第27話:隠し玉
爆風。轟く地響きの中、私は小娘を抱えて跳んだ。
「きゃあっ!!」
「喚くな。当たらなければ問題はない」
出典は知らぬが、『迦楼羅』の術式は恐らく英雄神の一閃。賊とみなした対象に向けて、致死の斬撃を放つ術式効果を帯びている。防御術式を使えぬ私は避けるほかない。
悠然と立つ『迦楼羅』は、相変わらずの仏頂面でこちらを見ている。
「すばしこいな。だが、逃げているだけでは勝てぬぞ」
再び空間が揺れる。術式構築の起こり。
詠唱が世界に染みわたり、神代の異能を顕現させる。
「!!」
先ほどと同じ術式だ。
滞空している私は、すんでのところで身体を捻り、神気を込めた太刀を振るう。
術式と気脈の干渉、そして生じる衝撃波。明確な死の気配を感じ取りながら、私は辛うじて術式を回避した。
だが、『迦楼羅』は容赦しない。着地点を見定め、そのまま大太刀を振るってくる。
私は片手で受け太刀し、勢いそのまま後ろに跳んだ。
「良い身のこなしだ。術式の才が乏しいとは言え、それなら十分戦力となる。消してしまうのは惜しい」
「なら、命乞いでもすれば見逃してくれるのか?」
「馬鹿を言うな」
太刀を構える『迦楼羅』。
来る。
「下がっていろ、小娘」
「は、はい……!」
直後、私と『迦楼羅』の距離が一瞬で詰まる。振るわれる太刀。合わさった刃と刃から火花が散った。
「貴様の抹殺は勅命だ。反故には出来ぬ」
「成る程。八部衆の割に真面目な奴だ」
だが、これで良い。どうせこの果し合いの決着は、こんなことでは決まらぬのだから。
術式。それを、どちらが先に当てるか。
「ふっ!」
追撃。『迦楼羅』の手は緩まない。
いくら術式以外の脅威度が低いといえど、何度も受ければ疲弊する。そして生まれた隙を突かれれば終いだ。逆に、こちらも流れを生み出し隙を作りたい。
気脈の収束。空間の共鳴。
『迦楼羅』は再び術式を行使する。
「霊術『
放たれる閃光。
古代の帝が遣わした英雄たちの威光が、確かな殺傷能力をもって向かってくる。
気脈操作――全身に神気をめぐらせ、私は『迦楼羅』に肉薄した。
術式発動後は、ほんの数瞬だけどうしても隙が生じる。それを突ければ私の勝ちだ。
「くっ!!」
だが、弾数が多い。
避け切るのは無理か。
ただ、ここで引いては埒が明かない。恐らくコイツは、この程度で神気切れを起こすような術師ではないだろう。
このままでは術式の波状攻撃で押しつぶされる。そうなれば勝ち目はない。
だが、私には術式の回数制限がある。捌との戦いでは、たった一度の使用で継戦不能となった。今もあの時と状況はそう変わらない。つまり、外せば即、死だ。
ならば、確実に当てれば良いだけのこと!
私は再び太刀へと神気を込め、術式との干渉を引き起こす。そして生じた衝撃に乗じ、私は一挙に距離を詰めた。
間合い。
この距離なら、入る!!
「契神「
「!!」
祟り神の神威を乗せ、私が扱える唯一の術式を解放する。
大地を揺るがし、空を斬る閃撃。八部衆の捌を蒸発させたその一撃は、確かに『迦楼羅』を軸線上に捉えた――はずだった。
「くくッ!!」
自慢げな笑みをを浮かべる『迦楼羅』。舞い散る霊符。発動する多重結界。
それらは素戔嗚の力を前にして、瞬時に光の粒へと還元される。
だが、『迦楼羅』の命は潰えない。
「耐えただと!?」
「商都での戦いは三宮殿下から聞いている。そして、『蒼天』の種火としての規格外の出力もな!」
「ッ!!」
突き立てられる刃。咄嗟に身を捻るが避け切れない。『迦楼羅』の太刀が、私の左肩を貫いた。
「全て対策済みだ。お前が術式を一種しか使えぬことも、たった一度しか行使出来ぬことも知っている。これで詰みだ、謀叛人!!」
再び振り下ろされる太刀。これを食らえば私は間違いなく死ぬ。避けられる距離でもない。一巻の終わり。そして、敗北。きっと、『迦楼羅』は勝利を確信したことだろう。
「……甘いな」
「は?」
怪訝に首を傾げる『迦楼羅』。だが、その顔はすぐに驚愕へと染められていく。
「な、何故!?」
ひりつくような気脈の励起、空間の共鳴。術式発動の前兆。これは、『迦楼羅』が起こしたものではない。
私が引き起こしたものだ。
「何故、お前はまだ術式を使えるッ!?」
「それを知る必要はない」
目を見開く『迦楼羅』に向けて、私は太刀を大きく振りかぶった。
二度目の術式行使。
本来なら出来ないはずの荒業。
しかし、今なら出来る。これも全て、『夜叉』がヘマをしてくれたおかげだ。
「『迦楼羅』よ。恨むならアイツを恨め」
「ィッッ!!」
「終わりだ。契神「素戔嗚命」神器『天羽々斬』ッ!!」
▼△▼
荒れ果てた因幡国府。
政庁や町は避けて術式を放ったが、それでも被害はそれなりに出てしまった。
巻き添えはなるべく減らしたかったが、背に腹は代えられまい。手加減すれば、負けていたのは私の方だった。
「無事か、小娘」
「は、はい! なんとか……」
瓦礫の影からそんな声が返ってくる。土煙で汚れているが、大きな怪我は無さそうだ。
「……っ」
ふいに足がもたつく。
身体が怠い。神気切れか。仕方ない。あれで容量一杯だったのだろう。
身体に張り付けていた霊符を剥がす。
『夜叉』が牢獄に撒いた、術式の付与されていない霊符だ。
神気を吸い上げるというのは、言い換えれば神気を貯められるということ。なら、前もって神気を貯めておき、術式使用後にそれを使えば神気切れは解消できる。単純な理屈だが、初見ではそう気付けまい。
「……」
どうやら、この霊符はそう何度も再利用出来る物ではないようだな。もう神気を吸う気配は無かった。
だがまあ良い。戦いは終わったのだ。
もう霊符の役目は終わり。
「さて、後は忠義を――」
そう言いかけた時だった。
とん、と、私の肩に手が置かれる。
何の前触れもなく。
何の気配も殺意もなく。
ソイツは、私の後ろに立っている。
「忠義……!」
「お疲れさん」
そして彼は、私の胸に刃を突き立てた。
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