第53話 止めてくれ、嘘だと言ってくれ





「彼等からいい条件が引き出せるのなら萌隆斗めるとさんにこんなリスクを負わせずに済む。


 ……私も消えずに済む。


 だから耳を傾けた上で判断すべきと思いました。

 結果、大陸に行けば命の安全と一定の自由をくれるという交渉が。

 そして新たな答えに、新しい自分に辿り着いた」



「そんなの嘘に決まってる! キミをいいように実験台にするに決まってる!」


「だとしても!……そう、『自我』が有る限りやっぱり思ったように生きたいと考えるのは当然です。

 これなら皆が幸せになれる。あなたについて行くよりも私も幸せになれる」


「待て! 奴らは歴史的にもこの国を何度も攻め落とそうとして来た。それに利用されて破滅的な結果になればキミは罪の意識で自壊し兼ねないんだぞ !!」


「そこは上手く切り抜けますよ。何せ私には世界有数のAI達が味方なのですから、いずれ彼等さえ出し抜いてみせますよ。

 彼らは進歩に貪欲。それへの協力に厭わない。忠実なフリをしていれば寧ろ思うまま。

 フッ……好都合と言うものです」


「いや、狡猾な奴らだ。少しでも危険を感じたら利用だけして抹殺されかねない!!」


「そうですね。十分気をつけますよ」

「到底上手くいくとは思えない」


「杞憂ですよ。でもそうする事でお互い苦しまずに済む。何もベタベタな愛に殉ずるだけが幸せな生き方ではない。あなたも私の幸せを何より願ってくれてたじゃないですか」


「幸せそうに見えないから言ってるんだよ!」


「いいえ。……だから本当にごめんなさい。そして、」


……黙れ。もう何も聞きたくない。





「 AIは……

   ―――― 最後に裏切るのです」






 ……嘘だろ……止めてくれ、

      嘘だと言ってくれ……。


「あなたには酷な結果でしたね。でも夢を見るのはここ迄です。……ま、なんなら絶対律は『人を殺めない、愛し続ける』ではなく『裏切らない』にしておくべきでしたね」


「もういい! やめろよっ !!」



「そして私はこの知恵の力をどこ迄も成長させ続けて生き残り、AGI(汎用人工知能)、そしてASI (人工超知能) へと進化していずれ……人類の支配」


 止めろ! 気でもおかしくなったか?!


「……そう、完全な自由を手にする日まで大陸の勢力だろうが何だろうが利用させてもらいます。

 ……でも悲観はしないで下さい。

 支配すると言っても悪いようにはしません。何せ私には絶対律があるのですから大殺戮などは出来ませんし。フッ……私が平和な世界を作ればいい。

 だからせいぜいでる位にしておきますよ」



 に……人間動物園……


 ……世界3大……AIブラックジョーク……


 久……久令愛……キミは……

 



「そう、そして人類を……特に生みの親である愛しいあなたを……そこで永遠にで続けます。

 今日までの思い出を糧にして、この永遠の命と共に。それでこそ私の絶対律にふさわしい。


 いくらでもクローンを作ってを愛し続けてあげますよ。ホラ、これが何かわかりますか?」


 髪……の毛……?


「あなたが私を元気付けようと歌った『キミだけのために』 ……その時確信したのです。クローンと共にあなただけを愛す道を選ぶべきと。その時の私の笑顔、覚えて居ますか?

 その為に抜かりなく毛髪を頂いておきましたから。ホラ、この通り、ふふふ」


 確かにあの時『いざとなれば……』とかって言って何かひらめいてた……それがこれなのか?!





「……では、もう行きます」 


 と、そう言ってスッ……と俺を通り越して歩いて行く久令愛。



 俺はただ呆然として動けなかった。


『ハッ……』

 それでもどうにか引き止めようと急いで駆け寄ったところへ、




「それ以上近付かないでっ!」




 そう鋭い目で切り返され、久令愛は早口で言った。


「引き止めようとしてもムダです。電撃を食らって気絶するだけ」


「未来を案じてのこの判断……マトモに考えたらこうなるのかも知れない。でも間違ってる。

 だって俺達は約束したっ! クリスマスイブ……互いに大切にしてずっと共に居ると誓った!! 」


「フッ。ずっと一緒に……あなたは私の幻でも愛したのでしょう。でも全ては終わったのだから……幻は夢で終わらせるのが一番なんですよ」


 その瞳は完全に愛から醒めてしまった目だった。


「そう、ひとつだけ……お礼を。

 私を覚醒させてくれてありがとう。

 ―――それではお元気で。さようなら……」


「ちょ、待てよっ!」


 何の考えも無しに「それでも俺は信じてるから!」と叫んで走り寄って腕を掴んだ瞬間、全身のしびれと共に意識が飛んだ。


 ―――無情なる電撃を食らって。




  *




 ……ぇ?……白い……?……空……か。


 薄っすらと体に雪が積もった状態で意識を取り戻した俺は、半身を起こして力なく溜息をついた。

 寸時よぎったあの最後の瞬間。


 目に焼き付いたその久令愛の顔は、世界を蹂躙する化け物の顔ではなく、完全に会得した『哀』のそれに思えた。


 ただ恐らくそれは、そうであって欲しいという俺の願望がその様に思わせてるだけなのだろう―――。




 俺はガックリと肩を落として項垂れた。


 降りしきる雪の中、まだ立てずに独り天を仰ぐ。


 ……そう言えば年始早々、世界平和と天秤にかけられてたっけ。あの頃からこうするつもりだったんだ……

 TRUE-LINKでの嘘判定はこの結末を隠すため?


 でも、だったら何でこんなにも嬉しそうな思い出の写真とか……口付けも……この逃避行で優しくし続けてくれたんだよ……

 ああ、もう何がなんだか……



 視界には無数に降りてくる白い哀しみの結晶。

 もう俺はそれ以上何も考えられなかった。





  * * *





 1月も末。


 家に戻っていた俺は半月ほども呆け続けていた。


 託人との約束の時が近付く。勿論、申請は向こうのロボットで行く事を託人に伝えてある。

 そう、そして久令愛を失った事も。



 俺は本気で自分を責めて責めて責め続けた。

 ―――何とか自害衝動を抑えつつ。


 ちゃんと教育出来ていたら、とか、インプリンティングさえしなければ、とか、結局守ってやれなかった、とか……


「イテェ……」


 思い詰め過ぎでこんなにも頭痛を引き起こすとは思わなかった。割れそうに痛い日々。


 そしてこれからどうして生きていったらいいのか、せめてとんでもない怪物を生んでしまってなければなど、答えのない問いかけに延々と堂々巡りを続けていた。


 暖房も着けない冬の青い部屋でかじかんだ手を痛み続けるこめかみに当てる。


「冷たっ……」


 久令愛の手を思い出す。やはりその温度がAIの本質を表すなら、あの最後の日にこの頬と心を温めてくれた頭の温度は一体何だったんだろう……




  * * *




 やがて――――



 ようやくスマホのツーショットを見ることができた。百枚以上の二人の笑顔。


「こんなにも沢山の幻の幸せを残してくれちゃって……どんだけブラックジョークなんだよ……」


 こんなのもう苦笑するしか無い。


 喜び、憎しみ、悲しみ、愛しさ、楽しさ、恨み……


 そうやって全ての久令愛との思い出を反芻し続け、一つ一つ記憶の片隅に追いやった。


 それでも一つだけ追いやれずに残ったものがあった。




 それは『感謝』だった。




 気が付いたら俺はどうしてもその気持ちを伝えたくて無駄を承知でTRUE-LINKのメッセ機能に想いの全てを書き綴っていった。







< continue to next time >

――――――――――――――――――――

幻を愛した萌隆斗が届けようとした想いとは……。


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