最終話:第六皇子は国を斬る
闇夜の大路を閃光が割いた。巻き上げられる
その中を、私は独り歩いていく。
搦め手などは無用。真正面から、私は上皇の御所へと向かう。
警護の兵は先に潰した。皇子どもが出てこないことも知っている。
「勅命「
振り上げた太刀にこもる霊威が、衝撃とともに結界を砕く。
そして、私は跳躍した。
南都
「――ッ!?」
群臣どもの驚く顔が目に映る。思わず口元が緩んでしまった。ここに来るのはこれが初めてである。あれだけ手を変え品を変え、何度繰り返しても辿り着けなかったこの場所に、
変わったのはただ一つ。
私の心のみである。
「ままならぬものだな」
運命とやらを呪いつつ、私は薄く笑みを浮かべて太刀を納める。
その先で、皇子たちは私を睨みつけた。
「……」
「ほう? あの出来損ないが」
「六尊、なのか?」
「くッ……!」
珍しく全員が揃っている。第三、第四、第五皇子はともかく、第一、第二皇子までこの場にいるのは想定外だった。
だが、支障はない。むしろ好都合だ。
証人は多いに越したことはない。
私は、中央で臨戦態勢をとる第三皇子に向かって告げた。
「上皇はこの奥か」
「身の程を弁えろよ出来損ない。お前如きが父上に謁見する気か? 笑わせる! また痛い目を――」
第三皇子が手を向けたその瞬間だった。
「!!」
空気が、変わった。
気脈や神気の問題ではない。存在感だ。ただ、そこにいるというだけで、鉛のような重い圧迫感が生み出される。
これに近い感覚は知っている。古都主や師忠、そして朱雀帝――この世の常識の範疇から逸脱した者たちが持つ、特有の雰囲気。
それを彼も纏っていた。
『久しいな。六尊』
相対する者をひれ伏させるような、荘厳な声色。だが、思っていたよりもずっと若い声だ。それ故に、異彩を放つ。思わず、身体が怯んだ。あれだけの死地を潜った私が、たった一人の男に怯まされたのだ。
『
「!!」
漆黒の束帯に、顔を隠す垂れ布から覗く黒い髪。そこに立っていたのは、異様な雰囲気を纏う細身の男。
間違いない。この男だ。
この男こそ、上皇――
そして、私の父であり、私の仇敵だ。
「……っ」
何度繰り返しても、見ることすら叶わなかったその男が、今目の前に立っている。私は固唾を呑み、呼吸を整えて口を開いた。
「……父上。此度はお話したき議があり参上仕りました」
『……申してみよ』
「灼天を……伊奈をこれ以上戦場に出さないで頂きたい」
ざわめく皇子たち。上皇は、小馬鹿にするように鼻で笑った。
『いきなり顔を見せたかと思えばそれか』
「……っ!」
一言一句が重い。彼が口を開くたび、気温が、体温が変動するのが分かる。
相対するだけで、力が削られていくような感覚すら覚えた。
上皇は表情を変えずに告げる。
『……戯言を。灼天は南都の切札。北都の奴らを西に留めておく上で、絶対に欠かせぬ戦力だ。お前の私情が挟まる余地はない』
「だが、これ以上は彼女が保たない」
『それがどうしたというのだ。南都の宿願と小娘一人、秤に掛けるまでもあるまい』
傲岸不遜な態度で上皇は言う。だが、予想通りだ。だから、返しは用意している。
「秤が、釣り合えば宜しいか」
『……ほう?』
上皇は、興味深そうに小首を傾げる。
やはりだ。この男は、乗ってきた。
ならば、後は流れに身を任せるまで。私は上皇を真正面に見て、明確に告げた。
「私が灼天の代わりとなる。伊奈にこれ以上殺させないと約束して頂けるなら、私は父上の手足となりましょう」
「――ッ!?」
目を見開く皇子たち。ニヤリと笑う上皇を見つめて、私は再度言う。
「私が、伊奈の代わりに北都を滅ぼします」
沈黙。それが彼らの反応だった。
高まる緊張、及ぶ理解。
そして、皇子たちは叫ぶ。
「な、何を今更!」
「分を弁えよ出来損ない!」
「謀叛人の分際でッ……!」
正論。しかれども、それは常人の思考。
私の読みが当たるなら、きっと上皇は――
『フフフ、フハハハハハハハハッ!!!!』
皇子たちの困惑を余所に、上皇の高笑いが響いた。彼は顔を手で押さえて天を仰ぎつつ、手を広げて言う。
『灼天の代わりに北都を滅ぼすだと? だから灼天を手放せだと? くくく! 勝手なことをぬかすではないか!』
そして、彼は言い放つ。
『興が乗った。お前の申し出を聞いてやる』
「父上!?」
第五皇子が叫ぶが、上皇はもはや意に介さない。
『落ち零れにしては面白いことを言うではないか。ふふ、余興には丁度良い。これに免じてお前の帰参も許そう』
上機嫌に彼は告げる。皇子たちはあ然とするが、上皇の目には映っていない。彼は、ただ私だけを見据えてニヤリと笑う。
『良い機会だ、お前に名を
「名を……」
『そうだ。何時までも幼名の
上皇は顎に手を当て、天を仰ぐ。暫しの思案の後、彼は嫌味な笑みを浮かべた。
『
短く、しかしはっきりと上皇は告げる。
それが、私の名だというのか。
『俺を追い落とした
続けて、彼は袖を振る。
『それからだ。お前に従者をやる』
「!!」
突如、現れた一つの人影。
『これは、和解の印だ。好きに使え』
その人物を、私は知っている。伊奈を斬り、幾度となく私を殺したあの少年。あの日、確かに討ち取ったはずの少年が、どういう訳かここに立っている。
「明王……丸」
私の困惑を気にも留めず、上皇は明王丸に視線を向ける。
『ついでだ。此奴にも名を授けよう。そうだな……』
そして、上皇は思い付いたように告げる。
『
「ありがたき幸せ、恐悦至極に存じます」
平伏する明王丸……いや、満仲。上皇は満足そうに口の端を吊り上げ、手を広げる。
『だが正直、北都の存亡などどうでも良い。俺の目的は
「――!!」
上皇が消える。直後、彼は私の目の前に現れた。布の下に見えるのは、なびく黒髪、切れ長の紅い瞳。そして、張りのある白い肌。
齢六十を超えるとは到底思えぬ若々しい容貌に、私は恐怖に近い違和感を覚えた。
「経基よ」
私の底の底まで見透かすような、凍えるような冷たい瞳。有無を言わせぬ圧迫感。
「蒼天の力を以て、我が宿願の尖兵と為るが良い。灼天を除く全ての神子を滅ぼし、我が期待に応えて見せよ」
そして、上皇は、静かに告げる。
「国を斬れ。さすれば、下郎の小娘一人くらい呉れてやる」
拒否権などはない。
もやは後戻りは出来ない。
だが、これで良いのだ。
伊奈の救いと南都の滅亡、これを、私が同時に達成することは出来ない。その二者択一の中で、私は伊奈を選んだ。私が南都に付き、伊奈を戦場から遠ざける――これが、私に出来る最善。意地も誇りも、恥すら捨てた最善なのだ。
だから、私は上皇の手先となる。天に仇なす邪悪として、私は地獄に堕ちよう。
それでも良いのだ。
私が向かうその破滅に、伊奈が行かずに済むように、私は露払いを引き受ける。それが、私に出来るせめてもの罪滅ぼし。母や皆には恨まれてしまうかも知れぬが、甘んじて受け入れることとしよう。それで、伊奈が救えるなら、私はどうなろうと構わない。
だから、私は跪く。
「……陛下の御心のままに」
だが、願わくば。
いつか南都を滅ぼし、伊奈を幸せにしてくれる者の現れんことを――
▼△▼
『第六皇子は国を斬る』完
『七天の神子』に続く。
▼△▼
第六皇子は国を斬る〜落ちこぼれ追放皇子の世直し復讐譚〜 ふひと @Fuhito-hujiwara
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