第25話 魔法使い視点

 ◇ ◆ ◇


 ——数ヶ月前。




 砂埃の中を、ズタズタになった白い布が舞ってゆく。

 立って斬り合う人々に、敵味方の区別はない。


「何が起きている……」


 宙からこの異様な光景を眺めていると、矢が足元を掠め、膝まで飛んできた矢が魔法の障壁に弾かれ砕け散っていった。


 地面に降り立ち、魔法を放つ。

 辺りの兵士の武器が錆びてゆき、土となって崩れると、今度は殴り合いが始まる。


 突然、兵士の上半身が跳ね飛ばされ、地の上を周り倒れた。

 その手には剣が握られており、血の軌跡は吹き荒れる砂に消えていく。

 その上を一人の男が踏みしめる。

 さらにその後ろからは、鎧と兜に身を隠した兵士が付いてきていた。


「何だよこりゃ……。戦争じゃねえな」


 大剣の男は呟き、目を細めた。

 大剣に着いたべっとりとした血が、砂埃を含み黒い泥となり、分厚く刃を覆い隠す。

 それが肩に乗ると、木枝の積雪のように剥がれ落ちてゆく。

 この男には……小範囲だが、魔法を防ぐ力があるのか? ……違う、そういう道具を持っているようだ。


「そこの兵士! 君はどちらの味方だ!」


 呼び掛けると、男は大剣を背の鞘へと納めた。


「こちとら傭兵だ! 後ろのコイツもそうさ! この様子じゃ、陣営も何もないだろ! さっさと戦地を抜けちまおう!」

「そうだな!」


 ……3人で走り続けた先は、のどかな農村だった。

 男と鎧がオレの顔に注目する。


「アンタも傭兵か? こっちの言えたことじゃねえが、随分と軽装だな」

「それよりも、最近起こり始めた戦争のことだ。何かがおかしいとは思わないか?」

「……さあな。報奨金が異様に高えのと、兵士におかしいのが多いくらいだろうよ」


 男はそう言いながら頭を掻く。

 

「……戦地から逃げたおかげで、今日は一文なしだ。素手の奴らなら簡単に殺れたろうし、勿体ないことしたな」


 手元に麻袋を出し、中に入っているお札や硬貨を男に見せる。


「何だお前。奪っちまうぞ」

「君が先にした話だろう。これは取引だ。君の付けているその首飾りと、このお金を交換してくれ」


 男は渋々と、8面体の結晶が先についた首飾りを外してオレに渡す。

 ピリピリとした何らかの力を、この道具からは感じ取れる。

 これが魔法を防いでいたのだろう。


 オレが渡す前に、男は麻袋を奪い取る。

 せっかちなヤツめ。


「悪いな。アンタ、名前は?」

「べクーラガルル。呪われた人々の呪いを解くために、長年魔法薬を作っている」


 男は硬貨やお札を一枚一枚マジマジと見ながら、ほお? と相槌を打つ。

 話にはまるで興味がなさそうだ。


「おれはロックだ。呪いってのはよく分からねえが、その魔法薬ってのが完成するといいな」

「待て。2人とも、一緒に来てくれないか? 報酬は払う」


 今まで通り、一人で構わないが。

 この首飾りの出所を知りたい。

 それに魔法を防げないのでは、戦地の人々のように戦い続けてしまうかも知れない。


 ロックは相変わらず、お金を見ていた。


「頼みごとは断る主義でな。悪いが他を当たってくれ」

「そうか。この首飾りがなかったら、君たちは今頃……戦地で殴り合っていたかも知れないのだがな」


 お金が麻袋へと戻される。

 ロックはニヤニヤと笑い始めた。


「アンタ、それで買い取ったのか。つまりは戦争を起こしてんのはアンタだと」

「オレは戦争を止めたい。ただ魔法薬を作るだけでこの事態を見逃しては、呪いの解けた人々は解ける前と何ら変わりないからな」

「冗談だったんだが……ま、そこまで言うんなら付いてきてやってもいいぜ。お前はどうする?」


 鎧騎士は首を傾げた。


「……コイツは無口でな。どうも、一緒にくるつもりらしい」


 鎧騎士は違うと言いたげに手を振りまくるが、ロックに肘を入れられ大人しくなる。

 二人は仲がいいのだろうか。


「ありがとう。さて、そろそろ姿を変えておこう。オレは魔に追われている身でな……」


 魔法を使おうと杖を構えると、頭上からオレンジと黒色の獣人が飛んできた。


「魔法使いみっけw」

「かの者を果ての地へと隠せ。テレポート」


 獣人の周囲に魔法陣が現れ、その魔法陣と共に消え去る。


「あれが魔か」

「そうだ」

「……その首飾り、さっきの魔から奪ったもんだ。このままでも何とかなるんじゃねーの?」

「どうだか」


 おおよそ、魔が偶然拾っていて……それで魔法をロックたちに使えなかったのだろう。

 ……それより、魔に見られてしまったか。

 しかしどのみち、仲間を連れれば魔からバレ易くなる。

 ただ2人を助けたつもりになって、リスクを上げて。

 オレは何がしたい。


 ……もう疲れて分からなくなってきた。

 オレは……何のために力を持っていて、どうやればこれ以上呪わせずに済むんだ。

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