第23話:思惑と目論見

 因幡介いなばのすけ美努忠義。信頼に足る男かは知らぬが、私の体調が回復するまで存分に利用させてもらうことにしよう――そう思った矢先、忠義は困ったような顔をする。


「だが、俺は手錠の鍵など持ってないぞ?」


「は?」


 コイツ、その程度の準備も無しで私に力を貸せと言ったのか。

 場当たり的。向こう見ずが過ぎる。端的に言って馬鹿なのではないか?


「……まあ良い。ふっ!」


「なぁッ!?」


 からん、と、床に転がる鎖と手錠。

 過剰に驚く忠義に、私は呆れを込めた視線を送った。


「気脈操作が無くとも、錆びた鉄ごときどうとでもなろう」


「は、はあ……」


 何をそんな間抜け面を晒しさらているのだ。

 大げさにもほどがある。そもそも、お前が鍵を持っていないからこうしたのだろうに。


 いや、そんなことはどうでも良い。


 『夜叉』がこの程度の拘束しかしなかったのが気に掛かる。手錠に何か仕掛けがあった訳でもないし……一体何が狙いだ?


 しばらく考えてみたが、特に何も思い付かなかった。仕方ない。情報が少なすぎる。


「……考え事は後だ。案内せよ」


「へいへい」


 ▼△▼


 忠義は迷うことなく廊下を突き進み、地下通路の隠し扉を開いた。こういう時に備えた抜け道なのだろう。

 彼は国の次官というだけあって、主要な庁舎の構造は把握しているらしい。ただの馬鹿ではなかったようだ。


「ここを進めば町の外れに出る。行くぞ」


 かくして私たちは、牢獄からあっさり抜け出した。あまりにあっけない逃走劇。

 私は拍子抜けするとともに、いくつか違和感を覚える。


 いや、今はおいておこう。

 追及はいつでも出来る。今はもっと他のことをすべきだ。


「……」


 幾度か右手を開いたり閉じたりしてみる。力は入るな。それに、神気の巡りも悪くない。大分体調はマシになってきた。

 今で万全の六割といったところだろう。これなら『夜叉』本体は十分相手に出来る。


 だが、問題はその取り巻きだ。


 傀儡かいらい術式により操られた町の人間。数も素性も不明。それぞれの脅威度は、刀を合わせるまで計りようがない。

 

 ……いや、数については町のほぼ全員か。


 恐らくアイツの術式は契約時にしか神気を消費しない。それ以降は、傀儡となった者の神気を用いて術式を駆動する。

 つまり、奴が支配下に置ける人間の数に制約はないとみた方が無難だ。


 まったく、出鱈目でたらめな術式である。


 ただ、この手の術式には必ず何か弱点や制約はあるはずだ。

 それを突いて破れば良い。簡単なことだ。


「……」


 しかし、『迦楼羅かるら』の方はそうもいかぬ。


 七尺の長身から繰り出される重い太刀筋。それを更に強化する、怪力乱神の異能。

 奴の力は非常に単純で、それ故に弱点という弱点もない。厄介だ。


 それに、奴は見るところ油断や慢心といったヘマをするタチではない。絡め手や仕込みは通じにくいだろう。実力差がそのまま勝率に直結する。


 出来れば戦いたくない。

 しかし、小娘を取り返すならそれは無理な話だ。アイツの気脈は国府政庁に感じられる。恐らく八部衆二人が監視しているのだ。


 ならば、一対一で戦える状況をどうにか作り出さねばならぬ。力の見せ所だ。


「考え事は済んだか?」


「……ああ」


 顎髭あごひげを弄る忠義を一瞥し、私は天を仰ぐ。


 勝利条件は小娘の奪還、そして、因幡からの脱出――それを心に刻んで、私はニヤリと微笑んでみる。


「さて、どう組み立てていこうか」


 ▼△▼


 国府政庁。

 普段なら因幡守の座する席には、『夜叉』橘頼遠が腰かけている。

 彼女は見目みめの良い男衆を周りにはべらせ、すこぶる上機嫌の様子だ。無論、彼らは『夜叉』の術式の支配下にある。


 そんな彼女に眉をひそめる男が一人。


「あれ、『迦楼羅』くんじゃん。どしたの?」


「貴様こそ何をしている。謀叛人の小僧の首は刎ねたのか?」


「まだだよー。だって勿体ないじゃん」


「何?」


「あの子は、しっかり心を折ったあと、あたしの玩具にするんだー」


 屈託のない笑みで傀儡の男を踏みつける『夜叉』。『迦楼羅』は目を細め息を吐く。


「……相変わらず趣味の悪い女だ」


「で、君こそ丙号ちゃんはどんな感じなの? もうダメになっちゃった?」


「馬鹿を言え。アレを拷問する意味はない」


「えー。あたしにはあるんだけどなー」


「知るか」


 苛ついた様子で険しい目をする『迦楼羅』。『夜叉』はへそを曲げて横たわる。


「ちぇー。まあ良いや。じゃーあたしの方で勝手にやるよ」


「勝手なことをするな。我らはアレを南都に護送すれば任務完了。余計なことをしている暇は無い」


「ええーそんなー」


 不満そうに唇を尖らせる『夜叉』。

 『迦楼羅』は一層表情を険しくして、


「……因幡介のほうは私が監視しておく。お前は小僧と丙号を見ておけ。くれぐれも勝手なことはするなよ」


「はいはい。まったく、君は堅物かたぶつだなー」


 『迦楼羅』の言葉を適当に流して、『夜叉』はどこか楽し気な様子である。もはや彼女の耳に、『迦楼羅』の舌打ちなど聞こえていないらしい。


「えへ」


 そして『夜叉』は獲物を追い詰める猟犬のように一つ舌なめずりをすると、凶悪な笑みを浮かべて言った。


「さあ、没落皇子サマ。君はどんな顔を見せてくれるのかな?」

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