第36話 賢者

 都市に着いたが……ゲーム内の面影はまるでない。

 人の姿はどこにも見えず、石壁の家も店も崩れてしまっている。

 見渡す限り、瓦礫の山だ。


 まあ、都市と言ってもプレイヤーの活動中心地ってだけで衛兵の姿なんてない。

 瓦礫があっても露天を置ける開けた道とかが目立つし、シーズンイベントのないメンテ直後は、だだっ広いだけのスカスカで寂れた場所だからなあ。

 プレイキャラが大勢じゃなかったら、戦争で壊滅するのは仕方ないか。


「ひどい有様ですわね。外を迂回しましょう」


 ガラは呆然と、瓦礫の山を見ながら立ち尽くしている。


「どうしよう。そのうち聖獣様の街もこうなっちゃうんじゃ」

「マヴくんが何とかしてくれますわ。大丈夫ですわよ。帰りましょう」



 確かに帰らないと行けない、そのためにこの都市だって経由してる。

 けど、魔が制圧してるわけでもなく、ただ瓦礫に埋もれただけ。

 こんな場所を捨てて安全な街へと逃げ、好き勝手過ごしてる避難民たちが憎く思えてくる。


「シロシロ様、街にいる避難民たちをここへ呼べませんか?」

「呼べますけど、応じてくれるかによりますわね。それに呼んでどうするんですの?」

「ミソハム村から出て行ってもらうんです。この辺りには果樹も川もあり、虫や魚もいます。瓦礫をどうにかすれば、また住めるでしょう」


 シロシロは首を横に振った。


「またここが戦火に巻き込まれたらどうしますの?」

「1年も飲まず食わずで人が争いあっているとでも?」

「争い合っていますわよ。スケルトンになっても延々と斬り合い、片方の陣営が勝てばその奥にある村や町を瓦礫や荒地に変え、今度は避難に遅れた人々が加わり斬り合う。そんな状況で人が減っているんですの」

「それなら、他の居住区に迷惑かけていいとでも?」

「マヴくん……」


 シロシロは、俺の首に掛かった単眼鏡をつついてきた。


「冷静になってくださいまし」

「分かってますよ、俺が正しくないことぐらい」

「マヴくんの怒りは分かるんですの、それに正しい怒りだと思いますわ。街へ戻ったら避難民たちにはこれから、生の虫を食べさせましょう。マヴくんのパパとママに料理を出せと言われても、出さないようにするんですの」


 ……そうだ、贅沢なんだよアイツらは。

 人の手間をわざわざ強要しやがって。


 都市内の瓦礫が崩れる音がする。

 見ると、たった数人で瓦礫を通路の方へと運んでいた。


「お兄ちゃん視野せまーい❤︎ ザコザコ人間力❤︎ イライラしやすくてかわいそう❤︎」


 ガラはそう言いながら、住民の方と駆け寄っていく。


 今度は俺が、立ち尽くして瓦礫を眺めていた。

 視野狭いって何だよ。

 避難民が働かず、贅沢に暮らしてるのは事実だろ。

 子供の世話まで周りにやらせて、恥ずかしい奴らだろが。

 ここの住民だって、避難民の存在を恥じるに違いない。


「でも、聖獣街に来た避難民の殆どは子どもなんですの。そのご両親は、子どもを守るために訪れたと思いますわ」


 それはそうなんだろうが。

 

「だから我慢しろとでも?」

「そういう事情がなくても、ワタクシは人を助けたいと思いますのよ。マヴくん。悪いのは人ではなく、人を操っている魔なんですの。もっと言えば、悪意なんですのよ。悪意には洞察力が有効ですの」


 シロシロは立派だ。


 でも、納得できない。

 この世界でなら悪いヤツ、魔を殺せば解決する。

 けどもし、俺が現実へ戻った時。

 そこに魔なんて都合のいい敵は存在しない。

 それに悪意には洞察力って言うけど。

 大抵、悪意だけじゃないんだ。

 悪意を上回る感情で、相手を打ちのめせるつもりだから他人を気安く見下す。

 暴言や暴力の他、自分たちが贅沢するための養分にだってする。

 この世界の避難民は特にそうだろ。


 人の心なんて、そういう傲慢なもんなんだよ。

 追い詰められたら自分の身可愛さで判断して、何でもやる。

 洞察力なんて磨いてそいつらを理解できるようになっても、そいつらと同じになってくだろう。

 正解があるとするなら、洞察力なんかじゃない。

 ただ無感情に生きるのが正解なんだ。

 誰もがそう自立すれば、お互いに自分を守れる訳だし。


「ワタクシも手伝ってきますわ」

「……俺も行きます」


 村人たちの身なりはボロボロで、顔も少しやつれている。

 ここの村人も立派だが、立派な人間ほど割に合わない生き方を強いられるもんなんだ。


「あなた方も旅人さんですか?」

「ええ。ワタクシはシロシロですの、こちらはマヴくん。差し支えなければ、お手伝いをやらせてくださいまし」

「ああ、ありがとうございます。わたしはこの町の官庁役人でして。戦争が落ち着いてきたので、こうして町の片付けを始めております」

「そうなのですね。それならワタクシは、大きい瓦礫を片付けますわ」


 シロシロが少し遠いところの瓦礫を殴ると、瓦礫は爆散して消えた。




 ……しばらくして、日が暮れ始めた。

ガラが俺の頬をムギュムギュと触りながら、ニヤケ顔を見せつけてくる。


「妹からボディタッチされて元気になるなんてきもちわる〜い❤︎」

「そんなんで元気にはならないよ」

「うっわ❤︎ お兄ちゃん顔真っ赤❤︎」


 お前がこねくり回したからだよ!

 ……でも手伝って、嫌な気分は少しだけ晴れた。


「街へ向かいますわよ。マヴくん、先頭を歩いてくださいまし」

「旅人の皆さん、お手伝いありがとうございました!」

「盗賊などにはお気を付けくださいましー」


 村長たちが頭を下げている。

 何人か下げてないやつもいるけど、俺は頭を下げ返した。

 この人たちにはきっちりと敬意を示したかった。


 でも俺は、避難民以下の立ち回りで生きてきた。

 戦争も避難民の存在も、そのツケなのだろう。

 マヴに転生したのだって、きっとそういう理由だ。

 この世界でいうロックやプレイキャラのような、ヒーローには絶対になれない。


 俯きながら歩いていると、シロシロが下から顔を覗きこんでくる。

 俺に合わせて、後ろ歩きしているようだ。


「何に落ち込んでいますの?」

「いや、俺ってよく考えると避難民以下のクズなんだろうなって」

「クズって……何ですの?」

「他人のことなんてお構いなし。自分のためばかりを考えてるサイテー野郎のことです」


 シロシロは一人で腕組みし、唸り始める。


「別にそれは、サイテーではないと思いますわよ。魔のように一人や複数人限らず、誰かを狙って悪意を働くのはよくありませんけど」


 ……シロシロはいいやつで、ゲーム内では自由気ままに過ごしてるキャラだけど。


 所詮はゲーム内のキャラらしい。


 と、シロシロは急に抱き付いてきた。


「きっとマヴくんは、食堂でのことに心が冷えているのですわ。こうして暖めてあげますの」


 何だよそれ。

 でも何だか、暖かいし気持ちが落ち着く。

 

 ……そうだ、シロシロの言う通り俺は心が冷えたのかも知れない。

 何か……涙出てきた。


「うっわ❤︎ お兄ちゃんハグされて泣いてる❤︎ なさけな〜い❤︎」


 そうか。

 ガラみたいな変な子もいて、色々な考えのある人もいた方が、この世界は賑やかでいいじゃないか。

 ゲーム内のキャラとか関係ない、みんな人間だ。

 ああ、世界を救いたくなってきた。

 地球の自然を守りたい……。

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