第35話:笛の音と祭囃子と
しゃんしゃんと、鈴の音が
「まったく」
思わずため息が出る。
何故、世人はこうも催し物が好きなのだ。連日夜も騒がしくて敵わない。
そんな時のこと。
「六尊さまは、祭りがお嫌いなのですか?」
「ん?」
見ると、一人の女が立っている。
コイツは確か
私は目を伏せて言った。
「ああ、嫌いだ」
「何故です? 楽しそうで良いではありませんか」
「どれ程楽しげでも関係ない。私は下らぬ騒ぎが嫌いだ」
「まあ」
治部は呆れたような顔をする。
当然だろう。
我ながら、餓鬼のくせに捻くれた奴だと思う。同じ年頃の子なら、貴賤を問わず喜んで祭りに加わったはずだ。
だが、無邪気な餓鬼を装うのに、私の世界は窮屈過ぎた。
「……どうせ、私は外に出られぬ」
「……」
私は一応皇子だ。勝手な行動はできない。どれだけ父や兄から疎まれようと、血の
せめて
故に私は、外から流れてくる声を
「では、早く大人にならねばなりませんね」
新たな声が飛んでくる。
おもむろに振り返ってみると、見慣れた笑顔で立っている人影が一つ。
「……母上」
「六尊。祭りは案外良いものですよ?」
「そうでしょうか」
「ええ。昔見た
遠い目をして、母上は昔を懐かしむ。
その微笑みは、どこか寂しそうに見えた。
「……」
私は、いつかは外に自由に出られるようになるだろう。いずれ元服し、
だが、母上は違う。
きっと、彼女はこのままだ。
母上がこの屋敷から出られる日は、きっとこのままでは来ない。
上皇はそういう仕打ちを平気でやる男だ。
誰かが強く働きかけ、あの男を説き伏せねば母上はここを出られぬ。
あるいは、無理にでも連れ出してしまうか――いずれにせよ骨が折れる。
「……なら、いつか私がお連れしましょう」
「本当?」
「ええ。十五になり元服した暁には、母上を連れて何処の祭りにでもお供いたします。祭りが本当に良いものか、ともに吟味いたしましょう」
▼△▼
軽やかな笛の音色が、私の意識を現実に引き戻す。どうやら外で祭りでもやっているらしい。笛の他にも、太鼓やら笙やら管弦の音が聞こえてくる。
にしても、古い記憶だ。まだ皆が穏やかに生きていた、遠い日の一幕。恐らく、これらの音が呼び覚ましたのだろう。
結局、果たせぬ約束であった。
「……」
身体を起こすと、月明かりが御簾の隙間から差し込んできて、私の顔を照らした。
妙に体が軽い。
気付けば衣も綺麗なものに変わっている。
「……」
国弘は一体何をした。
いや、それよりあれからどれほど経った?
「三日だ」
「!!」
見下すように、私を眠らせた張本人が枕元に立っている。
気配など無かった。一体いつから……!?
「そういう
「心にも無いことを」
「ほう? よく分かったな」
悪びれもせずに、感心したような表情で国弘は告げる。なんと図太い奴だ。
いや、単に私が舐められているだけか。忌々しい。実際、それだけの実力差があるのが
「だが、都合が良かったというのは事実だ」
「何?」
「町の往来は見ただろう?」
ニヤリと笑みを浮かべ、国弘は目線を合わせるようにしゃがみこむ。
そして、屋敷の外の方を見遣った。
「ちょうど今は
「……実際は?」
「へぇ、存外によく人を見ている」
上から目線。
いちいち
国弘は再び私の目を見て、
「だが、嘘などついていない。今のは理由の三割だ。残りの七割は別にある」
「は?」
「貴様ら、無茶をし過ぎだ」
ふいに、国弘は目を伏せた。呆れるような、諭すような口調で彼は続ける。
「良いか? 貴様らは神子で神気も多く治癒力も人並み外れて高い。とはいえ、人間である以上限度はある。身体の異常を無理に補いながら気脈を回せば、
「……」
契神回路。確か、体内における神気の通り道みたいなものであったか。
「自覚は無かったが」
「当然だ。あれは五臓六腑のうちに入らぬし、痛覚などあるはずもない。知らぬ間に回り、知らぬ間に壊れるような物だ。そして、一度壊れるとその後遺症は長引く。治癒術式で治せるものでもない」
国弘は一つ息を吐いた。
そして、頬杖をつきながら片目を開く。
「だから、無理にでも休んでもらった」
「……」
確かに、話の筋としては通っている。
私たちの意思を思い切り無視していることを除けば、コイツの言う通り全ての都合が良い。だが――
「なら、なぜそうと言わなかった。あのような卑怯な真似をする必要が何処にある」
抗議の意を込めて、私は国弘に問うた。
しかし、彼は一切悪びれることなく、私を鼻で笑う。
「下らぬ問いだな。仮に私がそう言ったとして、貴様は私の言う通りにしたか?」
「は?」
「答えは否だ。何故かは知らぬが、貴様は何かに追われるように先を急いでいる。故に、休むなどという提案は決して受けなかっただろうよ」
確信したような口ぶりで継げる国弘。
まるで、私という人間の全てを理解しているかのような言い方だ。その自信の根拠が分からない。
それに、彼の言葉が当たっているのが尚更気味が悪い。
確かに私は、恐らく休むなどという選択は取らなかっただろう。
一体どうなっている。
コイツは何故……
「そう怪訝な顔をするな。俺はただ、そうなると知っていただけだ」
「どういうことだ」
「どうもこうもない。運命線を占えば、少し先の出来事くらい容易く見ることが出来る」
「っ!?」
先の世を見るだと……
そんなふざけた芸当が人間に出来るのか!?
「何をそう驚いている。術式理論に通じ、ある域まで達した者なら出来て当然の技術だ。お前の兄とて、やれば出来るだろうよ」
「……私の素性も運命線とやらで見たのか」
「いや、これは師忠から聞いた」
「……」
「とにかく、貴様の知らぬことなど幾らでも有るということだ。元より、それを知るために出雲へと参ったのだろう?」
そして彼はニイと笑みを浮かべる。
自信に満ちた顔。私の苦手な表情だ。
国弘はそのまま立ち上がり、御簾を掲げて軽く手招きする。
「来い小僧。これは詫びだ。町を案内してやる。神在月の出雲は面白いぞ?」
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