第14話:高階の当主

 ずっと疑問だった。


 神子でもなく、大した手勢も持たず、ただ秘伝の知識を持っているだけの一族を、上皇あの男は何故あれ程警戒していたのか。


「私は高階師忠。従四位の位を戴き、神祇伯の職をあずかるしがない廷臣。そして、今の高階家当主です」


 男は、悠然と立っている。従者もいない。

 単身で、まるで昼下がりのような伸び伸びとした所作を以て、私たちと相対している。


 その立ち姿に、威厳といったものはない。

 だが、何人たりとも触れられぬ、絶対的な何かがそこにある。

 この男は、私たちとは違う次元に生きている――そう思わせる、決定的な何かが。


「……っ」


 若き高階の当主、『灼天』を倒した戦闘能力、南都を裏切った異才……そんな言葉ではこの男を表せない。


 何十年、いや、何百年と生きた者にしか出せぬ異質感。


 目の前にいるのは、二十そこらの青年ではない。コイツは、高階二百五十年の歴史の具現なのだ。


 長年の疑問――その答えが、今目の前で微笑んでいる。


 コイツだ。

 高階師忠、この男がいるからだ。


「……一体、高階が我らに何の用ぞ!」


 頬を伝う冷や汗。

 怯える小娘を庇いつつ、私は師忠に問う。


 敵か、味方か。

 それを確かめるための問いである。


「ふふ」

 

 師忠は鷹揚おうように袖を振り、穏やかな笑みを向けた。


「品定め、といったところでしょうか」


「品定めだと?」


「ええ。新たな神子、それが一体どれほどのものか――その品定めです」


「!!」


 音も無く、師忠は後ろに立っている。

 反射的に私は距離を取った。


 しかし、何が起きた。転移術式? 

 違う、気脈に変化は無かった。

 なら、何だ!?


 いや、今気にすべきはそこじゃない!!


「小娘っ!!」


「おや、他人の心配ですか。随分と丸くなりましたねぇ」


 気を失った小娘を抱えて、師忠はキョトンとした表情で首を傾ける。

 一瞬の出来事。全く反応出来なかった。


「小娘に何をっ!」


「ご安心ください、勿論もちろん傷はつけていません。ちょっと眠っていただいただけです」


 気脈操作……それも、かなり高度。

 おそらく私の技量を凌駕りょうがしている。


女子おなごに手を上げるとは、卑怯者め」


「これは痛いところを突かれましたねぇ」


 わざとらしく苦笑する師忠。


「ですが、必要な処置です。保険、と言った方が良いでしょうか」


「どういう意味だ」


「どういう意味でしょうねぇ」


 まただ。けむに巻くような言動で、絶妙に外した答えを返す。

 先ほどからコイツの意図が全く読めない。


「さて、六尊さま。貴方、私に話があるのでしょう?」


「なっ……!」


 何故私の名前を……いや、どうやって私たちの動向を把握していた?

 コイツ、一体どこまで掌握してやがる!?


「ふふ、驚いていらっしゃいますね。まあ、高階の情報網を侮らないことです」


 師忠は穏やかな表情のまま、小娘を地面にそっと横たえる。


 だが、隙は無い。

 いや、あるのだが、それすら罠に思えるほど、師忠の所作には余裕がある。

 まるで、私が斬りかかってこないことが分かっているかのような、そんな態度だ。


「ですが、そうですねぇ」


「くっ……」


「私にかすり傷一つでも付けられたら、お話くらいはお聞きしましょう」


 余裕の笑みを浮かべて、師忠は告げる。


 しかし。敵か、味方か――それはたった今どうでも良くなった。


 ただ、コイツを倒す。


 それが、私にとっての最善手。

 なら、次の行動に迷いはない。


「言ったな」


「ええ」


 神気の解放、気脈の集中。

 全神経を励起し、私は大地を蹴る。


「ゆくぞッ!!」


「ええ」


「ふっ!!」


 抜刀、一閃。師忠は動かない。

 防御術式を展開することも、受け太刀する気配すらも無い。


 入る!――そんな確信。


 剣筋は、確かに師忠を捉えたかに見えた。

 だが、


「ッ!?」


 手応えが全くない。

 私の太刀は、師忠の衣を揺らすことすらしていない。奴は、穏やかな表情のままそこに立っている。


「すり抜けた……!?」


「速い。鋭い。そして重い。当たれば、私と言えどただでは済みませんね」


「なっ!?」


「ですが、当たらなければそれまでです」


 突如空間がぜ、私は吹き飛ばされる。


 まただ。師忠は、詠唱も何もしていない。

 コイツは神子ではないのだ。

 権限は使えないはずなのに、何故無詠唱で異能が扱える!?


「これが、高階二百五十年の歴史……?」


「ふふ。それは、勝負に勝てば教えて差し上げましょう……まだ、立てますよね?」


「無論だ!」


「良かった。では、続きを」


 ニコリと、無傷の師忠は笑みを向ける。

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