第22話:汚職と忠義

 私の問いかけに、折烏帽子の男は目を伏せる。そして、袖の中から一枚の霊符を取り出した。


「何だそれは」


「術式阻害の霊符だ」


「ほう?」


 そんなものが……いや、あって当然か。

 霊符は高階の技術。あの男なら、この程度のモノぐらい作って当然だろう。


 にしても、よく出来ている。

 恐らくは、己に降りかかる術式効果の中和のみに特化することで、神気の消費を極限まで抑えているのだろう。


 確かにこれなら、『夜叉』の術式にも対抗できる。


「……だが、何故お前がこんなものを持っているのだ」


じょうより上の役人には上から支給されるのさ。あの八部衆の対策にな」


 成る程。確かに『夜叉』は、同じ方法で一度和泉いずみを落としている。

 北都が警戒するのも当然だ。


「つまり……お前は」


美努忠義みぬのただよし。この国のすけだ」


 ▼△▼


 男は腰を落とし、無造作に胡坐あぐらをかく。


「で、お前は何て言うんだ。クソガキ」


「名乗るつもりはない」


「はあ? 俺は名乗ったんだからお前も名乗れよ。俺だけ名前を明かしたんじゃ何か損した気分だぜ」


 忠義とかいう男は不機嫌そうに告げる。

 まったく、酷い言いがかりだ。


「知るか。私はお前の名など尋ねていない」


「そういや、あの女は皇子とか言ってたな」


 聞こえていたのか。まあ、ずっとそこにいたなら聞こえていて当然か。


 ため息を噛み殺し、忠義をじろりと睨む。


「……だったら何だというのだ」


「へえ、驚いた。本当なのかよ。じゃあ、北と南、どっちの皇子だ?」


「……南だ」


「なんだ南かよ」


 気落ちした様子の忠義。

 聞いておいて失礼な奴だ。


「だが、ならなんで捕まってるんだ?」


「お前に話す義理はない」


「あ?」


 露骨に顔をしかめる忠義。

 だが、むしろ何故話すと思った。それに、身の上が不明なのは私だけではなかろう。


「お前こそ、何故こんなところで傀儡の真似事をしている。国の次官が油を売っている場合ではなかろう」


「ぐ……」


 どうやら痛いところをついたらしい。忠義は頭を掻きながらバツの悪そうな顔をした。

 そして、おずおずと話し始める。


かみが、南都と通じてやがったんだ」


「何だと?」


「そのまんまだよ。だから、八部衆は結界を素通りして来やがった。対応策なんて打ちようがない。政庁が占拠されるまで一刻も掛からなかったぜ。俺は運よく生き延びたが、他の国司こくしは全滅だ」


 忠義は、悔しげに拳を握りしめる。


「今、この因幡を支配してるのは守と八部衆だ。なんとか北の都と連絡を取ってこの事態を収束させたいが、奴らには隙らしい隙がない。俺一人じゃ、国府から逃げることすら出来ん。こうやって身を隠すほか、やれることがねえんだよ」


「……」


「そこでだ」


 ふいに忠義は私の肩を掴む。

 そして、必死な表情で告げた。


「お前、俺と手を組まねぇか」


「……ほう?」


「今この町で奴らの支配下にないのは、俺とお前とそのツレだけだ。お前に事情があるのは察したが、八部衆の奴らをどうにかしたいっていう目的は同じはずだろ?」


 成る程。忠義が見張りとして忍び込んだのは、そういう目論見だったというわけか。


「……」


 だが、それはコイツの事情。私の知ったことではない。それに、忠義は北都側の人間。本来私にとっては敵方だ。

 助太刀する義理などどこにもない。


 私は小娘を回収し、さっさとこの町を出る。八部衆二人を倒せればこの上ないが、それは絶対条件ではない。


 故に、私は答えた。


「この町の行く末に興味はない。それに私は一人でも、ここから逃げ出すくらい出来る」


「だけどよ!」


 忠義は私の肩を揺らした。


「……ぅっ」


 脳が揺れて、ぐわんぐわんと眩暈がする。気持ちが悪い。


 『夜叉』の治癒術式でだいぶマシになったとはいえ、風邪と怪我の影響がかなり残っているようだ。面倒臭い。

 思っていたより体調は良くなさそうだな。


「チッ……」


 非常に癪だが、気が変わった。

 私は吐き気を抑えながら、忠義を睨む。


「離せ」


「離すか! お前が俺に協力するまで!!」


「……大きな声を出すな。頭に響く……それに、聞かれたらどうするのだ」


(……っ! すまん!)


 慌てて小声になる忠義。


 成る程、コイツは案外馬鹿だ。

 それに素直。表裏のあるタチではないな。

 なら、やはり――


「ほんの一時ひととき。ああ、一時だ」


「え……」


「私が牢獄を抜け出し、小娘を回収するまでの短い時間。それくらいなら、力を貸してやらんこともない」


「本当か!!」


 再び肩を掴む忠義。

 私は揺らされるより先に首肯して、一つ息を吐いた。


「まずは私をここから逃がせ。細かい話はそれからだ」

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