第25話:小細工

 奇襲、一閃。狼狽する『夜叉』は、血の噴き出す左肩を抑えて叫んだ。


「な、何で君がここにいるんだよッ! 君の気脈はまだ牢獄の中にあるはずなのに!」


「馬鹿が」


「はぁッ!?」


「お前が残したコレが役に立ったんだよ」


 私は袖の中から、数枚の霊符を無造作に放り投げる。目を見開く『夜叉』。

 予想通りの反応に、私はどこか小気味良さを感じながら、


「神気を吸う霊符といっても、無条件で吸い続ける訳じゃない。放出される神気を引きずり出しているだけだ。なら、意識さえすれば気脈操作で吸わせる神気量を制限できる」


「そ、それが何さ!」


「察しの悪い奴め」


 私は袖を大きく捲り、二の腕に貼り付けた数枚の霊符を見せてやった。

 『夜叉』は困惑したように口を開く。


「何で、自分に……」


「分からぬか? 気脈探知は、身体から発散する神気を辿って対象の位置を割り出す技術。なら、その発散分を霊符に吸わせてしまえば探知は出来まい」


「な……」


「それとな、容量限界まで吸収された神気は霊符から漏出するんだ。つまりお前が検知した私の気脈は、独房に置き去りにしてきた霊符の残り香だよ。まんまと引っ掛かったな」


「くッ!!」


 悔し気に唇を噛む『夜叉』。


「でも、どうやって脱出したんだ! 監視は十分につけていたはずなのに!」


「笑わせる。あれしきで私を留められるとでも?」


「このガキが……舐めるなぁッ!!」


 『夜叉』が手を振り下ろす。

 直後、壁を蹴破って鎧武者が大勢押し寄せてきた。操られた国府の兵だろう。


「きゃあ!!」


「下がっていろ小娘」


 『夜叉』の操る異能、傀儡術式。

 単騎で支配出来る領域の広さでいえば、八部衆の中でも群を抜いている。また、単純な手数なら皇国屈指といえるだろう。

 しかし――


「なんとも、欠陥の多い術式よ」


「強がりめッ!!」


 手を振るう『夜叉』。それに従って武者どもが動く。思った通り単調な動きだ。

 それもそうだろう。


「お前の術式に然程さほどの精密さはない。技量ではなく仕様の問題だ。操れる人間が異様に多い分、一人一人はどうしても雑になる」


「ッ!!」


「遠距離で位置も分からねば厄介なことこの上ないが……寄らせた時点でお前の負けだ」


 武者どもの間を縫って壁を蹴り、跳躍。『夜叉』の首筋に向けて抜刀する。

 今度こそ外さない。


「死ね」


「さっ、させるか!」


 『夜叉』は手を大きく振りかぶる。

 刹那、不自然な挙動で武者たちが私の前に立ちはだかった。


「!!」


 武者たちの関節から血が吹き出している。

 恐らく術式で強制的に無理な動きをさせたのだろう。


「成る程、そうくるか」


 幾ら制御が粗いといっても、流石は八部衆。このくらいはやってくるという訳か。むごいことをする。


「ならば」


 私は反射的に手首を捻って重心を逸らす。太刀筋は一人たりとも殺めることはなく、そのまま壁に大きな裂傷を付けた。


 だが、今の一瞬で攻守が逆転する。

 『夜叉』は動かせる武者を総動員し、手数で押し潰しに掛かった。

 狭い建物の中では身動きが取り辛い。また、迂闊に刀を振るえば武者たちに当たってしまう。幾ら敵対行動をとっているといえど、相手は操られた人間だ。傷を負わせるのは気分が悪い。


 対応策はあるにはあるが……


「チッ」


 このままではジリ貧。

 私は小娘を拾って壁を蹴破り、一旦外へと飛び出す。仕切り直しだ。


「逃げるのかい!」


 すぐさま飛んでくる追撃。これを適当にいなして、間合い一杯まで距離を取る。


 そこで、『夜叉』は一度手を止めた。


「あは」


 気色の悪い笑みで、『夜叉』はこちらを見下している。余裕の表情だ。この程度でもう勝った気でいるらしい。


 ただ、状況が悪化したのは事実だ。


 奴の傀儡は、見えるだけでも三十は下らない。裏にはもっといるだろう。一体一体は弱くとも、肉壁としては十分だ。


 それに、今しがた『迦楼羅』の気脈も動き出した。どうやらこちらの騒ぎに気付いたらしい。合流されると困ったことに……


「いや、待てよ?」


 ここで、私はふと我に返る。


 よく考えれば、小娘の回収という最低目標は達した訳だ。別にここで撤退してもさしたる問題はない。無いのだが……


「忠義め」


 一応、アイツには一つ貸しがある。その分は働いてやらねば気が済まない。

 今あの男は政庁にある駅鈴を探し回っているはずだ。時間くらいは稼いでやろう。

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