第26話:術式の穴

 国府政庁。


 忠義は悠々と廊下を進んでいた。国司であることの証、印璽いんじと駅鈴を手中に収めて、彼はニヤリと笑みを浮かべる。


「このまま八部衆を二人とも倒してくれたら色々楽なんだが、どうだろうなぁ」


 時折上がる土煙と建物の振動は、先刻から始まった激闘の余波だ。

 八部衆とやり合っているらしい少年に対して、忠義は感心したように幾度か頷く。


「にしてもあのガキ、やっぱり強いな。見立て通りだぜ」


 そう呟いて、天を仰ぐ忠義。

 直後、再び轟音が響いた。そして、ぱらぱらと、壁だの天井だのの破片が降ってくる。

 彼は苦笑しながら、また歩き始めた。


「まあ、精々頑張ってくれや」


 ▼△▼


「ほらほら、どうしたのッ!!」


 采配を振るうように、『夜叉』は手を繰り出した。術式によって強化された武者たちが、肉体の限界スレスレの挙動でこちらに飛び掛かってくる。

 それをいなしながら、私は『夜叉』との距離を詰めようとした。


「チッ」


 だが、いかんせん数が多い。傷つけることなく突破するのは至難の業だ。奴の間合いまではなかなか近付けない。


 『夜叉』は、小馬鹿にするように笑った。


「随分とお行儀がいいねー。傀儡なんて切り刻めばいいのに。てか、そうしないと勝てないでしょー?」


「ほざけ。このくらいの手合割てあいわりでようやく対等だ」


「あァッ!?」


 逆上する『夜叉』。

 彼女は再び手を振るう。


 傀儡術式の真骨頂、飽和攻撃。相手に休む暇を与えず、物量で押し切る戦術。

 単純だが意外と厄介だ。


「大人しく負けを――」


「馬鹿を言え」


 一人の傀儡の頭を踏み越え、私は宙を舞った。ずらりと並ぶ傀儡たちが、一斉に私を睨みつける。なんとも気味が悪い。


「さて」


 傀儡術式の破り方でもっとも分かりやすいのは、術式の上書きだ。しかし、これは出来ない。なにせ私には傀儡術式が使えないのだ。とはいえ、他の方法は考えてある。


「ふっ」


 私は一人の傀儡の頭に軽く触れた。

 そして、気脈の流れを掴む。


「成る程、思った通りだ」


「ッ!?」


 バタリと倒れる傀儡。そのまま私は手当たり次第に傀儡へと手を当て、同じように無力化していく。


「えっ、はぁっ!?」


 動揺する『夜叉』。倒れていく傀儡。形勢は見る見るうちに傾いていく。


「えっ……なっ、何をしたのッ!?」


「見れば分かるだろう。気絶させただけだ」


「!!」


 傀儡術式は、傀儡を気脈を介して操作する術式。だが、問題は傀儡の何を操作するかだ。筋肉、神経、骨……身体を操るといっても、様々な方法がある。

 実際何を操っているかは、観察を深めないと分からない。そして、触れてみてようやく分かった。


「お前の術式は、傀儡の意識を操作するのだろう。厳密には、感情と感覚の操作か?」


 目を見開く『夜叉』。

 図星か。


「なら無力化は簡単だ。意識を奪えば良い。これは気脈操作の範疇ぞ」


「ひッ!!」


 腰を抜かす『夜叉』に向けて、私は大地を蹴った。刹那の内に詰まる距離。

 傀儡が壁になるが、私に触れた瞬間気を失って倒れていく。人混みが割れ、『夜叉』への一本道が生じた。


「ま、待っ」


「覚悟」


 一閃。今回は外さない。

 右肩から腰にかけて、太刀を斜めに振り下ろす。『夜叉』が咄嗟に繰り出した短刀が太刀筋を僅かにずらすが、それは結末にさしたる影響を及ぼさない。


「がぁぁぁあああッッ!!」


 赤、朱、紅、赫。先の戦で最も多くの民草の命を奪った外道の血が、無慈悲な雨のように降り注ぐ。


 致命傷。そのはずだった。


「……?」


 妙な手応えがする。確かに当たり、そして斬れたが、その割に軽い。


 何だ今のは。


 吹き飛び、地に伏す『夜叉』はまだ生きている。本来なら一撃で仕留められるはずだったが……コイツ、何かやったな?


「まあ良い。次で」


 その時、パチリと肌を刺すような感触が訪れる。これは――


「六尊さまっ!!」


「ッ!?」


 反射的に私は横に飛んで、低く構えた。

 直後閃光が大路を裂き、政庁に獣の爪痕の如き傷を付ける。


 「術式……!」


 それも、かなり高度なものだ。無論、誰が使ったかなど考えるまでもない。


「……遅かったではないか。『夜叉』はもう倒してしまったぞ?」


「そうか。だが、彼奴は近接戦にて八部衆最弱。後ろで控えておれば良かったものを」


 土煙の中から現れた男は、呆れたようにため息を吐いた。八部衆の陸『迦楼羅』、上野兼時。昨日私を斬った男である。


「それで、敵討ちにでも来たか?」


「戯言を」


 『迦楼羅』は無愛想な表情のまま、大きく太刀を振り上げた。


 再びピリつく空気。これは術式発動の予兆だ。続いて起こる空間の共鳴、気脈の励起。

 そして、『迦楼羅』は口を開く。


「契神「豊城入彦トヨキイリヒコ」御業『征東槍夢せいとうのそうむ』」

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