第24話:反撃

 私の肩を掴みながら、忠義は不満そうに顔をしかめた。


「おいクソガキ。せっかく逃げたのに何で戻るんだよ」


「何寝ぼけたことを言っている。私の目的は小娘の奪還だ。戻らずしてどうする」


 数刻ほど休息を取ったのち、私たちは再び地下通路を歩いていた。無論、行先は因幡国府である。まだ身体の気だるさは残るが、感触は悪くない。これならいつでも戦える――そう判断しての行動だ。


「それに、お前だって駅鈴えきれいくらい取り返しておかねばならぬだろう。帝から与えられた国司としての証、それを奪われたままとなれば面目も立つまい」


「げ……いや、まあそれはそうだが」


 しかし、忠義は依然不服といった様子だ。


「にしても、一体なんでお前は小娘とやらにそこまでこだわるんだ。置いてきゃ良いだろ」


「そうもいかぬ」


「何故だ。もしかして想い人か何かか?」


「戯言を。彼奴アイツは道具だ。私の大願成就の為のな」


「はっ、つまんねえガキだな」


 勝手に期待して勝手に失望するな。


 生憎と私は色恋沙汰に興味がない。駆け落ちか何かと誤解されるのは御免である。


「……」


 いや、傍から見ればそうなのか? 

 商都の白髪が妙に親切だったのも、もしやそういうことだったのか?

 だとしたら心外だ。頗る心外だ。


「おい。どうした急に考え込んで」


「何でもない」


「そうかよ」


 少し不機嫌になる忠義。

 彼は長い息を吐くと、頭を掻きながら、


「だが、その小娘さんがどこにいるか分かんのか? 悠長に探してる暇はないだろ?」


「そんなものは気脈を辿ればすぐだ。八部衆の居場所もな」


「だが、それならこちらの気脈だって辿られちまうんじゃねえか?」


「その心配はない。小細工はしてある」


「なんだ、小細工って?」


「それは後程のお楽しみだ」


 ▼△▼


 国府政庁のある一室。

 『夜叉』は、少女の長い桃色の髪を引っ張りつつ、暢気のんき欠伸あくびをしていた。


「まったく、『迦楼羅』くんは素っ気ないんだから」


 『迦楼羅』から釘を刺された『夜叉』ではあったが、基本的に彼女は人の言うことを聞かない。自分のやりたいようにやる人間だ。

 今回だって、六尊という格好の獲物を前に、易々と引き下がるはずはなかった。


「あの子は自分の欲に不誠実なんだよ。もっと好きににやれば良いのに。そう、自由は強者に与えられた特権。それを享受せず無駄にするなんて、むしろ不誠実だと思わない?」


「……い、痛いです! 放して下さいっ!」


「えー、仕方ないなー」


「きゃあ!!」


 乱雑に伊奈を突き飛ばした『夜叉』。

 伊奈はそのまま尻餅をつく。


「い、いきなりなに……するんですか!」


「放せって言ったのはそっちじゃん」


 くすくすと『夜叉』は嫌味な笑みを浮かべる。彼女の足元に転がっている少女には、擦り傷と青あざが身体中についていた。

 結局『夜叉』は、『迦楼羅』の言いつけを破ったのである。


「君、案外頑丈だよねー。こんだけ蹴ってもまだ喋れるんだもの。やっぱり神子って化け物なんだなー」


 口に手を当て、「うわー」などと蔑みの視線を送る『夜叉』。伊奈は目尻に涙を滲ませつつ、不平を訴えるように睨み返した。


「こんなことやめて下さい!」


「え?」


「町の人たちをあやつって、ひどいことをするのはやめて下さい!」


「へー。まだそんな余裕があるんだー」


 目を細め、『夜叉』は少し声を低くする。

 わずかな苛立ち。そんなものが彼女からは透けて見えた。


「まあ良いや。どうせ今からそんな余裕もなくなっちゃうんだし」


「……へ?」


 気の抜けた声を漏らす伊奈をニヤリと見下し、『夜叉』は手を叩いた。

 すると、男たちがぞろぞろとなだれ込んでくる。『夜叉』の傀儡だ。皆、生気を失った目をしているが、息が荒い。


「な……なにをするつもりですか?」


「何って、楽しいコトだよ!」


 困惑する伊奈に、『夜叉』は心底楽しそうな声色で告げた。


「今から丙号ちゃんには、あたしの玩具たちの相手をしてもらいまーす!」


「えっ、相手……?」


 怯えながら、首を傾げる伊奈。『夜叉』は笑顔の中にわずかな苛立ちを交えて、


「純粋ぶっちゃって。やっぱ君嫌いかも」


「ひっ!」


「まー、君みたいな化け物に情けは要らないよね?」


 『夜叉』は刀を抜き、伊奈の衣を乱雑に首元から裂いた。

 伊奈の理解は追い付かない。ただ、青ざめた顔で小刻みに震えている。


 そんな彼女に恍惚とした表情を向けて、『夜叉』は無慈悲に手を振り下ろした。


「ほら、ヤッちゃっていいよ?」


 ギロリと、男たちの視線が一斉に伊奈に向く。そして、彼らは彼女の衣を強引に剥ぎ取った。ようやく、伊奈は事態を理解する。


「い、いやっ!!」


「あは! いい顔するじゃん!」


 『夜叉』は、愉悦に歪んだ顔を赤らめた。


 弱き者をいたぶり、なぶり、心を折ることに悦楽を覚える異常者。世人から邪知暴虐と謗られる南都の高官たちにすらと奇人・狂人と罵られる八部衆の中にいて、なお異色を放つ彼女の悪意。その矛先が、年端もいかない少女へと向かう。


「さーあ、どんどんいておくれ。あの子が立ち直れなくなるらいに!!」


 その時だった。


「随分と楽しそうだな」


「!!」


 抜刀、一閃。飛ぶ鮮血。

 少年はそのまま男どもを蹴り飛ばし、伊奈をかばうように着地する。


「は……はぁッ!?」


 首を抑えて目を血走らせる『夜叉』。しかし、傷は浅い。彼は舌打ちすると、薄橙の髪をかき上げた。


「仕留め損なった。腐っても八部衆か」


「六尊さまっ!」


 目に涙を浮かべ、伊奈は叫んだ。

 しかし、六尊は彼女を一瞥もしない。代わりに彼は、一枚の薄布を伊奈に放り投げる。


「騒ぐな愚図。まだ何も済んじゃいない」


「は……はいっ!」


 六尊は刀を振り払い、そのまま『夜叉』へと向ける。そして、絶対零度のように冷たい瞳で告げた。


「まずはコイツを殺す。無駄話は後だ」

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