第3話 世界唯一の魔法使い

「……おねしょの時みたいな顔してどうしたの? 今日はマヴくん3歳の誕生日よ♡ マヴくんの好きな食べ物いっぱい用意してあるからね♡」


 ふと我に帰り見上げて声のする方へ向くと、ベッドの方に美女がいた。

 ベッドの上では布団がきれいに整えられている。

 俺はマイペースにも考えごとをしてしまっていたが、待っているようで待っていなかったマヴ母もそこそこマイペースらしい。


「わーい! ありがとうございます!」


 そうだ話の途中だった、と思いながらも不意に笑みをこぼしてしまう。

 

 浮かれては居られないものの時間はあるんだし、この世界とネトゲとの共通点から調べるのが堅実だろう。

 もしさっきの予想通りになる結果が見えてきたら、自分の魂を消滅させる方法を探そう。


 部屋の外はリビングであり、大きなテーブル席では父と小さな妹が待っていた。


「おっそいおっそい❤︎ ねぼすけ兄ちゃん❤︎ ちえおくれ❤︎ いちぞくのつらよごし❤︎」

「おはようマヴ。よく眠れたか?」


 僕より一つ年下のはずの妹、ガラ。

 銀髪でかわいい、転生するならガラがよかった。


 しかしまだとても小さいのに、すでに性格も表情も仕上がってる。

 ゲームでも背景とか関係なく、無理矢理ねじ込まれた性格だったからなのだろう。


 父はまあ、何というか強面な顔だ。


 にしても、昨日までは全く関わりのなかった人たちからこうも親しまれると……慣れなさすぎてテンパっちゃいそうだ。


「朝ごはん済んだらお使いを頼む。お金が余ったら、好きなものを買いなさい」

「お使い?」


 つい聞き返してしまう。


 父は、キョトンとした様子でありながら、ああと声を漏らし頷いていた。




 普段のマヴなら聞き返すことなく、お使いへと向かっていたのだろうが。


 子供になったと言っても、俺はコンビニで店員に声をかけることすらできないぞ?


 行けば俺は、買うものをカゴに入れ終えレジに並ぶが、レジには誰もいないので気付かれるまで待つのだ。

 そして時が経ちレジへと通され、店員と目を合わせないようにしながら会計を始める。


 目を合わせればきっと、俺の緊張で強張った情けない表情を見た店員は鼻で笑うからな。


 会計中、俺の手は当然震える。

 硬貨を地べたに落として見失い、咄嗟に探すが見当たらず並んでいる後ろの客は俺を睨み始めるのだ。


 そして嫌な視線を背に感じながら、会計を終わらせおどおどしつつ帰る姿を見られる。

 最後に店員と客同士で俺のことを珍獣扱いし、俺に聞こえる声で笑うのだ……。




 お使いという絶望的な試練に怯えながら朝食を食べ終え、硬貨の入った小さく重たい巾着袋とメモを持って外に出る。


 どう足掻こうと俺は恥をかくだろう。

 しかしお使いなら、家族の役には立てるはずだ。


 早速と広げた紙にある文字は、なぜだか読めた。


 ただ、家から出てすぐ木に囲まれた森で。


 どこに行けば町に着くのか想像も付かない。

 てっきりこの家は町中にあるものと思っていたのに、こんなエグいお使いをマヴはこなしていたのか……?

 俺は3歳児、いや2歳児以下の存在だった訳か……ふふっ……。


 家の中へ戻って、向かう方向を聞くべきだろうか。

 しかし、今までできていたであろうことができないというのは怪しまれるだろうし。

 

 突然、強い横風に押されて足元がふらつく。


 何だこの風は……出歩くには危険過ぎる。

 それに、迷子になってしまえば間違いなく死ぬ。

 もし戻って怪しまれたのち、家族から異物扱いされ家から追い出されたら……俺は人間の形をした毛虫として生き草の上を這い続け、餓死を待つことにしよう……。


 俺が家の中へと戻ろうとすると、森の中から何かが駆け寄ってくる。


 り……リス!? 栗毛で太く巻いた尻尾だ。

 先ほどの風で簡単に吹き飛びそうなのに、まるで動じていない。


 黒い瞳がこちらをじっと見つめ、人を真似るかのように首を傾げる。


 モンスターではなさそうだが……何だか仲間でも見つけたかのような様子だ。


 俺はリス……なのか? そう思ったのも束の間、玄関の開いた音に驚いたのか、リスは森の中へと戻っていった。


「どうした? 今日は具合でも悪いのか?」

「いえ、行ってきます」


 玄関から出てきた父に向かって咄嗟に首を横へ振り、俺は玄関から真っ直ぐ歩く。


 ……ミスったなこれ。


 家の方を振り向くと、玄関は閉じていた。


 真っ直ぐ歩けば町に着く、と思っていいのか? 不安で仕方ないが……やはり人間のまま毛虫になる訳にはいかない。


 リスはまあ、どうだろう。

 リス仲間がいるならいいかもしれない。


 とかく今は、行くしかあるまい。


 森の中へと入ると、あのリスが再び現れた。

 目の前にある切り株の上から俺を見つめている。


「マヴ。どうしたんだ? 今日は普通でない様子だが」


 リスが喋った。


 ゲームの中ではキキキ! かキキッ……としか喋らない動物のはずだが。


 ついに俺は妄想の域を踏み越え、幻聴が聞こえるようになってしまったか? 


 しかしなんて知性的な声なんだ。

 

「お前こそ、普通のリスではないな!」


 リスは俺の言葉に顔を顰めると、見覚えのある人間の姿へと変わった。


 金髪碧眼の魔道着姿。


 これは、俺がやってるネトゲの看板キャラクター、ベクーラガルルではないか!


 腰元まで伸びた黄金毛はサラリとしており、特徴的ないた前髪。


 美しい上に手入れされたその髪型をした少女は、まるで現実でも、この世界でもない存在だと感じさせる。


 口調には頼れる先輩感が出てる……でもベクーラガルルは、かなりの世間知らずな性格なんだよな。


 できればマヴではなく、ベクーラガルルに転生したかった。

 その方が俺に合ってる気がするよ。


「そう、リスではない。オレの本当の姿はこれだ」

「あ……あの……」

「驚かせてしまったようだな」


 ベクーラガルルはリスの姿へと戻った。


 そう、彼女は自身を色々な姿へと変えられるのだ。


 モンスター……この世界で言う魔へと姿を変えることもできる。


 そしてこの世界唯一の魔法使いでもあるのだ。

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