第45話 休息はない

「おはよ、お兄ちゃん❤︎」


 耳元から囁き声がする。

 何だ? まだ暗いのに。

 俺が耳を手で押さえて塞ぐと、手を何かから掴まれて引き剥がされる。

 隣を見ると、ガラがいた。


 慌てて飛び起きる。

 母といい、ホント人を揶揄うの好きだな??


「起きるのはや❤︎ お兄ちゃんにはチャンスがなさ過ぎて体は必死なんだね❤︎」


 何のチャンスかはよく分からないが、バカにされた気がする。


「……おはよう。べクーからの連絡を待たないと行けないし、まだここで休んでいようか」

「それってたいくつ❤︎ 何かしよーよ、何でもいいよ❤︎」

「んー、連絡が来たらすぐ動けるようなのならいいよ」


 ガラはどこからかトランプを取り出して、その束を笑顔で俺に突きつけた。

 そういえば俺、まだインベントリ使えないんだよな。

 俺ってわざわざ異世界転移してきてるのに酷くね? 神様っていうのとべクーは敵対してるし、まあ仕方ない……のか?


「ババ抜きしよ❤︎」

「いいよ」


 ガラがババを1枚捨てた後にカードの束中央数枚を抜き、束の上に乗せてを繰り返す。

 そして数字を伏せて配られ、ペアのできたカードがどんどん捨てられていく。

 そしてお互い2枚となり、俺の手札片方はババとなった。

 ガラの手がババを避けて迫ってくる。


『マヴさん、起きてますか?』

「起きてる!」


 ガラの手がカードを掴むが、俺はそのカードを握る。

 ガラが勝つと何らかの約束を提案してきそうで嫌だ、負けたくない。


「ガラ、勝負はお預けだ」

「これがババかどうかだけ見せてよ❤︎」

「やだよ」


『遊んでる最中に悪いのですが、魂集めは一旦中止にします』

「え。何で? 急がないと世界が消えるんじゃ」

『敢えて一年、鎧騎士さんを監視しながらここの防衛設備を整えます。鎧騎士さんが他の魂を集める間に、魂を奪い返されるリスクを減らすのです』

「それじゃ、その間に俺は何をしてたら?」

『故郷に帰って構いませんよ』


 ピタリと通信に混ざっていた雑音が消える。


「ガラ、今の聞こえた?」

「うん。べクーの声だったね」


 ガラが俺の手からカードを取って、ニヤリと笑った。


「アタシの勝ち❤︎ それじゃ、この1年どうするかアタシが決めるね❤︎」

「そんなルール決めてなかっただろ?」

「前もって決めてた通り、この1年は旅をします❤︎」


 ……不服だけどいいや。

 聖獣街の周りを行ったり来たりするだけで終わりなんて、なんか情けない話だし。

 人を操る魔を探し出せば、戦争を止められるかもしれない。

 のちのちべクーが書き換えるなら無駄なことだろうけど、いいじゃないか。

 こういう世界に来たんだから、好きに冒険したって。

 



 聖獣街とは反対の方向へ、ガラと共に歩く。

 特に何の面白みもない道だ。

 会話も何を話せばいいのやら。


 ……。


 ガラゴロと何かを引く音が道の先から聞こえる。

 珍しく通行人が、馬車で移動しているようだ。

 白い馬と、幌馬車の先頭に座る、ハープを腕に抱えた吟遊詩人ぽい人が見える。……楽器が目に入ると共に三毛又数が脳裏に浮かび、思わず身構えてしまいそうになった。

 関わらんようにしとこ……。


「こんにちは」


 道の端を歩いていると、ハープを持った緑髪男がニッコニコで声を掛けてくる。


「コンチハ……」


 挨拶を返すと、男はそのまま軽くお辞儀をして通り過ぎていく。

 何だ、警戒し過ぎたか。

 というかあんなのが何人もいるはずないかー、アハハ。

 と、幌の隙間から何か出てきて足元に落ちる。


「おっ、また会ったね。旅の調子はどうだい?」


 足元には、三毛又数がいた。

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