第43話 混沌の時空

 一発、いいや五発の銃弾を棍棒で防ぐ。

 弾丸が棍棒に埋まり込んだ。


「ちょっと、危ないですよ。離れていてください」

「待て待て。この人は出口を作れるのに殺しちゃダメですよ、出られなくなるかも知れません」

「ええ? 殺す方が早いですよ」


 何度も立ち位置を変えるベクー。

 俺はその射線をしつこく遮る。

 敵じゃないキャラをわざわざ殺したくないのに、べクーとは気が合わないな。


 お、ガラがベクーの背後から近付き、銃を取り上げてくれた。


「ちょっと、返してください」

「やだ❤︎ 野蛮な人がこんなもの持っちゃダメだよ❤︎」

「……はあ、分かりました。とにかく出口を探します」


 諦めてくれたようだ。

 ベクーはあたりの散策を始める。

 トカフの方は、両目にタオルを押し当てながら泣いていた。


「返してくれよ……」

「トカフさん、元気出してください」

「返してくれたら元気出す」

「それはちょっと、事情があってできません」

「って、何でウチの名前を知ってるの?」


 トカフは涙と汗を拭うと、猫のように細く、白い瞳孔で俺を見上げる。

 この子の性格はよく分からないんだよな。 

 ゲーム内では厄介ごとを持ってくることもあれば、ログインイベントの開始案内をしてくれることもあった。

 ざっくり言うとNPCの中でも糸がハッキリと見える、運営の操り人形代表だったのである。


「それよりトカフさん、良ければ俺たちと一緒に旅しませんか? そうしたら寂しくありませんよ」

「……遠慮しとく。でも3人のうち、誰かがここに残ってくれるんなら出口を出してあげてもいいよ」

「それはムリです」


 ……困った。

 ベクーがやろうとしたように一か八か、殺すしかないのかも。


「じゃあこのぬいぐるみがアナタのお友達ね❤︎ いっぱい話しかけてあげてね❤︎」


 ガラがトカフに近付いて、ぬいぐるみを差し出す。

 ネコのぬいぐるみだ。

 トカフは苦笑いする。


「どうしてさっきの光が、君たちには必要なんだ?」

「あれはベクーの魂の一欠片で、俺たちで集めないとこの世界の神から糸で結ばれ、みんなが操り人形にされてしまいます」


 ……省略し過ぎたかな。

 トカフはガラからぬいぐるみをジッと眺めている。

 欲しいのだろうか。

 考えてみればべクーの魂だって喋らないんだから、ぬいぐるみとそう変わらないはず。

 いけるか……?


「どっちかっていうとその方が嬉しいよ。時期が来ると、よく知らない人たちが現れてここを飾り付ける。しばらくすると飾りを回収しに来る、ウチはそんなのをあの光と一緒に見ていただけなんだ」


 なるほど、つまりはゲーム運営がこの世界にはないから、プレイヤー用のクエストは用意されていなくてそんな状態が続いているのだろう。

 でも、ゲームのようにカオスな状況でなくて良かったと思う。


「あの子がウチより先に、飢えて死んでいなければ……。こんな風にならなかったのかもな」

「どういうことですか?」

「最初は2人だったんだ。あそこの銃女とそっくりな子がいてさ。……5日だけ一緒に過ごした。あの子が亡くなってすぐ、どうしてかウチの飢えはなくなった。そしてあの光が、宙でふよふよするようになった」


 そのベクーラガルルが餓死から助けてくれてたってことだろうか。

 ……このまま持って行くと、トカフが餓死したりとかはしないよな?

 と、べクーの体から光が抜け出てネコのぬいぐるみに重なった。

 すぐに、ぬいぐるみが動き始めてベクーの足元に立つ。


「アタシの本体さん、トカフに祝福を与えてやってくれないかな……? 飢えを凌げるようにさ」

「あ。ええ、それで満足なら」


 ぬいぐるみはパタリと倒れ、光が再びベクーの体へと戻った。

 トカフが急いでぬいぐるみを拾う。


「今のって……」

「さっきアナタが話していた、飢えて死んだ子ですね。まあ、祝福を掛けてあげますよ。魂を集め終わったら、この子も元に戻してあげます」


 ベクー、残酷な嘘を付かないでくれ……。

 トカフの体が一瞬、赤く光る。

 扉のあった方で、床に何か出てくる。

 ふちが水色に光る黒い円。

 ポータルだ。


「もう少し聞きたいことあるけどさ、後にするよ。行きな」


 いつ戻せることになるのか分からないし、それまでひとりぼっちにさせてしまうのだろうが……俺たちはポータルの上へと立った。


 ん? ワープしない。

 故障か?

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