第28話:騒動の黒幕

「ぁ……?」 


 熱。そして、僅かに遅れてやってくる鋭い痛み。私の思考に一瞬の空白が生じた。脇腹から滲んだ血が、衣を赤く染め上げていく。


「貴様、何を……っ」


「契神術はちょっとかじってるんでな、あの程度の気脈操作なら俺にも出来るんだよ。だが驚いたぜ。ホントに見つからねえんだな!」


 忠義は、からからと笑って血濡れの小太刀を振り払った。


 突然の事態。

 未だ理解は追いつかない。


「くッ!!」


「おっと?」


 私は咄嗟に距離を取り、傷口を手で押さえた。べっとりと赤く濡れる手。小娘が血相を変えて駆け寄ってくる。


「六尊さまっ!」


「案ずるな」


「でも血が……」


「この程度では死なん」


 とは言ったが、それなりに出血が多い。

 致命傷は避けたが、不味いな。


「チッ……」


 にしても、霊符を用いた気配の隠匿――まさかここまで早く真似られるとは。


 正直油断した。警戒はしていたが、私に刃を向けてくるとまでは思わなかった。


 だが、何故だ? 


 南都の刺客……いや、そんなはずはない。それなら、私を逃がし、八部衆を見殺しにした行動に整合性が取れない。


「お前の……目的は、何だ」


 私は問いかける。

 だが、忠義はくらい目をして天を仰いだ。


「……なあ、知ってるか? 俺の一族」


「は?」


「知らねぇよな。なんせ俺もよくは知らん。だが、大臣だの納言なごんだのなんて恐らく出しちゃいねぇ。所詮は田舎の小金持ちよ」


「何を言って……質問に」


「俺、これでもそこそこ努力したんだぜ?」


 私の問いを遮って、自嘲するように力ない笑みを浮かべる忠義。彼はそのまま項垂うなだれ、恨み言でも吐くかのように告げた。


「学問も、武芸も、処世も……やれることはやった。それこそ、地べたを這いずり血反吐ちへどを吐くくらいな。でも、ここ止まり。四十手前で下国げこくの介がやっとさ。養いたかった田舎の家族も、愛想を尽かして出ていっちまったよ」


「……」


「俺の言いたいこと分かるか?」


 ふらりと、忠義は見下すような冷たい視線を向ける。


「この世は、生まれが全てなんだよ!! 家柄か、抜きん出た才か。そのどっちかが無きゃ栄達なんて出来ねぇ! 俺みたいな奴は、まともにやってりゃ何にもなれねぇんだ!! 皇子に生まれて、女子と西国行脚に繰り出してるお前にゃ分かんねぇだろうがなッ!!」


 悲痛な叫びだ。

 行く当てのない感情を闇雲にぶつけるような、そんな熱のこもった声色。


 だが、なんだこれは。それを私に言ってどうするというのだ。


 謂れのない不平をぶつけられて困惑する私に、忠義はなおも続ける。


「そんで、ふと思ったんだよ。まともにやらなきゃ良いんだって」


「……!」


「で、今回のはかりごとを起こした。ああ、そう。お察しの通り、内通者は俺だ。守じゃない。アイツは最初に俺が殺したんだ。あとは八部衆に全ての罪を被せて、俺は功労者として北都に取り立てられる。そういう算段だった。どうだ、完璧な策だろう?」


 自慢げに語る忠義。

 しかし、これでようやく掴めた。


 要するに、全て忠義の自作自演。八部衆の騒ぎも、因幡国府乗っ取りも、全てコイツが裏で手を引いていたということか。そして、私たちはそれに付き合わされたと……


「ふざけた真似を」


「ああ、ふざけてるさ。このクソッたれた世みたいになぁ!」


 忠義は霊符を撒く。

 コイツ、術式を!?


「霊術:囚鵠天網しゅうこくてんもう


「……!」


 忠義の手から光の網が放たれる。どの神話を元にしたのかは知らぬが、きっとコイツの祖先に絡むものだろう。霊術格の術式にしては異様に強力だ。


「正直、お前に恨みは無い。むしろ恩すら感じてる。でもなあ、これでお前の首が手に入ったら、八部衆二人と皇子一人だぜ? 東の武神すら霞む大功だ。大国の守どころか、下手すりゃ公卿くぎょうにだってなれるかも知れん。そんな好機を、俺が見逃すとでも!?」


「ッ!!」


 私を容易く捕縛した忠義は、勝ち誇ったように手を広げる。そして、凶悪な笑みに顔を歪めて言い放った。


「という訳だ。皇子サマよ、俺の出世のために死んでくれや!!」

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