第18話:高階の導き

「ちょっと無理ですね」


 師忠は端的に答える。

 全く予想通りの返答。

 私は静かに目を伏せた。


「だろうな」


「え、なんの話です?」


 きょとんとしている小娘に微笑みかけ、師忠は再び話し始める。


「まあ流石に貴方がたの境遇には同情しますが……表立っての協力は出来ませんね。私にも目的がありますので、今の立場を手放す訳にはいきませんし」


「そうか」


「すみませんねぇ。ただ、高階は中立ですから、邪魔などは一切致しませんよ。貴方がたで勝手に南都を滅ぼしてくださるのなら、それはそれで結構。むしろそちらの方が、私にとっても都合が良い」


 首を傾けて、穏やかな表情で告げる。


「まぁ、それでも色々事情がありますので」


 分かっていたことだ。どうせ駄目で元々、特に気落ちすることはない。

 ただ、高階が敵ではないということが分かっただけで十分だ。


「では趣向を変えよう」


「ふむ?」


「顔を隠した、奇怪な姿の男を知っているか?」


「ほう」


 師忠の表情は変わらない。

 だが、雰囲気が僅かに変わる。


「知っているんだな」


「まぁ、心当たりくらいは。ですが、彼に何用で?」


「奴は私を救った男だ」


「成る程、ではその恩返しに」


戯言ざれごとを」


 怪訝けげんそうに小首を傾げる師忠。

 わざとらしい。コイツは全て分かってやっている。余程人をからかうのが好きらしい。


「チッ」


「まあそうお怒りにならずに。で、何故なんです?」


「……私は、奴の目的が知りたい。何故、あの時私を助けたのか。何故、私に力の片鱗へんりんを授けたのか。何故、今まで私の前に現れぬのか……それが、気になるのだ」


 そして、奴が敵か味方か見極める。

 敵なら早いうちに滅ぼし、後顧こうこの憂いを断つ。味方なら引き入れ、上皇討伐の尖兵とするのだ。


「ふむふむ」


 師忠は幾度か頷いて、ニコリと微笑んだ。


「それは、本人しか分かりませんね。何せ私、この世に生を受けてより十九年、まだ彼に会ったことありませんし」


「なら、何故お前はソイツを知っている」


「何故って、知っているから知っているのですよ」


「チッ」


 のらりくらりと、芯を外した答えを返す師忠。こういうのは、何か隠し事をする者がやる態度だ。


 しかし、コイツは何を隠している?

 それとも、これすらただの戯れか?


 一度疑えば、全てが信じられなくなってくる。疑心暗鬼になりつつ、私は再び問うた。


「……まあ良い。ソイツは何者なのだ」


「さあ? 私には何とも。ですが、恐らく……」


 師忠は天を仰いで目を伏せる。まるで何かを思い出すように。

 そして、彼は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。


まつろわぬ神……いや、亡霊とでもいった方が正しいでしょうか」


「人ではないのか」


「どうでしょうね。人と神との境界は曖昧ですから」


 くすくすと、師忠は笑う。何が面白いのかよく分からない。だが、彼にとってはこの状況が滑稽こっけいでたまらないといった様子だ。まったく、コイツの考えていることはよく分からない。


 ただ、困ったな。

 これではあの男について碌な情報が得られそうにない。


「……」


 まあ仕方ないか。

 元よりあまり期待はしていない。

 高階はあの男を知っている――それが分かっただけでも良しとしよう。


「……次だ」


「どうぞ?」


「権限について聞きたい。あれの発動条件はなんだ」


 ほう、と、感心したような顔をする師忠。彼は目を伏せ、穏やかな表情で告げる。


「魂の励起です」


「……何?」


 聞きなれぬ言葉だ。


「権限は、神子が内なる神霊の力を直接行使するもの。それ故、ある程度神霊の力が高まっていなくてはいけません。要は、神様のご機嫌とりのようなものが必要なのです」


「どうやればいい」


「それは……分かりませんね。私は神子ではありませんので」


 苦笑しながら師忠は言う。結局これでは、何も分からず仕舞いではないか。


「……」


 当てが外れた。高階といえども、所詮はただの術師だったらしい。

 急に徒労感が心を埋め尽くしていく。


 そんな時のこと。


「ですが、手掛かりならあります」


「!!」


出雲いづもに行ってみては如何いかがでしょうか」


「……は?」


 あまりに唐突な提案。

 意図が今一つ分からない。


「出雲だと?」


「ええ。西の神都。国つ神のつどう地です」


「それは知っている。私が聞いているのは、何故出雲なのかということだ!」


「はて……これは意外です。貴方は知らないのですね」


「何……!?」


 勿体ぶったように師忠は小首を傾げる。

 私は飛び掛かりそうになるのを必死に抑えて、胸に手を当て呼吸を整える。


「ふふ。そんなに慌てずとも。でもまあ、無理もない。むしろ貴方の境遇を考えれば、権限や術式についてこれだけ知っている方が異常なくらいです」


御託ごたくはいい。結論を話せ!」


「神の声を聞くのですよ」


「は?」


 突然何を言い出すのだ。

 だが、師忠は私に構わず続ける。


「権限も契神術も、本質的には何も変わらない。神との契約がその基盤にある。ならば、その神の声を聞けば良い。権限のことも、術式のことも、全て力の根源に聞いてしまえば良いのです。素戔嗚スサノオしろが鎮座する出雲に行けば、きっと手掛かりが掴めましょう」


 師忠は長々と話すと、ニコリと笑った。


 だが、神の声を聞くだと? 

 一体どうやって……いや、そもそも、神など本当にいるのか?


「あ、伊奈さんも同じです」


「えっ、わたしもですかっ!」


 ふいに師忠は、小娘に向かって言葉を向けた。彼は教え諭すように、


稲田姫イナダヒメの気脈も出雲の地に流れている。貴方の力も、恐らくそれで制御できるようになるはずです」


「……はい」


 一瞬、小娘は曇った表情を浮かべた。

 その理由は分からない。

 

 それより、何故稲田姫なのだ。

 小娘が『灼天』なら、対応する神は火之迦具土ヒノカグヅチではないのか?

 しかし、師忠がそう言ったなら、何かきっと意味はあるのだろう。


「……」


 やはり分からぬ。

 その意味を問いただそうとした時、師忠は機先を制するように一枚の紙を手渡した。


「これを」


「……っ」


 一体いつの間に書いたのだ。

 いや、それはどうでも良い。

 問題は内容だ。


「私の手で書いた書状です。これを見せれば、国造くにのみやつこ殿も貴方がたを無下にはしないはずですよ」


「国造……」


 大国主オオクニヌシを祀る一族、出雲家。

 彼らが代々継承する、出雲の長としての地位――それが、国造だ。

 つまり、私に大社へ行けと言うのか。それも、正当な手段で堂々と。


 師忠は続けて言う。


「顔を隠した男。そして、貴方と伊奈さんの真の力……出雲に行けば、きっと貴方の求める答えがあるでしょう」


「!!」


 ふわりと、妙な感覚。

 これは転移術式の予兆だ。


「短い時間しか取れず申し訳ありません。それでは、ご武運を」


 ▼△▼


 気付けば、私たちは見知らぬ場所に立っていた。南に御所が見える。恐らくここは都の北口だ。それも、皇都の結界の外側である。


「……」


「六尊さま?」


「いや」


 出雲か。随分遠いな。だが、そこに知りたいことがあるなら赴くまで。

 復讐のための下準備――一挙に片付けてしまおう。


「行くぞ、出雲に」


 ▼△▼


 六尊たちが去った高階邸。

 独り書をめくる師忠は、物思いするような遠い目で、ふと手を止めた。


「……」


 彼には従者が二人いる。


 といっても、一人は九歳の少女。もう一人は六歳の少年だ。従者としては半人前も半人前である。


「彼らを、あの子たちに会わせるわけにはいきませんからねぇ」


 今日、彼女らは『表』の高階邸の雑務に駆り出されていた。六尊、いや、伊奈と会わせぬよう、師忠がそう取り計らったのである。


「さて、行き先は地獄か、それとも……」


 頬杖をつきながら、懐かしむような声色で目を閉じる師忠。

 彼は、二人の少年を脳裡のうりに思い浮かべながら、遠い昔に思いを馳せる。


 そして、ニコリと笑みを浮かべて呟いた。


「今度は、守り切れると良いですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る