第32話:出雲への道

 私たちは、因幡を後にして出雲を目指す。

 出雲はここから歩いて五日ほどだ。

 まだ先は長い。


 なお、傷みに傷んだ衣の換えは、因幡で適当な店から適当にさらってきた。

 血だらけ泥だらけでは、町に出ても悪目立ちするだけである。必要な行動だ。


 無論伊奈には文句を言われたが、私たちは町を八部衆から解放してやったわけだ。このくらいは許してくれてしかるべきだろう。


 という訳で、不服そうな小娘と二人、海沿いの道を行く旅は続く。


 しばらく歩いていると、徐々に伊奈の歩みが遅くなってきた。


「疲れたか?」


「は、はい……」


 息を切らして少女は答える。

 まあそうだろう。


 何せ、ここまで歩きっぱなし。

 しかも、何度か戦闘を挟んでいる。

 私とて疲労が溜まり始めた頃だ。伊奈のような小娘なら尚のことだろう。


「なら次の村で休むぞ、伊奈」


「え」


 何気なく声を掛けたのだが、思いのほか彼女の反応が鈍い。きょとんとした様子で固まっている。


「どうした」


「いっ、いえなんでも……!」


「?」


 どこか慌てたようにそっぽを向いて、伊奈は小刻みに震えている。別に怯えているわけでも、寒いわけでも無さそうだが……


「本当にどうした」


「なっ、なんでもないですっ!」


「耳が赤いが」


「きっ、気のせいです!!」


「?」


 やたらと必死な様子だ。身振り手振りが大きくなっている。

 よく分からないが、具合はあまり悪くなさそうだ。なら、深くは気にしないでおこう。


 そう思って前を向いた刹那、小声で伊奈が何か呟いたが、よく聞こえなかった。

 まあ、大したことではあるまい。


▼△▼


 どういう訳か、伊奈の機嫌が直った。

 あのやり取りで何かが刺さったのか、さっきの村で買い与えた団子が効いたのかは知らぬが、あれから妙に嬉しそうな面持ちである。コイツの考えることはよく分からん。


「えへへ」


「何だ気持ち悪い」


「ひどい!」


「ふん」


 相変わらず騒がしい奴だ。

 とはいえ、機嫌が良いならそれは結構。私としてもそちらのほうが色々とやりやすい。


▼△▼


 下らぬやり取りをしながら道草を食っているうちに、五日が経った。


 あれから南都の襲撃はない。因幡で派手にやった分、慎重になっているのだろう。ヘマをして北都が動けば、厄介なことになるのは目に見えているからな。


 お陰で旅は順調。

 気付けば、前方に出雲の町が見えてきた。


「わぁ……けっこうおっきい町ですね」


「出雲は西国で二番目に大きな町だ。それだけ、大社の威光は強いということだろう」


「へえー」


 伊奈は目を輝かせている。

 まるで子供だ。新しい町に入る時は、いつもこんな感じである。不思議な奴だ。


「……何がそんなに楽しい」


「えっ?」


「町は所詮町でしかない。少し人と物が集まっているだけの場所だ。それのどこに、お前は楽しみを見出している」


 きょとんとする伊奈。まるで、頭の片隅にも無かったことを聞かれたような表情だ。

 彼女はしばらく考えこんで、口を開く。


「……わたし、四つのときからずっと部屋の中だったんです。会う人も、皇子さまと従者の人と、あとは小間使いの人の何人かだけ……だから、全部がはじめてなんです」


「……」


「この国にはこんなに人がいて、いろんなものがあって、いろんな町がある。それだけで、わたしはすごくたのしいんです」


 にこりと、少女は答える。

 無邪気な笑みだ。


 下らない――そう一蹴しそうになって、ふいに私はこれまでの旅を振り返ってみる。


「……」


 思えば、これまでの旅、あまり退屈したことがなかったな。

 代わり映えのない根の国での暮らしと違って、日々刻々と変わっていく景色を見ているのは、悪い気はしなかった。また、誰かと話をするのも、鬱陶うっとうしく面倒ではあるが、存外に悪いものでもない。


「……」


 結局私も、心根は伊奈とそう変わらないということか。非常にしゃくではあるが。


「どうしました?」


「……いや、何でもない。ただ、お前の意見も理解は出来る……そう思っただけだ」


「意外です。わからないと言われるかと思いました」


 そう言って、伊奈はまた笑う。


「案外わたしたち、似たものどうしなのかもしれませんね!」


「……一緒にするな」


「えへへ、すみません」


 相変わらず生意気な奴だ。私は馴れ合いなどに興味はないというのに……調子が狂う。


「はぁ……」


 そんなため息を掻き消すように、牛馬が道を過ぎていく。人通りも多くなってきた。


 いよいよ旅の目的地、出雲に到着である。

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