第12話:優しい人
八部衆との戦いから一夜明けた朝。
私は、白髪の男に肩を貸していた。
「ほんますんまへんなぁ。まさか腰までいわすとは思いまへんでしたわ」
白髪の男はそう言って笑う。
だが、彼の左手は手首から先がない。八部衆の奴に斬り落とされたからだ。
「……いえ」
私があの後止血していなければ、今頃どうなっていたか分からない。
正直人助けなど柄ではないが、あれだけ礼を尽くされたのだ。こんな死に方をされてしまっては気分が悪い。
「一度とならず二度までも……ほんまに貴方がたには頭が上がりませんわ」
「……大したことではありませんよ。これは、ただの自己満足。言うなれば、私の気まぐれです」
「気まぐれでもなんでも、助けられたのは事実やからなぁ」
「……」
再び笑う白髪の男。まるで、昨夜のことなど気にも留めていないかに見える。
「……何故だ」
「へ?」
「何故、そんなに笑っていられる。貴方は、私のせいで手を失ったのだぞ」
「え、そやなぁ……」
小首をかしげる白髪の男。
「別にあれはお兄さんのせいやない。悪いんはあの男と、不用意に門を開けた私ですわ」
「だがっ、私さえ招かなければ八部衆が来ることもなかった! そして恐らく、貴方はこの先も南の都に目を付けられ続けるぞ!」
「でもですわ」
「は……?」
「命の恩人に報えず、何が商都の商人や。南都がどうした。手の一本や二本くらい、安いもんよ!」
ニカッ、と。
白髪の男は白い歯を見せて笑う。
めちゃくちゃな理屈だ。
白髪を助けたのは気まぐれ――その言葉に偽りはない。昨夜も、その前も、私の気が向いたから助けただけだ。目の前で人に死なれては気が悪かったというだけのことである。
その気まぐれの代償に、腕の一本。
見合うはずがない。
「分からぬ……たかが一度命を救ったくらいでそこまで」
「命の恩は、そんだけ重いってことですわ」
「だが、私は礼など求めてはっ!」
そう言いかけた時、白髪は豪快な笑みを浮かべた。
「かっかっか! お兄さん、そない優しい人やったんやね!」
「何……?」
「見返りを求めず人助けられる人が、優しないはず無いでっしゃろ?」
「それは……」
違う。そんな殊勝な考えはない。私はただ、打算の上で動いただけ――そう言い返したかったが、何故か口は動かない。
「……」
いや、自分でも分かっていたのだ。あの時の私の行動は、理に適っていない。ただ、この男が死んでは気分が悪い――それだけの理由で、八部衆と戦う決断を瞬時に下した。
その行動を優しさと評されることが、私には受け入れられない。私は、自分に善性が残っているなど微塵も信じられなかった。
「そんで、何やかんや言いながら私のことを気にかけて下さっとる。やっぱり、お兄さんは優しい人やで」
「……っ」
そんなことを言葉を投げかけるな。
あれほど人を傷つけ、殺し、祟り神などと蔑まれてきた私が、いまさら善人のように扱われて良いはずがない。
「……私は、ただの悪人だ」
「そうは思いまへんけどなぁ。まあ、どっちでもええけど。それより、さっきから口調が変わってまっせ?」
「……!?」
「はは、そっちのほうがええ。ようやく素の貴方を見せてくれはりましたなぁ」
そう言って白髪はまた笑う。
分からぬ。私には、白髪や小娘のような善人の思考が理解できない。
ただ、もやもやとした得体の知れない気持ちだけが、私の中に募り続けていた。
▼△▼
日が上り始めた頃のこと。
工房の方から新しい衣が届いた。
派手ではなく、かと言って地味すぎない。だが、生地は上質なのが見て取れる。大きさもぴったりだ。
「ようお似合いで」
「……そうか」
「ありがとうございますっ!」
小娘は大はしゃぎだ。
私も悪い気はしない。
「にしても、もう発たれるんですか?」
「ああ。そう長居はできない。じきに追手がくる」
「……そうですか。私としては、もうちょっと居てくれはっても良かったのに」
残念そうに白髪は告げる。彼は左手で頭を搔こうとして、「あっ」と気恥ずかしそうに手を下ろした。
その時、小娘が、
「その手、どうしたんですかっ!」
「え、ああ、昨日ちょっとな」
「見せてください!」
バッと、小娘は男の手を取った。
そして包帯を剥がし、顔をしかめる。
「ちょ、お嬢さん!?」
「ひどい怪我……でも、これなら!」
「え」
「……んっ!」
小娘が目を閉じ、力を込めた刹那。
「のわッ!!」
ぼうっ、と、突如炎が巻き起こる。
それは男の傷口でめらめらと燃え盛り、彼の腕を包んだ。
「熱っ!!」
何だ。
何が起きている。
「……くない?」
困惑する男をよそに、小娘は力を込め続けた。そして――
「おわッ! な、治ったぁ!?」
消える炎。
当然のようについている男の左手。
「はぁっ!?」
どういうことだ!?
今、私は何を見せられた?
治癒術式……いや、詠唱は無かった。
それに、欠損部位を復元するにはかなりの技量がいる。こんな小娘が到達出来る領域ではない。
なら、何だ。
まさかこれが神子の力なのか……!?
「お、お前は今何を……」
私のそんな問いかけに、小娘はあっけらかんな笑みを浮かべて、
「わたしにもよく分かりません!」
「何だと……!」
「これはわたしが生まれたときから持ってた力……皇子さまは、火の神の御業とおっしゃっていました」
「火の神……」
なら、やはり術式か?
いや、それは違う。先程自分でそれは否定した。詠唱の無い術式は、原則として存在しない。
なら、何だというのか。
「まさか」
一つ、思い当たるものがある。
術式ではない異能。気脈操作なんていう次元ではない大きな力。皇国において、たった七人しかいない現人神――神子だけが扱える固有能力。
「権限……」
ぽつりと。思わず呟く。
小娘は無邪気な笑みを浮かべていた。
▼△▼
白髪の男に別れを告げ、私たちは屋敷を後にした。
「六尊さま、あのおじいさん、とってもいい人でしたね!」
「……ああ」
白髪の男は、衣だけでなく旅銭まで渡してくれた。結構な額である。本当にあの男は何から何までお人好しだ。
「……」
これでは、貸し借りが逆転してしまっている。私が復讐を成し遂げた暁には、あいつの店を
「で、これからどこに向かうんですか?」
「北の都だ。会いたい人がいる」
「……そうなんですね」
少し反応が悪いな。
まあ良い。
「さて」
この戦いで分かった。
今の私では力不足だ。
八部衆の捌ごとき相手にあの戦いぶりでは、親王や上皇には勝てない。小娘が十分に力を発揮すれば可能性は大いにあるが、その条件は未だ不明である。
私には、まだ知らないことが多すぎる。術式のことも、小娘の権限のことも。復讐に必要な知識が、あまりに足りていない。
やはり、高階……彼らの知識が必要だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます