第44話:時は来たれり
南都、朝堂院。
皇太子は、相変わらず不機嫌そうに頬杖をついている。並ぶ群臣たちの顔にも、連日の騒動で疲れが滲んでいた。
そんな時、ふいに一人が舞い降りる。
「只今戻りました」
「……貴様にしては遅かったな。明王丸」
「恥ずかしながら、出雲の結界の解析に手間取りましてね」
そう言って、明王丸は軽薄な笑みを浮かべる。いつもながらのその態度が、皇太子にとっては気に食わなくて堪らないらしい。
彼は一つ舌打ちして、
「……まあ良い。灼天は回収出来たか?」
「ええ、ここに」
明王丸は首桶を差し出す。
それを見て、群臣たちは慌てふためいた。
「きっ、貴様! この清浄なる御所に
「一応神子ですし、祓えも済ませてますからその辺は」
「黙れ! 狂人の妾腹の分際で我らに口答えを――」
直後、白い閃光が走る。はらりと、騒いでいた男の冠が落ちた。何が起こったかは明白。明王丸が彼の冠を斬ったのだ。
「この程度でぺちゃくちゃぺちゃくちゃと……みっともないですよ?」
「ひっ!!」
明王丸の冷たい笑みに、男は腰を抜かす。騒いでいた他の群臣たちも、彼の放つ静かな威圧感に、おのずと口を閉じた。
「さて」
明王丸は顔色一つ変えず、皇太子に視線を戻す。
「この通り、灼天は回収致しました。こんななりにはなっていますが、死んではいませんのでご安心を」
「そうか。ご苦労。その首は兄上の所に回しておけ」
「仰せの通りに」
「ところで、だ」
「はい?」
不思議そうに首を傾げる明王丸。皇太子は表情を険しくし、光の消えた瞳で明王丸を睨みつけた。
「謀叛人の方はどうなっている」
「ああ、討ちそびれました」
刹那、ガシャン!! という音とともに、明王丸の真後ろの調度品が砕け散る。恐れ慄く群臣たち。明王丸は微笑を崩さずに、
「殿下。何をそんなにお怒りで」
「とぼけるなッ! 私は言ったはずだぞ。灼天を回収し、蒼天の首を取れと!」
「ええ、確かに」
「なら、何故帰ってきた。貴様ともあろう者が恐れをなしたか!?」
「ご冗談を」
何が面白いのか、明王丸はくすくすと笑う。不気味にも思えるほど飄々としたその態度は、皇太子の理性を掻き乱した。
彼は怒りを何とか抑えながら、
「……昨日、
こんな芸当は蒼天の他にあるまい。貴様の怠慢が招いたこの状況、どう責任を取るつもりだッ!!」
「どう、と言われましてもねえ」
「――ッ!!」
気脈の緊張、神気の収束。皇太子の怒りに共鳴して、空間が揺れ動く。
だが、明王丸はニコリと笑った。
「一つ、殿下は早とちりをしていらっしゃるようで」
「……何?」
「この度のご命令には、期限がなかった。それに、場所の指定もない。だから、私なりに趣向を凝らしてみたんです」
「趣向……だと?」
「ええ」
バッ、と、明王丸は手を広げる。彼は、爽やかな笑みをしたまま告げた。
「この南都で迎え討つんです。『
「!!」
「そして証明する。もはや、神子など先の時代の代物だと。南都の編み出す術式こそ、次の時代を創るのだと。この戦いで
歓喜に満ちた顔で、明王丸は言い放つ。
啞然とする群臣。目を見開く皇太子。誰も言葉を発する事ができない。群臣たちも、そして皇太子ですら、彼の生み出す空気に支配されている。まさに独擅場。
明王丸は、そんな彼らに追い打ちをかけるように言った。
「それこそ、上皇陛下の御心。あのお方が我らに示した未来。陛下の
興奮が、広間を包んでいた。
一同に会する高官たちが、明王丸の言葉に共鳴し、心を震わせていた。
それは、皇太子も例外ではない。
「……良かろう。貴様の奏上、しかと聞き入れた」
皇太子は席を立つ。豪奢な束帯がはためき、西日を反射して輝いた。彼は息を大きく吸うと、群臣たちを見下ろして声を上げる。
「これより『蒼天』討伐の命を下す! 大路から人を払い、六衛府の武官どもを召集して宮城を固めよ! また、北都の動きに備えて
「殿下はどうなさいますか?」
「私はここから指示を……いや」
そこで皇太子は口を閉じ、顎に手を当てニヤリと笑みを浮かべる。
「もし奴がここまで辿り着いたなら、私がこの手で蒼天を討とう。父上にも申し上げておけ。この件は、全て私が取り計らうと」
「御意に」
慇懃無礼に、明王丸は一礼する。
その直後だった。
「――ッ!!」
空間が歪むような錯覚。気脈が
規格外の術式、その発動。
何が起きたか分からないまま、誰もが事態を理解させられる。迫りくる明白な死の気配。術式の詳細は分からずとも、それだけは本能が理解してしまう――そんな、純然たる破壊がこれから来る。
「どうやら始まったようですね」
夜の帳が降りようとしていた南都は、眩い閃光に照らされた。続いて、朝堂院そのものが大きく鳴動する。素戔嗚の神威を、御所の結界が阻んだのだ。
だが、たった一発でこの衝撃。
「あれが、今代の……」
「恐ろしい……!」
「本当に勝てるのか?」
群臣たちに動揺が広がる。
そんな中、皇太子と明王丸だけは余裕の笑みを浮かべていた。
「もう来たか。お陰で手間が省けた。だが、本当に一人で南都を相手取るつもりとはな」
「ふふ、そのようで。謀叛人は、余程我らに恨みがあるとみえます」
心底愉しそうに、明王丸は口角を吊り上げた。彼は袖を払い、光のない瞳で妖しい笑みを浮かべる。
「では私から手合わせ願うことにしましょうか」
五年の末にぶつかった因縁。全てを奪われた者が、取り返すために振るった刃。それは、これから始まる物語の序章の序章。
機は熟した。
決戦の時はついに来たれり――
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