第3話:根の国の祟り神
初撃で頭と副将は潰したが、その割に武者たちは怯まない。さすがは近衛武者だ。なかなかに良い兵である。
「
「……根の国の祟り神」
冷汗を流して、顔に傷のある男が答える。
「術式を扱い、根の国一の強さを誇る小童。まさか本当にいたとは……」
「なにゆえ、こんな下賤の民が術式を!!」
「分からん! 名家の
「じゃあどうやって戦えば!!」
「ごちゃごちゃ喚くな! 術師というなら応手があろう! 対術師戦の構えを取れ!!」
一人の武者が号令を放つ。
散開する武者たち。
「成る程。悪くない判断だ」
総じて術師は、一対多で押されると弱い。
術式の発動には詠唱が必須。それに、
術師と戦う時は、距離をとりつつ、詠唱の隙を叩くのが定石である。
だが。
「それはあくまで、私がただの術師であればの話」
「なッ!?」
タンと、大地を蹴った。
人間の能力を超えた速度で、私と彼らの距離が一気に詰まる。本来なら、術式の補助が無ければ出せない速さだ。
「馬鹿なッ……!」
驚愕する武者たち。
そうだろう。
いま私は、詠唱も溜めもしていない。
「別に、術式だけが異能ではない」
私の
彼は受け身も取れずに吹き飛び、鯖折りになって
「それに、これは先ほどもやったことだぞ?」
「ひッ!!」
さらにもう一人。
ソイツは後ろの武者をもう二人ほど巻き込んで、狭い路地裏の家々を
「あと二人」
私が使ったのは、術式でも何でもない。
ただの
他人に向ければ、器を超えた神気が流れ込んで身体が弾け、自分に向ければ、神気によって身体能力が大幅に強化される――ただ、それだけの単純な異能。
術式のような複雑なことは出来ない。
だが、それ故に詠唱も溜めも省略できる。
術式と決め打ちした敵には、これ以上ない不意打ちとなったという訳だ。
「この、クソガキがぁぁぁあああ!!」
「待て四郎!!」
激昂した一人の武者が抜刀。
仲間の制止も聞かず突進してくる。
単純な動きだ。
北の都との停戦より三年。南の都の兵も随分と弱くなったものである。
これでは、ただの的も同然。
「
飛ぶ血飛沫。増える亡骸。
これで六人。
「残るはお前だけだ」
「あ……あぁ」
腰を抜かした武者は、虚ろな目をして私を見上げた。
生を諦めた者の目。この根の国で嫌という程見てきた、吐き気を催す濁った目だ。
「ふん」
若い武者。歳は私とそう変わらない。
なのに、かくもあっさり諦めるか。コイツには、それほどの意志も無いというのか。
つまらん奴だ。
死ね――そう言おうとした時のこと。
「母上……」
ぽつりと呟いた若武者。
一瞬、私に生じた
直後、ぱちり、と。
左の頬がひりひりと痛んだ。
「……は?」
何が起きた。
いや、それは分かる。
なんてことはない。
ただの平手打ち。
小娘が、私の頬を打ったのだ。
「お前……何を……」
「もう、やめてください!」
若武者を庇うように、小娘は私の前に立ちはだかる。目に涙を浮かべ、身体の震えを必死に抑えつつも、はっきりと力のこもった声で彼女は告げた。
「人を
「……」
成る程、世間知らずな少女が唱えそうな理想論だ。私がとうの昔に諦めた、下らぬ夢物語である。
「馬鹿馬鹿しい」
「そんなことはありません!!」
小娘はきっぱりと言い切った。彼女は力強い澄んだ瞳で、真っ直ぐ私を見据えている。
「……っ」
なんだ、コイツは。
初めて味わう感覚。
まさか、気おされているのか?
こんな小娘一人に、この私が?
「ふざけたことを……!」
「わたしは大真面目です! この方は殺させません!」
「くっ……!」
あくまで邪魔立てするつもりか。
だが、この武者を見逃す訳にはいかない。
「どけ小娘っ! ソイツはここで!」
「どきません!」
「しつこいぞッ!! こんな武者一人くらい……!!」
強硬策をちらつかせ、手に力を込める。
気脈操作で小娘を気絶させ、その隙に若武者を――そう考えた時のことだった。
「なら、わたしも全力で止めますっ!!」
「は……!?」
突如、朱い炎が私を阻む。
小娘から放たれた濃密な神気が、実体を伴って現実に影響を及ぼしたのだ。
「っ!?」
現象としては理解できる。
だが、なんだこの神気量は……!
これは気脈操作の範囲を超えている。ここまでのことは、術式無しでは不可能と言っても良い。
しかし、詠唱など一切なかった。
「こんなことが……」
いや、待て。
一つだけ可能性がある。
「まさか、お前……
小娘は答えない。
ただ、まっすぐに私を見据えている。
走る緊張。
私の頬を冷や汗が伝う。
そんな時、ふと気付いた。
「待て、武者はどこだ!?」
「えっ!」
ふっ、と消える炎。
小娘は驚いて振り返るが、そこには誰もいない。
先ほどまで腰を抜かしていた若武者は、いつの間にか姿を消していた。
「逃げられた? 逃げられたではないか!! くっ、お前と下らぬお喋りをしていたからだぞっ!! ああ、クソッ!」
私としたことが何をこんなにムキになっていたのだ! 小娘の戯言くらい適当にあしらってしまえば良かったものを!!
「くっ……」
きっと、すぐに追手がやってくる。
しかも次はあんな雑魚どもじゃない。恐らく上皇直属の手練れだ。
こんなところで遊んでいる場合ではない。
「今すぐここを抜け出すぞ!! 無論お前も道連れだ!!」
「えっ、えぇっ!?」
小娘の手を掴み、私は全力で走り出した。
誤算に次ぐ誤算。想定外に次ぐ想定外。
だが、思えばこれで良かったのだ。どのみちこの町は捨てるつもりだったし、私のこともいずれ勝手に伝わっただろう。
なら、このくらい派手で丁度良い。
「……」
そう自分に言い聞かせ、無理にほくそ笑んでみる。いや、やはりそんな訳あるか!
「あ、あの……六尊さまっ!」
「何だ!」
「さ、さっきの条件って……?」
「は? ……ああ、あれか」
自分で言っておいて忘れていた。
だが、そんなもの自明であろう。
「お前には、私の道具になってもらう。私の宿願を果たすための道具にな」
「しゅく、がん?」
「復讐さ」
「っ!!」
「母を殺し、家人を殺し、私を貶めた全ての者に報いを与えるのだ。
怯えた目で、小娘はぎゅっと手を握る。
まあそうか。この南の都では、上皇を討つなど口にするだけで重罪。
そうでなくとも、
「六尊さま、あなたはいったい……」
「上皇の第六皇子」
「っ!?」
「五年前に死んだことになっている、出来損ないの面汚しさ」
目を見開く小娘。
なかなか良い反応をするではないか。
「ふふ、これでお前も運命共同体だ。口外すれば殺すが、それまでは死ぬ気で守ってやろう。お前にはそれだけの価値がある。せいぜい、私の役に立てよ小娘」
小娘はこの世の終わりのような顔をしているが、何が気に食わないのだ。
どうせお前は地獄に堕ちるし、私もそうであろう。
「仲良く地獄への片道旅行といこうか」
「そんな……めちゃくちゃですっ!」
今更後悔しても遅い。
もう乗り掛かった舟だ。
最期まで付き合ってもらうぞ?
「さあ、復讐の始まりだ!」
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