第17話 心に出来た障壁

 アプルはこの村で一番勇敢で恐ろしいエルフだ。青年でありながらこの村の兵を動かさす立場にある。


 外で鳴り上がる歓声の中、アプルは健人たちのいる兵舎に戻って来た。襟足で結ばれた金髪の髪。身長178cmの鍛え抜かれた体の上に装着した鎧には、さっきの者と思われる血潮が生々しいく付着していた。


 健人とテカラが静かに見つめる中、テーブルの上に置かれたボロ布を取り血痕が付着した剣を掃除し始めた。


 「.........なんだ」険悪な空気が流れる中、アプルは2人に話しかける。


 「どけ、外に出れない」いつもの優しさの籠った口調とは違い、冷たく、軽蔑するかのような話し方で話すテカラ。


 「口に聞き方に気を付けろ。俺はお前より上の立場だ」


 「この村での話でしょ」入り口に佇むアプルを強引にどかし、健人を連れて建物の外に出る。


 健人も何となく状況から推測して事態は把握できているが、先ほどまで居た地面にできた大量の血の海を見た瞬間、全身に悪寒が走る。


 齢16歳で初めて目にする大量の生血。その血から派生した1本の線が森の外へと続いていた。先ほどの幽閉された人間は見せしめとしてアプルに処刑され、奴隷商への警告として王都に続く草原に投棄された。


 「大丈夫だ。私がいる限りキミに危害が及ぶことは無い」健人の体から発する震えがテカラの腕に伝わる。自分でも気づかないうちに落ち着こうと自然と呼吸も長くなっていた。「少し馬車で休もう」


 「いい。全部運ぶよ」馬車に辿り着いた健人は地面に積まれた木箱を持ち上げるが、足腰に力が入らずバランスを崩して地面に倒れる。「いてっ.........」慌てて駆け寄ったテカラの手を借りて何とか立ち上がる。


 「少し休もう」


 「.........うん」


 今の自分は普通ではないと自覚し疲弊していることに気づいた健人は、テカラの言う事を聴き入れ馬車の中で休むことを決めた。


 「運び終えたらすぐ戻る」


 「うん.........ごめん、任せちゃって」


 「気にしなくていいから、今はしっかり休養をとれ」そう言った後、テカラは馬車のカーテンを閉める。


 薄暗い車内の床で1人横になる健人。外から完全に遮断された空間、唯一の情報は壁を突き破って聴こえる微かな木々のざわめき。まるで自然の子守歌に聴こえ気づけば静かに目を閉じていた。


 「大丈夫か、小僧」


 「来るなぁ! はぁ.........はぁ.........はぁ」エルフに寝込みを襲われたと思い込んだ健人は、声のする方に手を伸ばし魔法陣を発現させる。


 「大分追い込まれてるなぁ」


 「なんだ.........コロッサスか」声の正体がコロッサスだとわかると、魔法陣を解き少し落ち着きを取り戻す。「わりぃ寝てた! 今から手伝うよ」


 「心配すんな、テカラから事情は聞いた。後で寝ずにやれば、明日の朝には終わる」


 「そっか.........後でって、今何時?!」慌てて馬車の外に顔を出し辺りを見回す。


 「時間は分からんが、もう夜だぞ」


 「いつの間に.........」辺りはすっかり暗くなり、近くの焚火の灯りで辛うじて周囲が見渡せる。


 「晩飯持って来たぞ、食えば少しは元気になるぞ」


 「村からのご好意だ」テカラの手には2人分の木の器とスプーン。


 「ありがとう」それは受け取ると降車口に腰かけいただくことにした。


 ヤギのミルクで作ったスープの中にはかつて健人がマツタケと勘違いしたナタレサマダケが入っているが、そんな事にも気づかず口に運ぶ。


 「おいしい?」


 「うん.........なんかみたいなのが入ってておいしいよ」


 「そうか? 俺のには入ってないな」


 3人は他愛のない会話をしながらスープを食べ進めていく。


 「しかしこの村の兵士はどこか気に喰わなぁ。ばあさんの村と違って男しかいねぇ」


 「それもそうだが、この村の兵士は何処か野蛮だ。村を守ると言う名目の元、殺戮を楽しんでいるように見受ける」


 「聞く話じゃ、アプルが隊長に任命された途端それまで兵役に勤めていた女を全て解任したみたいだ」


 「なんて事を.........不満が絶えないだろ」


 「男尊女卑って奴さ、男が村を守り女がそれを支える。古臭えな」


 2人は珍しく愚痴を言い合う中、健人は終始俯きスープの水面を見つめる。


 「ねぇコロッサス.........」


 「なんだ?」


 「俺.........剣が殺しの道具なんだって、今初めてわかったよ」


 「急にどうした?」テカラは心配そうに問いかける。


 「昼間、エルフが俺の造った剣で人を殺したんだ.........そんでなにくわない顔で血を拭き取った」目から大粒の涙を流し声を振るわせながら「そん時感じてしまったんだ、俺も.........殺しに加担してしまったんだって」心に負ったトラウマを初めて告白した。


 「そんなことはない! 殺したのはアプルであってキミではない、あまり思い詰めないで」テカラは震える健人の背中を優しく摩り不定する。


 「わかってはいるけど.........どうしても考えてしまう」


 「そうか、そりゃあ辛かったな。本来自分が見えないとこで造った剣が使われてるもんだからなぁ。見ちまったもんは仕方がない」


 コロッサスも健人に近づき、大きな手で頭を優しく撫でる。「でもなぁ、剣が奪う命より救われる命の方がずっと多いんだ。洞窟でのことを思い出してみろ。お前の剣がオオグモの命を奪ったと同時にテカラの命を救ったじゃねぇか」


 「でもそれは.........相手がクモだったから」


 「クモも人もエルフも同じ命であることに変わりはない。俺たちは命を殺す武器を造ってるんじゃない、命を救う武器を造ってると思え。その方が気が楽になるぞ」コロッサスは健人の溢れる涙を手で拭いとる。


 「命を救う武器か.........」


 「どうだ、俺の名言が身に沁みて来たか?」


 「それはちょっとわかんない.........」


 「まぁ、偉人の言葉は死んでから身に刻まれるって言うしな、ハハハ!」


 「コロッサス、あまり死を連想させる言葉どうかと.........」


 「ハハハ! 手っ取り早いのはやっぱり笑うことだ! なんか面白い話でもしてやれ、俺は残りの仕事を片付けてくるぜ」そう言い残し、高笑いを響かせ仕事に戻って行った。


 「まったく.........面白い話なんてそうそうあるもんじゃ.........そうだ」2人になった途端一気に流れる沈んだ空気の中、テカラはあることを思いつく。「ねぇ健人、コロッサスの秘密知りたいか?」


 「.........なんです?」


 「聞かせてやろう」健人の耳元に近づき「実はあのなりで.........ピーマンが食べられないんだ」と恥ずかしい秘密をそっと暴露した。


 「.........ぐっ.........プハハハ!」時間差で襲いかかる可笑しさに耐えきれず、沈んだ気持ちが吹き飛んだかのように笑い出す。「待って! ジワジワ来るんだけど、マジ?!」


 「ホントのことだ。以前村総出で克服させようとあらゆるピーマン料理を作って出したが、コロッサスの奴赤ん坊みたいに駄々こねだしたんだ!」


 「あれでピーマン食べれないとか.........待って、想像しただけで腹捩れる!」


 テカラの予想を反し笑いこむ健人。それに釣られて次第にテカラも笑い始める。


 「どうだ、少しは気分も上がっただろ。冷める前にスープ飲んでしまおう」


 「アハハハ、でもちょっと食欲はないんだよね。テカラさん食べていいよ」健人は残ったスープをテカラに差し出す。


 「そうか.........私も十分なんだけど、残すのも申し訳ないな」ご厚意で出された食事を残すのに抵抗を感じ手をつけることにした。


 緩くなってしまったスープをすくい、口に運ぶ。「うん? .........うっ?!」口に入れ飲み込んだ瞬間、テカラは急に咳き込みスープの入った器を地面に落とした。


 「テカラさん.........テカラさん!」


 「おぇっ.........ゴホッゴホッ!」


 「大丈夫! どうしたんですか?! 大丈夫ですかテカラさん! テカラさん!」

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