幕間其ノ一

「見失っただと!?」


 南都、朝堂院。

 皇太子は、弁官べんかんからの報告に声を荒げる。


「は。先日より神気が探知できず……」


「ふざけたことを抜かすな!! 『灼天』ほど特殊な気脈をどうして見失う!」


 扇を記帳台に叩きつけ、不快感を露わにする皇太子。萎縮する弁官に向かって、彼は続けざまに言う。


「直ちに原因を探れ! 一刻も早く奴らを見つけ、捕らえよ! さもなくば」


 その時、ふいに現れた人影。皇太子の言葉が途中で止まる。彼の視線にいるのは――


「兄上……!」


 乱入した第三皇子はひらひらと手を振ると、弁官の肩に手を置いた。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「さ、三宮殿下……」


「下らん儀礼はどうでも良い。質問に答えろ下郎」


 笑みを浮かべたまま、第三皇子は声を低くする。ビクリと震える弁官を片目でチラリと見て、彼は問いかけた。


「アイツらを見失ったのは、北の都の近くではないか?」


「え……は、はい! 確かに、北都の入り口で神気の反応が消えました!」


「やはりな」


 ふむふむ、と幾度か頷く第三皇子。

 皇太子は、身を乗り出して彼に詰め寄る。


「どういうことだ!」


「分からんか? こういうふざけたことをやりそうな奴が一人いるだろ?」


「まさか……師忠か!」


「恐らくな。きっとアイツが何か細工をしたのだろうよ」


 第三皇子は顎に手を当てて、


「ただ、師忠は馬鹿じゃない。証拠は一つも残しちゃいないだろうさ」


「……チッ」


 皇太子は、恨めしそうに顔をしかめる。


「やはり、あの時消しておくべきだったか」


「いやあ、無理だろ。悔しいが、師忠は皇国で唯一僕と張り合える天才。そう簡単に消せる男じゃない。そして、アイツは北都を上手く利用し立ち回った。確実に消せる機会なんて恐らく無かったぞ」


「……」


 悔しげに奥歯を噛み締め、押し黙る皇太子。何度となく煮え湯を飲まされた彼は、師忠が憎くてたまらないらしい。


 第三皇子はそんな皇太子に、励ましとも軽蔑とも取れる笑みを向けて、


「だが、師忠が丙号の支援者になったとも考えられない。その危険性をアイツは理解してるはずだからな。恐らく今回のはアイツの気まぐれ。それ以上でもそれ以下でもない」


尽々癪つくづくしゃくさわる奴め……」


「同感だ」


 腕を組む第三皇子。

 しかし、彼の顔はどこか楽しげである。

 それもそうだろう。彼は、混乱と混沌を好む生粋の学者肌。この状況が楽しくて仕方ないのだ。


「まあ、師忠が絡んでいようといなかろうとやることは変わらん」


「ああ、間違いない」


 皇太子は目を伏せる。

 そして、開いた扇を弁官に向けて告げた。


「西国に配置した八部衆に再度通達せよ。速やかに丙号を捕らえ、協力者の首とともに都へ持ち帰れ、とな!」


▼△▼


 夕刻。

 第三皇子の屋敷。


 第三皇子は怪しげな道具をあれこれ弄りながら、心底愉しそうな表情を浮かべていた。


「くく、清棟きよむねの奴焦ってたなあ。滑稽滑稽」


「他人ごとではありませんよ、三宮様」


「だから入る時は声くらい掛けろ」


 第三皇子は呆れたように息を吐く。

 その視線の先にいるのは、一人の少年――明王丸だ。


「すみませんね」


「まったく……だが、お前の言うことにも一理ある。あまりにのんびりしていると父上の逆鱗げきりんに触れよう。戯れも程々にしておかないとな」


 机に頬杖をつきながら、第三皇子は地球儀のような道具を指でくるくる回す。

 そして、彼はふいに顔を上げた。


「なあ、お前は行かないのか?」


 突然の提案。

 明王丸はきょとんとした表情を浮かべて、


「私の出る幕はありませんよ」


「そうか?」


「西国には他の八部衆が派遣されていますし、私が都を離れる道理がありません」


 ニコリと、明王丸は答える。

 第三皇子は、目を伏せて息を溢した。


「ふっ。らしくもない」


「?」


 小首を傾げる明王丸。彼に、第三皇子は試すような口調で問いかける。


「生粋の戦狂いくさぐるいであるお前が、『蒼天』『灼天』の二柱を相手に出来る機会をふいにするか?」


「戦狂いとは心外ですねえ。私はただ、純粋に戦いを楽しんでいるだけなのに」


「それを俗に戦狂いというのだ」


 呆れの混じったため息をついて、第三皇子は明王丸の顔を見た。

 相変わらずの、作り物のような張り付いた笑み。しかし、第三皇子は彼のうちに宿る感情を知っている。


「素直になれよ。戦いたくてうずうずしているのだろう?」


「そんなことは」


「八部衆の捌を破った、『蒼天』の力を使う不明の術師。そして、北都を焼いた災厄の神子。相手に不足はあるはずもない。お前の心が躍らぬ道理がどこにある?」


 そして、駄目押しするように第三皇子は告げた。


「なあ、八部衆筆頭『五部浄ごぶじょう』、源明王丸みなもとのみょうおうまるよ」


 心底楽しそうに人差し指を突きつけられ、明王丸は困ったような顔をする。


「まったく」


 そして、一つため息をつくと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「そこまで仰るなら、まあ、様子ぐらいは見に行ってみましょうか」

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