第2話:親王の被検体

「……っ!」


 一気に武者たちの視線がこちらに向いた。

 丙号とはこの小娘のことだろう。

 事情は全く分からぬが、面倒ごとの香りが嫌という程してくる。


「おい! 一体お前、何をやらかした!!」


 小娘に問い詰めるが、完全に怯えてしまって心ここにあらずといった感じだ。


「くっ……!」


 小娘もろとも私まで捕まれば色々と厄介。

 あと、近衛の武者には良い思い出がない。


「どうする……!」


 いっそコイツを武者どもに突き出すか?

 それとも放って逃げるか?


 いずれにせよ、普段ならきっと迷わずこの小娘を見捨てたことであろう。


 人助けは余裕ある善人の所業。

 私とは無縁の世界の話。


 それが、いつもの私だった。

 そして、今日もそうだったはずだ。


 なのに、どうしてだろう。

 魔がさしたとでも言うべきなのだろうか。


「チッ」


 私は何故か、コイツを助けるという選択をした。


「えっ……?」


「ついて来い!」


 目を丸くする少女の手を引っ張り、土地勘が無ければ決してついてこられないような道順で路地を駆ける。

 町の住人から奇異の目が向けられるが、もはやそんなことは気にならない。


 武者どもの怒号が遠くなった頃、私たちはようやく足を止めた。

 

「ここまで来れば、一応は大丈夫だろう」


「あ、ありがとうございますっ!」


「勘違いするな。これはただの気まぐれ。感謝される筋合いは無い」 

 

「そ、そうは言いましても……」


「それよりもだ。お前に、いくつか聞きたいことがある」


「な、なんでしょうか!」


 ちょこん、と木箱に腰掛け、小娘は震える声でそう答える。

 私は、彼女と目線を合わせるように屈んで問うた。


「どうして、お前はここにやってきた?」


「え……」


「見るところ、それなりの家の出なのだろう? そんな奴が、こんなゴミ溜めにいる意味が分からぬ」


「っ!」


 どうやら図星らしい。


「それと、近衛の武者に追われているのも腑に落ちない。何か事情があるのだろう?」


「……」


 小娘は問いかけに答えない。

 瞠目どうもくしたまま黙り込んでいる。

 身元を言い当てられたことに、よほど驚いたのだろう。


 いや、少し違うか。


「あ、あの……わ、わたしは……」


 コイツの感情は、驚きよりも叱責しっせきへの恐怖に近いように思える。

 いまにも泣きそうな顔だ。


「……安心しろ。別に責めはしない。何より、私は責める立場にない。これはただの好奇心だ。助けてやったことへの礼とでも思ってくれ」


「……」


 私の答えに、小娘はほんの刹那だけ安堵したような顔をする。

 彼女は視線を下に落として、言葉を選ぶようにおずおずと答えた。


「…………逃げてきたんです」


「逃げてきただと?」


「はい」


「一体誰から――」


 そう言いかけた時のこと。


「いたぞ! こっちだッ!!」


「!!」


 突然、路地裏に轟いた声。

 そこに立っているのは数人の鎧武者。

 先ほどの武者の一派である。


「よくも手間を掛けさせてくれたな!!」


 思いのほか見つかるのが早かったな。

 案外彼らは優秀なのかもしれない。


「ろ、六尊さま……」


 ふいに、小娘が私の袖をぎゅっと掴んだ。

 彼女の顔は恐怖に染まっている。


 無論、恐怖の対象は目の前の近衛武者。

 その内の一人が、こちらに手を伸ばした。


小童こわっぱよ。願わくば、このまま大人しく渡してはくれまいか? 我らはその子を連れ帰るよう命じられていてな」


「一体誰の命ですか」


弾正尹宮だんじょういんのみや殿下だ」


「……ほう?」


 かなり大物の名が出てきたな。

 弾正尹宮――すなわち上皇の第三皇子。

 皇国屈指の術式学者にして、南の都でもっともイカれた男である。


 にしても、隠す気もないとは殊勝な奴……いや、単にナメられているだけか。

 根の国の小童ごときに知られても、大した問題はないと思われているのだろう。


 だが、なるほど。

 これで大体察しがついた。


(小娘よ。お前アイツの被検体だな?)


「……っ!」


 この顔は当たりか。


 となると、さしずめコイツは実験に耐えかねて逃げ出し、闇雲に走るうちにここへと辿り着いたのだろう。


 しかし、そうか。

 それならそれで、私にとっては好都合。

 やはり、助けたのは正解だった。


(おい小娘。お前を助けてやる。そのかわり、一つ条件を呑め)


(えっ!)


(話はあとだ。今は下がっていろ。まずは、コイツらをどうにかせねば……)


 武者どもを一瞥いちべつして、小娘にそう告げる。武者どもは、不気味な笑みで手を伸ばした。


「ほら、帰るぞ?」


「コイツは嫌がっているようですが?」


「聞き分けの悪い子なのだ。まったく、困って仕方がない」


「なるほど」


 相手は近衛の鎧武者が複数人。しかも表には仲間が十人単位で待ち構えている。

 対する我々は、私とコイツの二人だけ。コイツは戦力にならないから、私が一人で対処するしかない。


「さあ、早く」


 武者どもは、一歩、一歩と近付いてくる。

 出来れば対話で解決したいところだが、流石に無理だろう。

 まあでも、一応試してはみるか。


「……嫌だと言ったら?」


「は?」


「私がこの子を渡さぬと言ったら、貴方がたはどうなさるのか聞いているんです」


「その時は――」


 抜刀する武者たち。

 戯れではない。彼らの手に握られているのは、正真正銘の真剣。

 一振りで人の命を刈り取る凶器である。


「痛い目を見てもらうしかない」


「……そうですか。なら、決裂ですね」

 

 先頭の武者は残念そうにため息をつく。


「生意気な小童め。大人しく渡せば見逃してやったものを……やれ」


 号令と同時に斬りかかってくる武者。

 一、二……計七人。距離は私の足で八歩といったところだろう。


 こうなれば、やむを得まい。


「まずは」


「っ!?」


 跳躍。

 そして、先頭の武者の額に指を当てる。

 驚きに染まる武者の顔。


「速っ……」


「一人目」


 直後、ぱちゅん、と水が弾ける音が響く。

 いや、弾けたのは水ではない。


「な……!?」


 首の吹き飛んだ亡骸が、どさりと路地裏の地面に倒れ込んだ。


「「少将殿ォッ!!」」


「舐めて掛かるからこうなるのだ」


「何をッ!!」

 

 逆上する武者ども。

 一気に殺意が路地裏に満ちる。


「死ね小童ッ!!」


 振り下ろされる太刀をひらりとかわしつつ、私はもう一人の武者の腕を掴んだ。


「二人目」


「ぃッ!!」


 振りほどこうとするが、もう遅い。破裂音とともに、彼は路地の染みと化した。


「な、なんだコイツ!!」


「化け物め……!」


 酷い言われようだ。

 先に仕掛けたのはそちらであろうに。


「まったく」


 だが、この際それはどうでも良い。

 残りの奴らも始末してしまおう。

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