第45話:神子を狩るもの

 微かな疲労感の回復を感じながら、はるか先の標的を見やる。夕日に照らされる宮城きゅうじょうは、記憶と違わず悠然と立っていた。


「やはりこの程度ではおとせぬか」


 ここから宮城まで、目測で一里は離れている。この距離では結界は破れまい。


 とはいえ、そのくらい百も承知。

 今のはただの宣戦布告である。


 恐らく、奴らはすぐに兵を差し向けてくるだろう。きっと、全力を以て。


 それが私の狙いだ。


「大人しく釣られてくれれば良いが」


 私は一旦刀を納め、悲鳴と怒号の飛び交う大路を御所に向かって歩き出した。


「……」


 何時ぞやぶりの故郷。

 周り全てが見知った景色。

 だが、特に感慨を抱くことは無かった。


 元より良い思い出などほとんどない。滅んだところで、別に心も傷まぬ。民も何もかも巻き込んで、根こそぎ吹き飛ばしてしまった方が良いとまで考えた。


 だが。


「命は大事、そう言ったのはお前だったな」


 私は、虐殺をしに来たのではない。南都の皇子と上皇を討ち、伊奈を取り返す――そのために来たのだ。無闇な殺生に意味はない。


 だから、なるべく平和的にいこう。

 私が殺すのは三人だけで良い。


 母や皆を手に掛け、伊奈を利用した皇太子。伊奈を弄び、とがけがれを負わせた第三皇子。そして、全ての元凶たる上皇。


 この三人さえ消すことが出来れば、私の復讐は完遂したに等しい。他の有象無象どもに構う必要など無かろう。


「……ふむ?」


 大路を割って、六衛府の武官どもが押し寄せてくるのが見えた。その数ざっと五百ほど。南都全体の五分の一といったところか。


 恐らく残りは、御所の警護と国境の警護に割り当てられているのだろう。このまま待っていても来ることはあるまい。おびき出せる分はもう釣れたか。


「悪いが、お前たちにはここで無駄足を踏んでもらうぞ」


 私は袂から霊符を一枚取り出し、宙に投げた。国弘から貰ったあの札である。


 淡い光が私を包み、揺れる空間が離れた地をこの場所と繋ぐ。目を見開く武官どもを尻目に、私は転移術式を発動した。


 行先は言うまでもない。

 狙うは奴らの首。


「行くぞ」


▼△▼

▼△▼


 転移明けの直後、私は宮城の上空に現れる。風を全身に感じつつ、刀に手を掛け構えを取った。


 眼下に見えるのは、濃密な神気の束。曼荼羅まんだらのように複雑な模様を描き、気脈が宮城を覆っている。これは上皇の結界――南都を守る最高格の術式だ。


「さて」


 結界術を破る方法は二つある。


 一つは、術式に干渉し、効果を喪失させるやり方だ。ただ、これは高度な術式の技能と知識が必要である。学者向きで難度の高い方法だ。今の私に、この結界を破るだけの知識はない。


 だが、もう一つの方法なら私にも出来る。

 それは、極めて単純にして明快。結界が受け切れる以上の破壊力をぶつけ、無理やり叩き割るだけだ。私は、呼吸を整え詠唱する。


「契神「素戔嗚命スサノオノミコト」神器『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』!!」


 皇国最高の英雄神。全てを薙ぎ払う荒御魂あらみたまの霊威。その全力を込めて、私は太刀を振り下ろした。


 空間が軋む。耳が引き裂かれそうな嫌な音とともに、天球にひびが入り、玻璃はりが砕けるように結界が崩落する。


 南都の新鋭技術の集大成たるその術式は、神代の純然たる暴力の前に破れ去った。


 その直後だった。


「――ッ!?」


 首筋に感じた熱。

 続いて、鋭い痛みが襲いくる。


 斬られた……!?

 だが、ここは宮城よりはるか上空。

 一体どこから、どうやって――


「こちらですよ」


「っ!!」


 再び迫る斬撃。

 それは、真横から飛んできた。


 迫る地面。落ちゆく最中に踏む大地などない。重心を移動させ、身体を捻って受け太刀する。甲高い金属音とともに火花が散った。


「流石です」


 そう、少年は穏やかな笑みで告げる。

 コイツは、伊奈の首を刎ねた八部衆!


「貴様っ!!」


「三日ぶりですね、謀叛人さん。早速ですが、ここで死んでください」


 神気の収束。空間の共鳴。術式が構築され、人の域を超えた異能が発現する。


「契神「武甕槌命タケミカヅチノミコト」神器『布都御魂ふつのみたま』」


▼△▼


 結界が割られ、騒然とする朝堂院。眩い光が降り注ぐ中、皇太子は天を仰いだ。


「明王丸の奴、わざと手を抜いたな」


 不機嫌そうに目を細める皇太子。

 そんな彼に、一人の男が恐る恐る尋ねる。


「あれで、手を抜いているのですか?」


「分からぬか。彼奴は謀叛人の術式を逆探知し、転移後の座標へ先回りしたのだ。なら、結界の破壊は防げたはず……いや、それどころか不意打ちで謀叛人を殺し切れたはずだ。なのにそれをしなかった。これを手を抜いていると言わずして何と言う」


「はあ……」


 男は、理解したようなしていないような顔をする。当然だろう。そんな芸当、並の術師には不可能だ。男が皇太子の言葉をただの高望みだと思うのも無理はない。


 だが――


「彼奴には、それが出来たはずだ」


「え……?」


「彼奴は四年前に先代悠天を弑殺しいさつし、三年前には先代蒼天を介錯した。皇国史上、唯一神子を二柱滅した男ぞ」


「なっ!!」


 目を見開く群臣たち。


「せ、先代悠天を倒したのは二宮殿下ではないのですか!?」


 一人の壮年が声を上げた。


 四年前、北都と近江おうみを結ぶ要衝、逢坂関おうさかのせきにて起こった会戦――この戦闘で、北都は七神子の一角、悠天を喪った。南都が内乱の勝利に最も近付いた瞬間である。


 この戦果は、当時の南都軍征北都督せいほくととく、第二皇子元良もとよし親王のものとして群臣に公表された。ゆえに、壮年たちは困惑する。


 皇太子は目を伏せ、


「貴様の言う通り、あの戦いで将を務め、我らに勝利をもたらしたのは兄上だ。仔細がどうであれ、そこは変わらない。だが……悠天を倒したのは明王丸だ。弱冠十二の若造が、悠天を倒したのもまた事実なるぞ」


「……っ」


 絶句する群臣たち。彼らは信じられないのだ。皇国の最高戦力である神子。木の気脈を司り、八咫烏ヤタガラスの霊威を表象する現人神を、ただの少年が倒したという過去を。


「八部衆の中でも、彼奴は飛び抜けている。齢十六で壱にいるのは飾りではない。明王丸は、神子でも神武の係累でもないただの術師だ。その範疇はんちゅうにおいて、奴は紛れもなく最強と言えよう」


 そして、皇太子はニヤリとほくそ笑む。


「流石は、先代蒼天の落胤ぞ」


 直後、再び轟音と閃光が宮城を揺らした。


 『最強の一般術師』対『最強の神子』。

 復讐の前座に相応しい一戦は、加速度的に激化する。

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