第13話:北の都へ

 商都から北の都までは、一日半掛かる。


 まずは陸路で四半日ほど歩いてから、舟で川を上る。そこでまた半日ほど掛かり、その後もかなり歩かねばならない。


 舟を降りた頃には、もう日が暮れてしまっていた。


「六尊さま、ここが北の都ですか?」


「いや、その手前。北の商都だ」


「北にも商都があるのですか?」


「ああ。だが、ここは完全に北の都の管理化。南の者はそう手が出せまい」


 と言いながら、私は一つの疑念を抱いていた。


 北の都は、七枚の結界により防御されている。各々が固有の術式効果を持ち、外敵の侵入を阻むのだ。


 その結界が、北の商都に入るまでに二枚ほどあったはずなのだが……


「どうしたのですか?」


「いや……」


 そんな感触は無かった。まさか結界が機能不全を起こしていることはあるまい。結界は北都防衛の中核、日々厳重な管理が行われているはずだ。


 なら何だ?


「……」


 違和感。

 胸騒ぎがする。


「六尊さま?」


 しかし、もうここまで来てしまった。

 行けるところまで行くしかあるまい。


「何でもない。宿を探すぞ」


▼△▼


 朝方に北の商都を発ち、北の都を目指す。


 目的はいくつかあるが、一番は高階との接触だ。

 彼らを味方に付けることが出来れば、私の復讐はかなり円滑に進む。彼らの戦力、そして知識があれば、いくつもの問題が一飛びに解決出来るのだ。


 それに、五年前私を助けた男――その正体の手掛かりを得られるかもしれない……そんな期待も抱いていた。


「ん?」


 しばらく歩き続け、昼も過ぎた頃。

 私たちの目に入ってきたのは、


「わぁ、大きい門……」


羅城門らじょうもんだ」


 都の外と内を分ける、北の都の名物。鮮やかな色に豪壮な建築は、皇国中にその威容をとどろかせている。

 三年前に行われた北都焼き討ちの時、羅城門も焼け落ちたというが……もう再建が始まっているのか。


「……」


 そういえば、もし小娘が本当に『灼天』なら、羅城門や都を焼いたのはコイツということになるな。


「おい小娘」


「な、なんでしょうか?」


「お前、北の都に来たことはあるか」


「い、いえ。たぶん今日が初めてです」


 たぶん?

 いや、まあ良い。


 それなら、北の都を焼いた『灼天』は先代の灼天なのだろう。あの時、『灼天』は今の高階の当主に敗れたと聞いた。

 どうやら、そのまま代替わりしたらしい。


 好都合だ。


 これなら、小娘の顔が割れていることは無いだろう。変にこそこそする必要もない。


 そう思った矢先のこと。

 ふいに小娘が歩みを止めた。


「どうした」


「い、いえ、何も……」


 そう言いつつも、怯えと躊躇ためらいの混ざった表情である。何かを感じ取ったのだろうか。


「まあ良い。あの門の先は北の都。南の都とは違う意味で魔の棲む地だ。気は抜くなよ」


「は、はいっ!」


 今度は元気よく声を返す。

 そして、再び歩みを始めた時のこと。


「……?」


 ぱちり、と。妙な感覚に見舞われる。

 その時だった。


『皇都の結界はご存じありませんか?』


「「っ!!」」


 ふいに聞こえた若い男の声。

 気付けば、私たちは全く見知らぬ場所に立っている。


 転移術式……いや、空間術式!


 何と高度な術式だ。

 それに、いつ発動した!?


「えっ、なに! なんですかこれ!?」


「落ち着け小娘!」


 状況に理解が追いつかない。頬を冷や汗が伝う。落ち着け、考えろ。


 誰が、何のために……上皇? 北の都?

 まさか、ハメられたのか!?

 ここまで結界が無かったのも、私たちを誘い込むための罠だったとでもいうのか!?


「くっ!」


 思考がまとまらない。

 だが、窮地きゅうちに陥ったことは分かる。


 ここまで来て――そう思った時のこと。


「驚かせてすみません。ですが、怒らないでくださいね」


「!?」


 バッと振り返る。

 立っていたのは、二十そこらの男だ。青みがかった長髪に、すらりと通った鼻筋。そして、六尺は有ろうかという長身。


 そんな彼が、不自然なほどに穏やかな微笑を浮かべて立っている。

 異質――そうとしか形容出来ない。


「今私が来なければ、貴方がたは恐らく死んでいました。六重ろくじゅう結界までは私の管轄かんかつですが、その先は陛下の管轄ですから」


「誰だっ!」


「ああ、これは申し遅れましたね」


 くすくすと、青年は笑みを浮かべる。

 彼は、扇で口元を隠しながら言った。


「私は高階師忠たかしなのもろただ従四位じゅしいの位をいただき、神祇伯じんぎはくの職をあずかるしがない廷臣ていしん。そして、今の高階家当主です」

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