第38話:責務と破滅願望

「ああ、勘違いするなよ。無論、永遠にと言う訳ではない。あくまで、今の貴様に教える気はないというだけだ」


「待て、どういうことだ!!」


「どうもこうもない。ただ……一つ引っ掛かってな」


 目を伏せる国弘。彼はしばらく黙り込んだ後、ふいに口を開いた。


「……貴様は、何をそんなに急いでいる」


「は……?」


 問い詰める訳でもない、ただ純粋な疑問。

 国弘は、そこらの石へと腰を下ろす。


「確かに人は定命、それも高々五十そこらの短い一生だ。だが、だからといって何を死に急ぐ」


「……お前は、私が上皇に負けるとでも言いたいのか?」


「いいや、そうではない。お前が蒼天の力をものにしたならば、二割程度は勝てる見込みがあると思っているぞ?」


「なら、なおさら何のつもりだ」


「単純なことだ。復讐を遂げて、貴様はどうすると俺は聞いている」


「……何?」


「まさか討って終わりか? まあ、この国はそれで回るだろう。北都の摂政が首尾よくやってくれるさ。二朝並立は終わりを告げ、再び平安の世が訪れるだろうよ」


 天を仰いで、心底つまらなさそうに語る国弘。そして、彼は念押しするように言った。


「だが、そんな世で貴様はどう生きる」


「っ!」


「やはりか。考えたことがないだろう」


 ニィと笑う国弘。

 国弘の言葉は当たっている。

 私の復讐にその後はない。

 だが、それが何だというのだ。


 今更、私に未来を考える資格はない。人を騙し、血に穢れた悪人である私が、今更未来に希望を持つことなど――そんな思考を遮るように、国弘は口を開いた。


「良いか。復讐という行為自体に意味はない。あのようなこと、はっきり言って時間の無駄だ」


「……」


 何を言うのかと思えば、拍子抜けである。

 国弘らしくない、ありきたりな言葉。

 身を裂くような怒りと恨みを知らぬ、偽善者だけが吐ける言葉だ。


「下らぬ。説教のつもりか」


「いや? これはそんな大したものじゃない。ただ、実体験を踏まえた忠告だ」


「何だと?」


「俺は、父親の仇をこの手で殺めている」


「なっ……!」


 初めて聞いた。だが、何故だ。それなら何故、コイツはあんな戯言が吐ける。


「怒りも恨みも知った上で言うのだ。復讐は、過去と折り合いをつけ、未来へ進むための手段に過ぎない。目的なき復讐などして何になる。死人が生き返る訳でもなかろうに」


 私は咄嗟に言い返そうとしたが、言葉がない。理性では分かっているのだ。


 国弘の言っていることは正しい。

 私が父や兄を討ったところで、母は返ってこない。そんなことは分かっている。分かっているが、その上で私はやらねばならない。そう心に刻んで、私は生き延びてきたのだ。


 国弘からすれば、そんな私はさぞ滑稽に見えるのだろう。過去に囚われ、這いずり回り、無益な営為に身を滅ぼそうとしている。確かに、とんだ愚か者だ。

 だが――


「それで、私に復讐を止めろと言うのか」


「あ?」


「お前がどう言おうと、今更曲げることは出来ない。それは私の人生の否定だ。母や兵部たちへの裏切りだ!!」


 抑えようとした言葉が、喉からすり抜けるように飛び出していく。

 柄にもない。何を熱くなっている。

 だが、止まらない。言葉は、私の理性を越えて溢れだす。


「確かに、私の復讐に先はない。お前の言う時間の無駄かも知れぬ。だが、それで良い。良いのだ! 何も守れず、この手を汚しながらも、私は意地汚く生きてきた。それは偏に、皆の仇を討つためだ!! 人を人とも思わず、国すら弄ぶ邪知暴虐の王を滅ぼす為だ!! 復讐のための復讐、それの何が悪い。そのために命を懸けて、一体何が可笑しいというのだ!! 私には責務がある!! 生き残った者が為すべき責務がッ!!」


 とめどなく流れていく。押し留めていた感情が、堰を切ったように溢れていく。気付けば、私は国弘の首に手を掛けていた。


「っ……!」


 だが、国弘は私の手をのけることもなく、いつものような余裕の笑みで告げる。


「責務か。結局は、それが全てだろう? 要するに、自縄自縛だ。己で己に枷を掛けているに過ぎぬ」


「それは……」


「再度問おう」


 ギロリと、真っ黒な瞳が私を捉える。思わず手を離して後ずさる私から目を逸らさず、国弘は口を開いた。


「貴様の責務とやらは、貴様の望んだ平穏を諦めるに足るものなのか? 手を伸ばせば届く希望を捨ててまで、為さねばならぬものなのか?」


「っ!?」


「その答えも出さずに復讐とは笑わせる。端的に言ってやろう。貴様のはただの破滅願望だ。それも思考停止のな。終わることが目的の奴に、教えることなど何もない」


 冷淡に言い放つ国弘。私は何も言い返すことができない。否定の言葉は一つとして浮かんでこなかった。恐らく、コイツの言っていることは当たっている。


「……」


 国弘は、長い長い息を吐き、天を仰いで腕を組む。沈黙の中、吹き始めた夜風と、波の音が妙に響いた。


「時間はいくらでもやる。だから考えろ。向き合え。その上でまだ復讐を望むのなら、俺が『蒼天』の使い方を教えてやる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る