第6話:商都のひと時(一)

 山を抜けてから商都までは、白髪の男が連れていた馬に引かれて行った。

 とはいえ、元々は積荷を運ぶ馬。徒歩よりはましだが、戦場を駆けるような速さは出ない。白髪の屋敷に着いた頃には、もうすっかり夜が更けてしまっていた。


「……」


 小娘は年相応に子供らしく、完全に寝入ってしまっている。この状況で熟睡できるなどなかなか大した奴だ。


 無論これは皮肉である。


 白髪は食事でも用意しようかと提案してきたが、私はそれを断って水だけ所望した。

 水なら匂いや濁りで毒の有無くらいは判別出来る。だが、見ず知らずの者から貰った食い物など何が入っているか分かったものではない。そもそも、私は数日くらい飲まず食わずでも平気だ。


 結局やることもないので、今宵はそのまま床につくことにした。まともな寝床など何年ぶりだろう。

 だが、敵襲には備えなければならぬ。綺麗な布団は惜しいが、私は小娘を見守れる場所で、いつでも起きられるよう身体を起こして眠りに落ちた。


▼△▼


 小鳥のさえずりと、差し込む日の光で私は目を覚ます。


「……朝か」


 敵襲などはなかったらしい。小娘もすやすやと寝息を立てて眠っている。


「起きろ」


「ふぇ……? あ、おはようございます……」


 さて、ここに長居するつもりはない。

 換えの衣だけ手に入れて、さっさと南の都から遠ざかりたいところだ。


▼△▼


「ではまた後ほど採寸を」


 白髪から告げられたのは、そんな言葉だった。私はうとうとする小娘を支えながら、


「は……? 採寸、ですか」


「ええ。どうせやったら、ぴったりのお召し物を用意したいなぁと思いましてね」


「待って下さい、今から作るのですか?」


「そうですが、何か問題でもあるんですか」


「いや、まあ良いんですが……どの位掛かりますか?」


「一日あれば」


 想定外だ。出来れば今日中に商都を出るつもりだったのに……だが、いまさら衣などいらぬと言ってしまっても余計な疑念を生む。ここは大人しく受け取っておいたほうが身のためか。


「……分かりました。待ちましょう」


「すんませんなぁ……それじゃあ、朝餉あさげが出来とりますんで、どうぞ熱いうちに召し上がってください」


「え」


 待て、私は食事はいらぬと昨日言ったが。

 いや、あれは夕餉ゆうげの分か。そういえば食事は一日三食もあるのだったな。私としたことが忘れていた。


「くっ……」


 だが、出された以上無下むげにするわけにもいかぬ。それで怪しまれるのも面倒だし、何より母上の教えに反してしまう。

 食べ物を無駄にするなとは、昔からよく何度も言われた。


「……」


 仕方ない、これで毒に当たったら運がなかったと諦めよう。


▼△▼


 特に何事もなく朝餉を終えた私たちは、衣が出来るまで商都を散策することにした。


 いや、私たちというのは語弊がある。これは小娘の強い要望だ。私は屋敷にこもっていたかったのだが、小娘は外に出たいと言って言う事を聞かなかった。

 一人で出歩かれても厄介なので、私は仕方なくお守りとしてついて行くだけである。


「六尊さま! 見てください! お魚が売ってますよ!!」


「……」


 それがどうしたというのだ。魚くらい南の都でも売っていただろう。何をそんなにはしゃいでいる。


「あ、こっちはお皿、あっちはお服が!!」


「はぁ……」


 その後も、小娘は色々な店の売り物を見て回っては、大げさに声を上げてあれこれ言っていた。

 存外にお守りというのは疲れるらしい。早くも帰りたくなってきた。


 そんな時のこと。


「わぁ! こっちはきれいなお花が売ってる! 何の花だろう!」


「……っ」


 小娘が見入っている白い花。

 あの花は知っている。


「……牡丹だ」


「へぇー。六尊さまは物知りですね!」


「別に。昔、うちに植えてあっただけだ。母上が好きだったのでな」


「そうなんですか。それよりわたし、おなかが空きました! 何か食べましょうよ!」


 何だコイツ、自由か。

 まあ良い。確かにもう昼過ぎだ。

 こいつにとっては食事の時間だろう。


 それに、白髪からはこの札を貰っている。店の紋が入った札だ。これを見せれば、この町の店ならどこでも代金をツケておいて貰えるらしい。好きに使って良いとのことだ。


▼△▼


 昼餉を終えても、町の散策は続いた。

 小娘はなかなかに体力があるらしい。

 こちらとしてはさっさとへばってくれたほうが助かるのだがな。


「……ん?」


 一つの店が目に入る。古書店だ。

 古書店があるということは、そこらの人間でも読み書きが出来るということである。

 さすがは商人の町、学問も盛んなのか。


 とはいえ、都の公家くげの屋敷に並んでいるようなものとは程遠い。学問の書は、稚児ちごが手習いでするような程度のものばかりであるし、他は娯楽の下らぬ本ばかり……

 

「おや?」


 よく見れば、見知った書がある。


 浄御原きよみはら御後高伯家みのちのこうのはくけ系図。


 術式を編み出した存在、浄御原帝きよみはらてい。その末裔であり、術式の秘儀を引継ぐ一族、高階たかしな家の家系図だ。

 先代の当主が見栄っ張りだったらしく、ああやって系図をあちこちに流していたらしい。まさか商都の古書店でも見掛けるとは思わなかったぞ。


「……」


 商都の次は、北の都にでも行ってみるか。

 そして、高階の当主とでも会ってみよう。


 高階は母方の祖父と関わりがあったと聞く。訳を話せば会うくらいは出来るだろう。

 

 それに、今の当主は南の都を裏切って北の都についた男……上皇と繋がっていることもないはずだ。


 高階を仲間にできれば、この先かなり大きい。たとえ無理でも、何か得るものくらいはあるだろう。


「六尊さま、どうしたのですか」


「……いや、少し考え事だ。行くぞ」


 そうして、再び歩き始めた時のこと。


「!!」


 ガシャン! と。何かが壊れる音がする。

 続いて怒号、そして悲鳴。


「何だ?」


 騒がしいのは向こうの酒屋だ。体格の良いごろつき三人が、店主と思しき老人の胸ぐらを掴んでいる。通りに転がっている脚の折れた卓は、おそらくソイツらが蹴飛ばしたのだろう。さっきの音もそれか。


 ああ、嫌な予感がする。

 小娘が気づく前に、さっさと離れるか――


「六尊さま! あれは!」


「チッ、気付いたか」


「え……じゃなくて、助けないと!」


 やはりこんな事を言い出した。

 こうなるから町には出たくなかったのだ。

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