第16話:正面突破

 空間術式。それは、気脈を以て常世とこよを創り、久遠くおんの隔たりを築き上げる神の御業。結界術や防御術式とは別次元の複雑さを誇り、皇国でも数名しか扱えぬ超高等術式。


 文字通り、決して破れぬ神の壁だ。

 しかし、その壁を破らねば私は高階と話をすることすら出来ない。


「さて、どうする」


 ただ、いくら神の御業の再現といえど、所詮は人が生み出した術式。

 破り方はきっとある。


 ならば、それを見つけ出すまで。


「まずは――」


 再び、私は師忠との距離を詰める。


 といっても、あれは師忠の虚像。

 しかし、確かに別位相の同座標に存在する標的の像だ。つまり、奴と私を隔てているのは位相と位相の距離である。


 その距離をどうやって超えるか。

 一つ、考えはある。


「ふむ?」


 怪訝そうに眉を吊り上げる師忠。

 私は、勢いよく手を振りかぶる。


「何のつもりです?」


「じきに分かるさ」


 気脈操作。その使い道は、別に身体強化や攻撃手段に留まらない。術式発動に伴う気脈変化の感知、そして妨害も可能だ。


 師忠の術式の残滓ざんしを感じ取り、術式の糸口を掴んで解体する――出来るかは分からないが、やる価値はある。


 あるのか、奴の術のほころびは?


「……っ!」


 無い、だと?

 馬鹿な……


「ああ、成る程、そういうことですか」


 師忠は愕然とする私に、ニコニコと微笑みかけた。


「発想は良い。でも、練度が足りない」


「!!」


「その程度の気脈操作では、私の術式は破れない」


 余裕の笑みで、師忠は扇を振るう。


 これで私は痛感した。

 やはりコイツはかなり強い。


 勝ち筋が無いとまでは思わないが、まともにやり合っては掌で転がされて終いだ。


「くそ……」


 他に、何か策はないか。

 私は頭に全神経を集中させる。

 

 そんな時、師忠が口を開いた。


「それでは一つ、助言をあげましょう」


「何?」


「東の武神はご存知でしょうか」


 急に、何の話を始める。

 師忠は、私の困惑をよそに話を続けた。


俵藤太たわらのとうた。彼は術式が扱えませんでしたが、代わりに気脈操作に秀でていた。そんな彼が試行錯誤の上、ついに至ったある種の極地。神気を刀の切先一点に集中させて放つ、時空さえも歪める不可視の斬撃――『遅来矢ちくし』」


「!!」


「三年前、淡海おうみで蒼天を倒したあの技です」


 穏やかな表情で、師忠は淡々と語る。


 そこで、ようやく気付いた。

 最初から、奴は要求を提示していたのだ。


 隔離された空間。からめ手の否定。反撃意志の放棄。それらから導かれる、私の取るべき行動はただ一つ。


 最大出力での術式発動だ。


 空間術式により生み出される位相の壁。それは、術者とその他の間に絶対的な隔絶を生み出す。だが、その隔絶を破る方法は無くはない。

 

 膨大な神気の放出による空間への干渉。


 空間術式に込められた神気をはるかに上回る神気量を放てば、原理上は位相の壁を突破できる。


 だが、あくまで原理上の話だ。


 東の武神は、これを神気の密度を極限まで高めることで成立させたが、その絶技を再現出来た者は、彼の他にいないはずだ。

 無論、私とて上手くいく保証はどこにもない。上手くいかなければ、そこで全て終わりである。


 しかし、師忠はこれを求めてきた。


 初手で空間術式で私たちを隔離したのは、周囲の町への損害を無くすため。搦め手を潰したのは、正面突破以外の方法を私には取らせないため。そして、反撃してこないのは、私に術式発動の時間を与えるため。


 師忠は、最初からこのつもりだったのだ。

 丁寧にそれ以外の解決策を潰して、私の神気総量を見極めようとしていたのだ。

 成る程、品定めとはいい得て妙である。


「なんとも回りくどい……! 最初からそうと言えっ!!」


「ですが、それではおもむきがないでしょう?」


 ニコリと微笑み、師忠は手を広げる。

 そして、楽しげな調子で言い放った。


「さあ、貴方の全力を見せてください! 今の貴方が彼の存在に値するか、その試金石としての一閃を!!」


 なら、こちらも望み通りやってやる。


「良いだろう!」


 神気の解放。気脈の集中。

 術式の記述、構築。


 出し惜しみは無しだ。私は残り全ての神気をかき集め、構えた刀に乗せる。


 商都で放った素戔嗚スサノオの御業、その進化系。四段階ある術式の、上から二番の出力――盟神めいしん。いま、私が扱える最大限の出力だ。


 高階にどれだけ通じるかは分からない。

 だが、全てはこの一撃で分かること。


「盟神「素戔嗚命スサノオノミコト」神器『天羽々斬あめのはばきり』!!」


 轟ッ!! と。神気と空間が共鳴。刹那、全感覚が麻痺し、上下左右が消失する。膨大な神気がもたらす一時的な副作用だ。


 蛇龍を滅ぼす神の剣が放った閃撃。

 それは確かに空間を揺らし、難攻不落の神の壁へと迫る。


 師忠は、ふっ、と笑みを溢した。


「流石です」


 直後、空間が捻じ曲がる。師忠が生み出した別位相と、私の放った術式の干渉。そして、軋むような音を立てて虚空に亀裂が生じ、轟音とともに崩れ去った。

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