幕間:神の悪戯

 声にならない叫び声が消え入る。少女は去った。少年は潰えた。全てが終わった焼け跡で、第三皇子は嘆息する。


「そうか、その手があったのか」


 自らが用意し、直々に取り計らった策。それを、出来損ないと貶めた弟が打ち破った――その事実に、彼は怒るでもなく、落ち込むでもなく、感心したような顔をして呟く。


「成る程。気脈操作で灼天の気脈に干渉し、擬似的に神域を展開、無理やり権限を解除する……その方法は思いつかなかった。上手く贄の術式の弱点をついた良い策だよ。うむ、やはり急場凌ぎの調整が仇となったかぁ」


 どこか嬉しそうにも思える口ぶり。

 当然だ。第三皇子は学者であり、想定外こそ新たな発見の母と考える生物である。六尊の思いも、伊奈の覚悟も、彼にとっては研究の種に過ぎない。


「まったく、面白いことをしてくれる。殺すのが少し惜しくなってきた」


 第三皇子は六尊の元まで歩み寄ると、余裕を含んだ笑みを浮かべる。


「でもまあ、ここまでやったのは素直に褒めてやらないとな……そうだ」


 ぽん、と、何かを思い付いたように、第三皇子は手を叩く。彼はニコリと笑って、


「僕が直々に手を下してあげよう。ああ、それが良い。こんなこと滅多にしないからなぁ……光栄に思えよ?」


 高らかに笑う第三皇子。

 そして、彼は手を向ける。


「安心しろ。蒼天の因子は回収して有効に活かしてやる。お前の見せた可能性は南都の為に役立つのだ」


 収束する気脈。揺らめく神気が、第三皇子の手の中へと一点に集まる。術式ではない。気脈操作だ。これが放たれれば、今の六尊は間違いなく死ぬだろう。第三皇子に躊躇いはない。実の弟であろうとも、彼にとってはどうでも良いことであった。


「じゃあな、出来損ない」


 淡い光が放たれる――その時だった。


『そこまでです』


 パッ、と。光は霧散した。周囲を照らすのは、静かな月明かりのみとなる。その月明かりの影の中に、『彼』は悠然と立っていた。


「……………………………………は?」


 目を見開く第三皇子。余裕綽々とした彼の表情が、今日初めて崩壊する。


「何故、お前がここにいる」


 視線の先にいる『彼』は、第三皇子にとって知人であり、敵であり、超えるべき壁でもある人物。本来ここにいるはずのない『彼』は、場違いに穏やかな笑みを向けた。


「お久しぶりですね。三宮殿下」


「師忠ァァァッ!!!!」


 血相を変えて叫ぶ第三皇子。

 突如現れた乱入者――高階師忠は、妖しげな笑みを崩さずに告げる。


「そうお怒りにならずとも。私はただ、旧友を助けにきただけですよ」


「ふざけるなッ!! これは南都の問題だ。高階の介入など認める訳にはいかない!!」


「これは私個人の行動です。高階ではなく、一個人としての行動……いうなれば、ただの我儘ですよ」


 ふっ、と息を溢し、師忠は天を仰ぐ。第三皇子は暗い笑みを浮かべて、


「そうか。我儘か。お前はいつもそうだよなぁ。気まぐれで全てを引っ掻き回し、僕たちの計画もぶち壊していく。これではまるでお前の掌の上だ。何だ? お前は神にでもなったつもりか?」


「ご冗談を」


「のらりくらりと……まあ良い。今更だ」


 その直後だった。


 大気の振動、空間の共鳴。膨大な神気の放出が、異様な感覚を引き起こす。


 そして、第三皇子は詠唱した。


「契神『神代七代かみのよななよ』ッ!!」


 静かに、だが明確に響く声。それは世界に浸透し、超常の力を引き出す起点となる。


 そう、起点だ。この術式は、続く詠唱への起点に過ぎない。人には過ぎたる神の力。南都の術式技術の粋を集めたある種の芸術。


 彼は、力を解放した。


「其ノ七、伊弉諾命イザナギノミコト


「!!」


 光が溢れる。創造神の神威が、月夜の闇を塗り替える。第三皇子の手に現れたのは、宝剣十握剣とつかのつるぎ。神すら両断するその神器を、彼は秘儀の継承者へと向けた。


「死ね」


 轟ッ!! と、空間が軋み、音を立てて崩れる。高階の誇る絶対の神域――それすらも、十握剣の前では不可侵とはなり得ない。

 

 だが、師忠は手を広げた。


「流石です。これでは、少し分が悪い」


「――ッ!?」


 気付くと、師忠は六尊を抱えて第三皇子の後ろに立っている。第三皇子はそのまま十握剣を振るい、師忠の首を落とそうとした。


「チッ!」


 その剣筋は、師忠の頬を薄く裂くに留まる。師忠は、目を細めて言った。


「ですので、私はここらでお暇いたします」


「勝手なことをッ!!」


「ご容赦を。私の目的は六尊さまの救出。今貴方と戦う利は全くありませんから」


 直後、空間の揺らぎが淡い光を生む。

 気脈の収束、座標の変換。

 そして、転移術式の構築。


「この人には、まだ生きて貰わなければならないのです。来たる八年後、『彼』が再臨するその日のために」


「『彼』だと……まさか!?」


「ええ、そのまさかです」


 ニコリと、師忠は笑う。第三皇子は再び剣を振るうが間に合わない。


「では、また会う日まで」


 そして、師忠と六尊は月夜に消えた。

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