第33話:国造
因幡を離れて五日。
私たちはようやく出雲の町へと入った。
出雲は、神代より続く西の神都。
西国では
そして、その勢力の頂点に立つのが、
出雲国造は、大国主命を祀る神――
この旅の目的は、彼と接触し、神子の力を使いこなせるようにすることだ。
「……ここか」
往来を抜けた先にある、
中でも、とりわけ広大な屋敷が一つある。
これが国造の住む屋敷だ。
都の貴族連中のものと比べても見劣りしないその屋敷は、確かに神代から続く名門が住むに相応しい。
私は、立派な
「そこの者よ」
「
「国造と会いたい。取り次ぎを頼もう」
「は……?」
門番の翁は、怪訝そうに眉をひそめる。
彼は小馬鹿にするような口調で、
「国造様は神の如く尊きお方。其方らのような得体の知れぬ小童が会える訳無かろう!」
成る程。頼りなさそうな割にまともな門番ではないか。
だが、これは想定の範囲内。
私は袂から一枚の書状を取り出す。
「では、これを」
「何だこれは?」
「北都の高階師忠より預かった文だ」
「たっ、高階ぁ!?」
頓狂な声を上げる門番。
だが、今度は神妙な面持ちで「暫し待て」と告げ、屋敷の中に戻っていく。
しばらくした後、男は妙に
「国造様のお許しが出た。案内いたす。ついて来なされ」
▼△▼
外から見ても広かったが、中も当然のごとく広い。私がかつて住んでいた屋敷の三倍は有りそうな邸宅だ。
そんな時、ふいに伊奈が口を開く。
「六尊さま」
「何だ」
「師忠さんって、もしかしてすごい人なんですか」
「……」
何を言っている。
あの戦いを見ていなかったのか?
そう返しかけたが、思えばコイツは気を失っていた。それに、第三皇子の子飼いとなれば知らずとも当然だろう。
「……奴は皇国で一、二を争う大学者だ」
「えっ! そうだったんですね!」
「そして、奴に勝るとも劣らない男が二人いる。一人は、南都の第三皇子、
その時、ふいに門番が足を止めた。
「お連れいたしました」
高らかな声を上げ、跪く門番。
見ると、目の前の建物には、一人の青年が凛と立っている。
「ああ、ご苦労」
結われた黒髪、白い肌、そして、整った顔立ちに吊り目気味の瞳。
どことなく漂う気品と純白の衣から察するに、きっと上級の神職なのだろう。
いや、コイツが――
「だが……まったく、師忠め。俺は便利屋ではないぞ……それに神子とは言え、ここまで
彼は私たちを冷めた目で見下すと、
「面倒だが仕方ない」
そして、ふいに手を広げた。
集約する神気。青年を淡い光が包む。
「!!」
『掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓い給ひし時に生り坐せる祓戸大神等、神ながらなる大道の中に生まれて在りながら、其の御蔭をし深く思はずて皇神等の御恵を疎かに思ひたりし時に過ち犯せるは更なり、今も罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を、八百万の神等共に聞し食せと恐み恐み白す』
朗々たる詠唱。
契神術成立以前の古式のものだ。
一切の祝詞を省略せず、一挙手一投足すべてに意味を持たせた、冗長で完全な神儀。
彼の放った光は、屋敷を、いや出雲一国を覆う勢いで広がっていく。
恐ろしいまでの術式強度だ。
その光は、穢れた気脈全てを清浄なものへと変えていく。まさに神のなせる業。
だが、青年は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべた。
「……祓いきれぬか。小僧はともかく、娘。貴様一体どれだけ死穢を溜め込んでいる」
「あ、あのっ」
「まあ良い。貴様らの事情は全て師忠より聞き及んでいる。責める気など毛頭ない」
伊奈の言葉を適当に流し、こちらへと歩み寄ってくる青年。
無駄のない流麗な所作だ。
恐らく、今の彼の手取り足取りにも、術式的な意味づけがなされている。
変な気を起こせば、訳も分からないまま死穢すら残さず祓われるだろう。
成る程、高階と並ぶというのも大袈裟ではない。これは予想以上だ。
伊奈は警戒心をあらわにして身構えるが、私はコイツが何者かを知っている。
故に、彼の目を見て言った。
「お前が国造か」
「いかにも。俺が第四十一代国造、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます