第34話 俺と妹と師匠の会話

「たった数年の辛抱だよ❤︎ がんばれー❤︎」

「うぜえな……」


 父と母がステージに寄ってくる。

 どうやらようやく、仕事を終えたらしい。


「どっちが負けた? 夜の分の仕込み、早く手伝ってくれ」

「おれだ。ったく、戦った後に早速かよ。おいマヴ、見つけたら帰ってこいよ」


 不機嫌そうに言いながら、ロックは父と母に連れてかれる。

 何だか、見つけるまで帰ってくるなというふうに聞こえてしまう……。

 人形と子どもたちも帰ってく。

 それを見送っていると、ガラが俺の腕を握った。


「お兄ちゃん、ちょっと時間ある?」


 ちょっ。

 シロシロも一緒になり、3人でステージの上。

 酒場の椅子に座り込む。


「ふう、ようやくお喋りできるね。お兄ちゃん❤︎」

「ん? んん」


 そういえば、全然話してこなかったな。

 シロシロは12年間ほぼ毎日、色んな話題で話してもう現実の家族や友人よりも知り尽くしてる相手だけど。

 ガラと話したのは一回だけな気がする。


「この子、2歳の頃に魔法使いさんを追い返したこと、後悔しているんですわよ」

「そうなの。ごめんね? お兄ちゃん」


 ああ、そうだ。

 それで俺はシロシロの元で修行することにしたんだっけ。

 ……何でか覚えてねえ。

 あの頃はとにかく、ゲームのチャプター通りにならないよう必死だったのは確かだ。


「いいよ、そんなこと。それに魔法使いからも謝られたよ、12年間放っておいて悪かった、ってさ」

「そうなんだ」


 ガラはテーブルの上をじっと眺めている。

 話題を出してくれる様子はないし、この場合俺から話題を切り出すべきなんだろうが……。

 はい、何も思い浮かびません。

 ……シロシロとはほぼ毎日話してたけど、何話してたっけ。

 あああ、そんなこと意識してこなかったからか、マジで何も出てこないぞ?


「兄妹ですのに、お互い色気づいて口を出せないんですの? いやらしいですわ」

「違う、そんなんじゃないよ」


 元々可愛かったけど、胸大きくなってるし。

 確かに体に目を向けると緊張してくるな。

 それに血繋がってないし、兄妹の域を超えた愛によって結婚。

 なんてこともあるのか〜?


 「って、シロシロがそんなこと言うから意識しちゃったじゃないか!」


 見るとシロシロは頬杖をつき、こちらをジローッと眺めている。


「ワタクシも一応、女性なのですけどね。マヴくんはというものが少なめですの。意識するのはワタクシが温泉に入ってる時だけなのですわ。ワタクシが裸でも気にしません、着替え中を見られた時はワタクシだけが恥をかきましたの。寒いとき一緒に寝ても問題ありませんわ」

「聖獣様、かわいいのにねー」

「性格はマヴくんの方がかわいいですわよ」


 ええ……、裸の時なんてあったか?

 それに俺がかわいい?

 俺は完全に師弟関係のつもりだったのに、シロシロはそう思ってたのか。


「コホン。話題を変えますわね。これから話すことは、マヴくんが少しは自覚すべきことだと思って言うんですの。これから1人で旅に出るのですからね」


 つい固唾を飲む。

 何言い出すのか不安だ……。


「あれは魔を倒しに行った時のことですの。魔同士でたまに交尾し、森の腐敗が進むことがあるのですが……」

「交尾とか、そっちの話題はやめてくださいよ」

「……確かにそうですわね。いやらしい話だったかも知れませんわ」


 人に指摘する以前に、シロシロも大概じゃないか。


「んー……っと、あれはマヴくんが4歳の誕生日を迎える前の日のことですの。ワタクシはサプライズのため、森にマヴくんを残してホーリーさんとアジェスさんに物資の補給をお願いしに行ったんですのよ」


 あの日のことか……。

 確か俺は、子供っぽいことした気がするな。


「2人からマヴくんの好きな料理を聞いて、材料だけお願いしましたの。一緒に作るのもいいかと思いまして。それでアジトへ帰ってきたら、マヴくんが不安そうに尋ねるんですのよ。どこ行ってたんですか? と」

「お兄ちゃん、やっぱ甘えん坊なんだ」


 いやいや、4歳児なら甘えるのは普通。

 つーか。


 「い、今も甘えん坊みたいに言うなっ」


 俺の渾身のツッコミをまるで気にせず、ガラは目も口もニヤニヤさせている。


「サプライズがバレてしまうのは避けなければなりませんの。なのでワタクシはお散歩ですわと答えたら、今度からぼくも一緒に行きます、と言ったんですのよ」

「かわい〜❤︎」


 話についていけない。

 それに俺はぼくなんて言った覚えないぞ。


「それから毎年、同じようなやり取りをしたんですの。姿を消したら誕生日前だと気付きそうなものなのに、気付かないんですのよ。サプライズのやりがいがありましたわ。マヴくんはもう少し洞察力というものを鍛えた方がいいですわね」

「アハハ❤︎ とりあたま❤︎」


 ああ、顔が熱い。

 すごい恥ずかしいけど……九に糸が張るような気持ちになり、恥が怒りとほんの少し置き換わる。


「う、うるさい。こっちは毎日、体を鍛えるのに必死だったんだよ!」


 不意に涙声になってしまう。

 じ、自分が情けない。

 こんなんじゃ旅先で仲間作れないよ。


「洞察力を鍛えるには、これですの」


 シロシロは自身の胸毛から何かを取り出す。

 ……単眼鏡だ。

 そのレンズに息を吹きかけ、ハンカチで擦った後に渡してくる。

 俺が受け取ると、シロシロはニッコリと笑う。


「まずはこれを覗いて、遠くから色々なものを観察するんですの。あれはなんだ? と遠くのものを見る時に人は最初、冷静になるものですのよ。その冷静さを保つことが洞察力を鍛える秘訣ですわ」


 何か妙な説得力あるな……。

 単眼鏡には紐が付いていて、首に掛けるとちょうど良さそうだ。


「ありがとうございます。それじゃ、早速行ってきます」

「待ってくださいまし。それと、この人が一緒に旅へ出たいと言っていますの」


 シロシロは両腕を振り上げる。

 ……すると、雷鳴と共に人影が見える。


 煙でまだ良くは見えないが、あの太刀の人だろうか?


 ……煙は晴れるどころか、辺りを飲み込んでいく。


「フッ? 何か変ですわ、早く煙から出るんですの」


 フワフワした手に引かれ、煙から出るとそこは——目の前には鉄格子、その向こうでは分厚そうな石壁が燭台の光に照らされていた。

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