第38話 行き倒れ吟遊詩人

 身体中が痛む……。

 朝になり俺たち三人は、都市から他の街へと続く道を歩く。

 シロシロとガラはムスッとしながら俺についてきている。


 何だ? ベッドで寝てたくせに。

 それとも遠出で体調を崩したのだろうか。


「2人とも、どうかしました?」

「別に。何でもありませんわ」


 ガラは無言だ。

 ……何考えてるのか分かんねー。

 にしてもおかしいな、この道の先には村が一つあるはず。

 木の位置とかと照らし合わせて、そろそろ建物が見えてきてもおかしくないんだが。


 ……いや、あった。

 

「……村ですわね」


 そう、村だ。

 跡形もなく滅ぼされていて、焼け跡だけが残っている。


 再興は無理そうだ。

 それに避難民は何も、あの都市からだけ来てたわけじゃない。

 ……帰る場所がないってのも気の毒だな。

 それはそれで、アイツらのことは嫌いだけど。


「見てくださいまし。村の中に何か倒れています」


 手を差し向けられた方を見ると、確かになにかがうつ伏せで倒れてる。

 三毛猫模様の獣人っぽいが、魔とも見分けが付かない。

 ただ、背には楽器を背負っている。

 ガラとシロシロが恐る恐る近づいていった。


 シロシロは木の棒を出して汚いものを突くかのように、その先をツンツン当てている。


 獣人はあ ゛あ゛! と叫び、ビクンと体を揺らし、ゆっくりと立ち上がった。


「おはようございます」

「あ゛を゛。す ま ま ん ま ……」


 獣人はゴロゴロと喉を鳴らすと、瞑っているのと見分けが付かないほど細い目を俺たちへと向ける。


「ええと。ボクはあなた方に起こしていただいたので?」

「ワタクシが起こしましたわ。アナタ、どうしてこんなところで倒れていたんですの?」


 獣人はお腹をさすり、ニャーと元気なさげに鳴く。


 ネコっぽい仕草だが、それが逆に不自然なのはシロシロが動物っぽいことをあまりにもしなさ過ぎるからだろうか。


「食糧を探しててね、盗賊の真似事をしてた訳。でもほら、ここって何もなさそうでしょ? 実際何もなかったんだよね」


 シロシロは弁当を獣人に見せる。

 すると、獣人は透き通った水色の瞳を大きく開け、瞳孔を広げていく。


「いい匂いだ……嗅がせてくれてありがとう」

「同じ獣人のよしみで分けてあげますわよ」

「ノン、ボクは施しを受けないと決めているんだ」

「じゃあ置いておきますわね。ではさようなら」


 シロシロとガラは獣人から離れる。

 獣人は俺の存在など気にもせずに、地べたに置かれた弁当を眺めている。

 弁当の上にはフォークが付いていた。

 その上、さりげなく水筒も置いてある。


「君、ボクはこのお弁当を食べるべきだと思うかい?」

「え? ……まあ、お腹空いてるなら食べたほうがいいのではないかと」


 獣人のお腹が鳴る。

 それも何度も。


「マヴくーん、行きますわよー」

「でもこの人、ほっとけなくないですかー?」

「その人吟遊詩人だと思いますのー。あまり関わらないほうがいいですわよー」


 俺はその獣人を置いて、2人の元へと急いだ。


 吟遊詩人が厄介なんて話、聞いたことは……いや、シロシロから聞いたことあるような、ないような。


 ……? 歩いていると突然、背後から弦楽器での演奏が始まる。


「ほどこし〜ありあと〜。めちゃかわ〜じゅうじんちゃ〜ん。ぼくうんめいかんじてる〜。けっこんしよ〜」

「うるさいのでやめてくださいまし。それと結婚はしませんわよ、ついてこないでくださいまし」

「ノン、これは歌だよ。ボクは決して施しを嬉しくは思っていないし、結婚したいとも思っていないんだ」


 うざい……。

 そうだ、思い出した。

 森へと迷い込んできた三毛又数というヤツから、強引にどうでもいい話を聞かせられたと。

 確かそんな話をシロシロはしてた。

 ということは、コイツ同じやつか?


「ぼくのなまえは〜みけまたかず〜……。すうじのさんとからだからはえるけでみけ〜。またはふたたびのまた〜かずはひとつふたつかぞえるときの……あれ〜。きみにはむかしにも〜あったきがする〜」

「会いましたわね。それで、吟遊詩人仲間のところへは戻れましたの?」

「ノン、これは歌だよ。返事はいらないのさ」


 誰かが俺の背中をつつく。


「お兄ちゃん、聖獣さま、走ろ。この人なんかヤバいよ」

「そうだね」


 俺はこの三毛又数というヤツのこと、面白いと思うけど。

 関わりたくないのも分かる。

 


 俺たちは走る。

 さすがにもうついてきてはいないだろう。

 そろそろ歩こうかと、とりあえず背後を見ると……2人の後ろから、三毛又数が四つ足で走ってきていた。

 コイツ、腹空かせて倒れてた割に元気だ。

 それとも何かに必死なのか? こわい。


 と、シロシロが振り向いて拳を構える。

 そして立ち止まった三毛又数にジリジリと近付いていく。


「ついてこないでくださいまし。葬りますわよ」

「やや、すまない。どうしても、聞いてもらいたい話があってね」

「またですの? ……仕方ありませんわ。更なる施しとして聞いて差し上げますわよ」


 こんな不機嫌そうなシロシロの声、初めて聞いたわ。


 三毛は息を整えると、楽器を手に持つ。


「ぼくきのう〜なかまたちとはぐれた〜。まあよくあることだし〜どこかでまたさいかいするだろうと〜フラフラしてた〜」


 シロシロが再びジリジリと近づき始める。


「暴力は似合いませんよ? 美人ちゃん」

「歌わないでくださいまし」

「分かったよ。聞いて欲しい話というのはね、最近戦争が起きてるだろ? やだね、旅がしづらくて敵わないや、と思いながら歩いてたら。腐敗した森の中で怪しいものを見たんだ。人間たちがオレンジと黒の毛並みをした魔の前で並び、頭に触れられ何かされていた」


 シロシロの耳がピンと跳ねる。


「アナタはどこから歩いてきましたの?」

「忘れた。話は以上だ、森に近付くのはやめておくことだね。じゃあまた会うことがあれば、何か話してあげよう」

「それ昔、ワタクシがアナタに向けて言いましたわよ」


 三毛は俺たちとは反対の方向へと歩いていった。

 シロシロは離れていく三毛に向かって、上段、中段、下段と拳を叩き込む。

 当然、離れているので三毛には当たらない。


「……ふう、落ち着きましたわ。あんなのの話なんて嘘かもしれませんし、聞かなかったことにしましょう」

「でも、戦争を止めるにはいい手がかりなのでは」

「拡大中の汚染域を縮めれば、魔が町に着く頃には息絶えるようになりますの。問題は人々が操られていることですが、マヴくんが旅の最中に汚染域を縮めるよう努めれば、いつの間にか倒してると思いますわ」


 そういうもんなのか?

 まあ、オレンジと黒の模様の魔はシロシロが倒してるし。

 本当に気にしなくてもいい情報なのかもなあ。

 とにかく、聖獣街へ急ごう……。

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