたんだ!」


 「足を退けないと首を斬るぞ!」


 「お前は騙されてるんだ女ァ!」アプルの矛先が顕著からテカラに変わった。「人間は平然と本性を隠す! 特に人間以下の生物になぁ! だから目を覚ませ! 俺がこいつの本性を暴いてやる!」押さえつける足を上げ、何度も健人の頭を踏みつける。


 「健人はなにも隠していない! 騙すような人間じゃない!」こめかみから流れ出る血を見て耐えきれないテカラ。「その子は別の世界から来た! 右も左もわからないこの世界で行き場のもなく彷徨っていたところを保護したんだ! そんな子の何処に本性を隠すと言うんだ!」健人の経緯アプルに涙ながら説明する。


 「おいおいおい! お前は人間の中でも嘘が下手なんだな!」健人の経緯を聞いたアプルは可笑しく笑い頭から足を下ろす。「別の世界? 下手な作り話で騙してごめんなさいって女に言え!」健人の髪を掴みテカラに痛めつけられた顔面を向ける。


 「健人.........」


 「ぜん.........ぶ、本当の事だ」弱った声で、自分は嘘を付いていないと認める。


 「そんな話! 信じるとでも!」


 「俺だって信じてねぇよ! こんなラノベみたいな事! ある訳ねぇって今でも思うよ! でも実際地に足着いて毎日生きてんだよ! ホントのことなんだよちくしょうがァ!」


 よろけながらも立ち上がりアプルを強く睨み「俺も奴隷商は嫌いだよ! あんなの人間じゃねぇ! 畜生だ! 同じ一括りにすんな!」思っていることを訴える。


 「お前たち何をやっている!騒ぎを聞きつけたエーリッヒが慌てて駆け寄ってくる。「やめないか馬鹿者! 彼らはエーデルワイスの使いの者だぞ! わかっててやったのか?!」


 「そうではなく.........まずは事情をきき」アプルが健人の髪を離し、エーリッヒに注意が向いた途端。


 「そうだぞこのバカ! よく聞けバカ! 俺はコロッサスから魔力を譲渡されたただ1人の弟子! 武器商人の香川健人だバカヤロウ!」人生初の右ストレートをアプルの顔面に向けて殴った。


 「ゴホッ!」エーリッヒに醜態を晒し鼻血を出して倒れるアプル。


 健人はすかさず倒れたアプルの元に駆け寄り「お前には! もう! 絶対に! 剣は造らない!」指差し高らかに拒否宣言を言い渡す。


 「人間如きが.........!」見下していた健人に殴られ怒りが込み上がる。


 「もうその辺にしないか、アプル」見かねたエーリッヒが2人の間に仲裁に入る。


 「アンタは憎くないのか人間が! リョヒタエーリッヒの娘が殺されたってのに、なぜこの村に人間を入れた! 病気なのか?!」


 「健人の事ならエーデルワイスから嫌と言うほど聞いている。彼は他とは違う、信頼できる人間だ」


 「でも!」


 「頭が高いぞアプル! 村長である私に楯突くか!」


 「くっ.........認めないぞ。俺は見たんだ! 人間は悪魔だと! 皮膚を被った悪魔なんだとォ!」


 アプルの魂の叫びがこだました瞬間。森の中から巨大な火球が、木々を薙ぎ倒しながら村の中へと突き破って侵入してきた。

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