第7話:商都のひと時(二)

「六尊さま、あの人たちを助けてきます!」


「待て馬鹿」


「ばっ、ばか……?」


 目を丸くする小娘。

 私はさとすように告げた。


「お前が行ったら色々と事がこじれる。というか、そもそも何が出来るのだ」


「でも、放ってはおけません!!」


「む……」


 やはり、コイツは根っからの善人だ。

 善人仕草が身に染み付いている。

 正直頗る面倒くさい。

 

「はぁ……」


 だが、どうせ今回も言ったって引き下がらないのだろう。それなら、面倒ごとはなるべく少なく済ませたいところだ。

 こうなればやむを得まい。


「じゃあ、私が行こう」


「えっ」


 目を見開く小娘を尻目にして、私はごろつきどもに声を掛けた。


「そこの方々」


「何だァ小僧?」


「ご主人を離してやってはくれまいか?」


「あァ? 何でだよ。俺らが酒を求めてんのに、このジジイが寄越さねぇッからこうしてンだ!!」


「銭は払ったのか?」


「なんでこんなヤツに払う必要があんだよッ! 」


 成る程。

 これが近頃聞く新手の食い逃げか。


 屈強な男数人で徒党を組み、好き勝手飲み食いした後、適当な因縁を付けて代金を払わず、周りを威圧して立ち去る……いや、食い逃げというより強盗だな。

 こんなものが流行るとは世も末である。

 

「物の買い方も知らぬのか。呆れた奴らめ」


「何だとこのクソガキがッ!!」


 飛んでくる拳。

 まったく、困ったものだ。

 馬鹿は後先考えないですぐ暴力に走る。


 今ここで自分たちがどう見られているか、また、小童一人を大人三人で袋叩きにしてどう思われるか……そんなことに一切想像が及んでいない。自分たちさえ良ければ、それ以外はどうでも良いという連中だ。


「はぁ……」


 そんな馬鹿には、理屈など基本通じない。

 いくら正論を叩きつけようと、逆恨みして余計な手間を増やす。多分この店にも、後々良からぬことを仕出かすに違いない。


 ああ、面倒だ。


 いっそ、全員ここで始末してしまおう。

 どうせここの町人も私を咎めまい。

 きっと良い見せしめに――


「……いや」


 その時、目に映った小娘の顔。

 不安そうな表情に、私は一瞬手を止める。


「ああ、そうだ」


 根の国では、近衛武者を殺めたせいで小娘の機嫌を損ねたのだった。

 なら、ここではあえて。


「命は大事……だったか?」


「がはッ!?」


 ごろつき一人の腕を掴み、背負投げで地面に叩きつける。この程度で人は死なない。むち打ちくらいにはなるやも知れぬがな。


「「やりやがったな!!」」


 もう二人も殴りかかって来るが、動きがどう見ても素人だ。大した敵ではない。


「ふん」


「「ぐへッ!?」」


 どちらも適当にいなして地面に転がした。

 二人とも情けない顔でのびている。


「口ほどにもないな」


「くそッ……!」


「うむ?」


 いつの間にか、さっき投げた男が目覚めている。存外に頑丈らしい。

 まあ、もはや戦える風体ではないが。


 ソイツはよろめきながら二人の肩を持ち、私を睨みつけた。


「い、いつか必ずこの礼は返すッ!! そして、この店の奴らもぶちのめしてやる!!」


「ほう?」


 成る程。小物らしい言い回しだ。

 ここまで型にはまった小物も今日び中々見ないぞ?

 まあ良い。一つ脅しておくか。


「……まさか知らぬのか? いや、そうなのだろうな。見るところ旅の者……畿内の常識など分からぬか」


「は?」


「無知なお前らに教えてやる。ここらの店は、おしなべて北の都や南の都を太客としているのだぞ?」


「なぁッ!?」


「つまり、先の行いは公儀に喧嘩を売るも同じ。一度とならず二度と襲ったならば、奴らはもう見逃すまい。何処へ逃げようとも、いつか必ず捕えられ首を刎ねられよう」


「くっ!」


 悔しげに顔を歪ませるごろつきども。

 やはり小物だ。あしらいやすくて助かる。


 私は、念押しするように告げた。


「それでもやるなら、私は強いては止めぬ」


「ぐぬぬ……お、覚えてろよッ!!」


 ありきたりな捨て台詞を吐いて、ごろつきどもはふらふらと去っていった。

 まったく。そんなにあっさり逃げるなら、元からやらねば良いものを……ん?


「おおっ!!」


「すごいなアンタ!」


 町の者が集まってきて、私の肩を叩いた。

 そして、次々と称賛の声が飛んでくる。


「私はそんな大したことを……」


「ようアイツらを追い返したな!!」


「やるやないか!!」


「助かりましたわ!」


「……っ!」


 ああ、こうなるから関わりたくなかったのだ! 小娘さえいなければこんな面倒くさい場所――


「なあ兄ちゃん、良かったら家で茶でも」


「行くぞ小娘!!」


「えっ!? ろ、六尊さま!?」


「お、おいどこ行くんよ!」


 慣れない空気にむず痒さを感じ、私は小娘の手を引いて足早に通りを後にした。


▼△▼


 商都の郊外。

 そろそろ日も暮れる。


 ごろつきどもを成敗した私たちは、白髪の屋敷に向かって海沿いの道を歩いていた。

 僅かに湿った潮風が、小娘の桜色の髪をさらさらと弄んでいる。


 小娘は頗る満足そうにみえるが、私はこの上なく疲れた。こんな旅がしばらく続くとは、なんとも恐ろしい話である。


 さて、白髪の屋敷までの道のりは、大通りほど賑やかではない。

 だが、別に柄が悪いわけでもなく、都の公家町のような空気が漂っていた。


「あの……」


「どうした」


「六尊さまって、根はやさしいんですね」


「は?」


 突然、小娘は微笑みながら告げる。

 急にどうしたというのだ。


「……何が言いたい?」


「そのままですよ。昨日はわたしを助けてくれましたし、今日だって、わたしといっしょに町をまわってくれました!」


 再び笑う小娘。

 嘲笑ではない。もっと別の、心がぞわっとするような、悪意無しの穏やかな笑みだ。

 居心地が悪い。


「……っ」


 いや、落ち着け。

 別にこれで良いのだ。


 今回の行動は、小娘の心証を良くするためだけの打算……優しいと思われたなら私の目論見もくろみは大成功。

 

 大成功なのだが……何だ、この感情は。

 妙にしゃくに障る。


「……待てよ?」


 まさか、コイツは私の目論見を見抜いているのか。その上で、私に嫌味を言っているのではないか。


「どうしたんですか?」


「……」


「?」


 小娘は小首を傾げる。

 なんだそれは。


「ふふ、おもしろい人」


 そう言って、また微笑む小娘。


 ああ、決まりだ。コイツは見抜いている。

 そうでなければ、私を苛立たせる言葉を、そう何度も繰り返し吐けるはずがない。


「おい、小むす……」


 その時、ふいに小娘が段差につまづいた。


「きゃっ!」


「っ!」


 よろめく彼女を咄嗟に支え、私は一つ息を吐く。


「……まったく、世話の焼ける奴だ」


「ほら、やっぱりやさしい」


「あ?」


 煽っているのか? 

 馬鹿にしているのか? 

 それとも本心からそう評しているのか?


 もしそうなら飛び切りの愚か者だ。

 私は決して善人ではない。優しさなんてとうに捨てた……捨てたのだ。


「……チッ。前を見て歩け愚図ぐず


「えっ! わっ、わたしなにかお気にさわるようなことを!?」


うるさい黙れ!」


▼△▼


 ある大通り。

 青年は人混みに揉まれている。


 立烏帽子たてえぼしに、緋色の狩衣かりぎぬ。恐らくは都の貴族であろう。だが、ここは貴賤を問わず、ありとあらゆる物が集うあきないの都。特別目立つ装いでもない。


 彼は苛立たしげに奥歯を噛み、一つ舌打ちした。


「どこにいる、丙号」

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