第20話:待ち伏せ

 北の都を離れて十一日。

ようやく私たちは山を抜けた。


「わぁ……!」


 その先に広がっていたのは海だ。

 商都の穏やかな海と違って、こちらは波も高く風も強い。


「……」


 ここからは、海岸線沿いをずっと歩いて行けば出雲に辿り着く。

 まあ、まだ先は長いが。


「六尊さま! 砂がたくさんあります!」


 はしゃぐ小娘の視線の先には、確かに砂で出来た小高い丘がある。そういえば、因幡国には砂丘というものがあると聞いたことがあったな。これか。


「……ぁあ」


「六尊さま?」


 喉の調子が悪い。それに、息も苦しいな。熱も下がっていない。放っておけば治るかと思っていたが、昨日より悪くなっている。


「……気にするな」


 しゃがれた声が喉から漏れる。

 小娘は心配しているようだが、余計なお世話だ。


 その時、ふいに彼女は私の肩を掴む。


「次の町でいったん休みましょう!」


「ぁ……?」


 珍しく小娘が声を荒げた。


「そんな……暇は……」

 

 一刻も早く出雲に赴き、力を付けて都に戻らねば――そういう趣旨の言葉を返したく思ったのだが、熱のせいか上手く頭が回らぬ。


「いいですねっ!!」


「……っ!?」


 結局私は押し切られ、次の町……恐らくは因幡の国府こくふの辺りで一度休息を取ることとなった。


▼△▼

 

 しばらく歩いていると、ふいに道幅の広い通りに出た。その通りをさらに進んでいくと、都や商都ほどではないにしろ、そこそこ栄えている町に行き着く。


 どうやらここが因幡の国府――この辺りの中心都市らしい。まあ、都市というほどの規模ではないが。


「はぁ……はぁ……」


 にしても寒い。くらくらする。足が重い。

 大した距離を進んだわけでもないのに、妙に疲れが溜まっている。


 悔しいが、小娘の言う通りだな。

 これでは旅どころではない。


「六尊さま、だいじょうぶですか?」


「別に……この程度……んっ」


 ふらりと、足がもつれた。倒れそうになる私を、小娘は咄嗟とっさに支える。そして、額に手を当てた。


「すごい熱……! すぐに宿を探しましょう! そして、お医者さまを――」


 その時だった。

 ふいに小娘は言葉を止める。


「どう……した?」


「人が、いない」


「!!」


 直後感じた嫌な予感。

 私は重い身体を無理に動かし、反射的に刀を抜いた。


「――ぃッ!!」


 襲撃。

 束の間の平穏は、一瞬にして破られる。


 真っ直ぐ一直線に飛んでくる短刀。私の剣先は間一髪で凶刃を弾き、あり得た結末を白紙に戻した。


「へえー。弱っててもその反応速度。君、やっぱ強いんだねー!」


「!!」


 ふいに飛んできた声。

 道の真ん中に立っているのは、一人の女。白拍子しらびょうしのような、立鳥帽子たてえぼし狩衣かりぎぬ――そんな男装の女だ。


 見て分かる。

 コイツはただ者ではない。


 ニィ、と、口角を吊り上げる女。

 私は必死に呼吸を整え、臨戦態勢をとる。


「六尊さま……」


「下がっていろ!」


 それにしても、何だ、コイツは。

 問いかけるより先に、女は口を開いた。


「知ってるかい? 少年」


「……っ!」


「人ってねぇ、対象よりも強い神気があれば、一時的に自我を乗っ取れるんだよ」


 コイツ何を言って……いや、まさか!


傀儡かいらい、術式!?」


「正解! 君、物知りだねー!」


 そうか。人がいないのは術式の影響。

 なら、つまり――


「そう。この町の人はみーんな、あたしの操り人形ってわけ!」


「な……!」


 やられた。私たちは、まんまと奴らの待ち伏せに飛び込んだというわけか。


「くっ……」


 傀儡術式の使い手は皇国にそう多くはいない。まして、女の術師となればほぼ一人に限られる。つまり、目の前にいるコイツは――


「八部衆の参『夜叉やしゃ』、橘頼遠たちばなのよりとお!」


「そ! 君本当に物知りだねーっ!」


 最悪だ。

 ここで来るのか八部衆!!

 

 だが、『夜叉』は単身での戦闘能力はそこまででもない。コイツの強みは傀儡術式を用いた集団戦。一人しかいない今なら、私でも撃破出来る。


 しかし、それはコイツも理解しているはずだ。商都での戦闘のことは、流石に伝わっているだろう。


 にもかかわらず、何故単身赴いてきた?


「一体、何を考えている」


「?」


「私はお前の術式、そして戦い方を知っている。病を得た私でも、十全にお前を倒すことが出来るぞ」


「へえー、それは大変。でも、知ってるだけじゃ勝てないんだよねー」


「それは分かっている。その上で私が聞いているのは、何故わざわざ自分の強みを殺すような真似をしているのかということだ」


「はえー、驚いた」


 頼遠は、頬に手を当て口を開ける。漂う緊張に似合わぬ、なんとも気の抜けた表情だ。


「意外と冷静だねー。風邪引いててそれってお姉さん感心しちゃったー!」


「ぺちゃくちゃと……」


 駄目だ。はぐらかされる。馬鹿そうに見えて、コイツはそれなりに頭が切れるタチだ。


 なら、先手必勝。


 『夜叉』の狙いなど、一撃で倒してしまえばどうでも良い。

 目眩をおして、私は神気を練る。

 術式を使ってでも、今ここで仕留めて――


「!?」


 気配。

 それは、真後ろから襲いかかってきた。


「ッ!!」


 真上から振り下ろされる太刀。

 防御は間に合わない。私はあえて体勢を崩し、横へと跳んだ。

 剣筋は、僅かに私の袖をかすめながら、綺麗な弧を描いて大地に突き刺さる。


かわすのか。やるな」


「誰だ!」


「八部衆のろく迦楼羅かるら』、上野兼時こうづけのかねとき


「!!」


 二人目の八部衆だと!?


 くそ……これはマズい。

 万全ならまだしも、今の私ではなかなかに厳しいぞ。どうす――


「きゃあ!!」


「小娘!?」


 町人に取り押さえられる小娘。気付けば、私たちは彼らに取り囲まれている。

 しまった。八部衆に気を取られ過ぎたか……!


「よそ見は禁物ぞ」


「くっ!」


 迦楼羅が横薙よこなぎに太刀を振るう。即座に受け太刀するが、重い。異様に重い。そうだ。『迦楼羅』は怪力乱神かいりょくらんしんの八部衆。今の私とは一番相性が悪い。


「ぐはっ!」


「六尊さま!」


 軽々と吹き飛ばされて、長屋の壁に突っ込んだ。


 クソ、身体が動かん。先までは気合でなんとかしていたが、それももう限界だ。


「チッ……」


 だが、限界に甘んじている場合ではない。今死ねば、これまでの全てが無駄になる。死ぬ気で動け。動かなければ死ね!


「謀反人よ。何か言い残すことは」


「何を、もう勝った気でいる……!」


 無理やり笑みを作って私はそう返した。

 再び太刀を振り上げる『迦楼羅』。

 次食らえば間違いなく死ぬ。


 一か八か、私は術式を使うことにした。

 だが、二発目はない。仮に『迦楼羅』を倒せても、私は神気切れの状態で『夜叉』を倒さなくてはならない。


 絶望的状況。

 しかし、勝機はそこにしかない。


「契神――」


 気脈を整え、神気を練る。

 そして、術式の構築に全神経を集中させたその時、ふいに私の神気が霧散した。


「なっ!?」


 何が起こった。

 思考が高速で空転する。

 そんな私の目の前に、ひらひらと数枚の霊符が舞った。


「対策済みだよー」


「!?」


 『夜叉』が何かやったのは分かる。

 だが、何を――それに思い当たるより先に『迦楼羅』の太刀筋が迫る。

 再びの受け太刀。しかし、いなし切れない。また、私は吹き飛ばされる。


「が……ぁ!!」


 そして、真っ赤に染まる視界。

 薄れゆく感覚。これは駄目だ。

 だが、駄目だから何だというのだ!


「……ほう。まだ立つか」


「無論……私はこんなところで……死ぬわけには!」


「だが飽きた」


 容赦なく、振り下ろされる『迦楼羅』の太刀筋。もう、受け太刀する余力はない。


「――ぁ」


「六尊さまぁっ!!」


 バサリと。吹き出す鮮血。

 これは私の血か。


 ああ、なんと呆気ない。


 私は、この程度の相手に負けるのか。まだ、皇子の一人も倒すことが出来ぬまま、こんなところで朽ちていくのか。


 母上、兵部……皆に申し訳が立たぬ。

 そして、ここまで連れてきた伊奈にも。


 ああ、情けない。

 結局また、私は何も――

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