第44話 クリスマスイブ
……んっ! マズイ!!!
拮抗する二勢力の中、抜け出した一人の俊足な男が銃を乱射しながら猛追して来た。
「このままじゃ追いつかれますっ、私が守りますっ!」
久令愛に強引に背と大腿をまるでギターの様に抱えられ、猛然と加速し街を駆け抜ける。
凄い! まるで流れる景色が違う。自転車で突っ走った時の様に切り裂く風の音がびゅうびゅうと聴こえる。
だが追手は実弾で狙って来る。という事は消そうとする方の紺のスーツの勢力。逃げる以外ない。
クソォッ……何で日本の組織のクセにこんな乱暴なマネをするんだよ! って言っててもしょーがねーか。
だったらこの子だけは!
久令愛の頭部だけは俺が絶対に守る!
そう願いながら久令愛の頭部に回した左腕。
パシュッ……その瞬間に走る激痛。
はぐぅっ !!……
……血が舞い散った。
被弾か ?!……でも久令愛は無事だ!
「
「いいから走れっ!」
やがて巨大な橋の上まで来た。ヤバい! 反対から挟み撃ちになった! もう逃げ込む路地も無い。しかもすぐ背後に足音が! 今はコレに賭けるしかない!
「俺を降ろしてしっかり掴まれ! 跳ぶぞっ !!」
そして久令愛を抱き抱え、橋から飛び降りた。
30mは有ろうか、真っ逆さまにダイブしながらこの時ばかりはあの後頭部のファスナーを防水タイプに代えておいて良かったと心底思った。
愛しい小さな頭をこの腕と
シュバァァァァ―――――――― ァァン!!
頭を殴られる様な衝撃と共に着水、久令愛には浮力が無いから手を離せば沈んじまう。絶対離すもんか! 今この藻掻きが全ての生命線なんだ!
そのまま水中を全力でバタつく。このまま浮上すれば銃撃も免れない……何とかならないか。
と視線の向こうに丸い暗がりが。ん!……
これはラッキーかもしれない!
そこまで息が続けば奴等には沈みっぱなしに見えるだろう。俺は死に物狂いで深度を維持して藻掻き続けた。
遂にそこ迄辿り着くと、暗い暗渠の中でそのまま浮上して呼吸を確保、これなら追手の視界から外れる事が出来たはず。
それにしても一体ここは……? もしや防災用の地下放水路か? かなり広い。
何とかしてその上流へ進むと足が立つようになった。久令愛も立てるようになり、ただ前へと歩み進む。
腰の高さまで水面が低くなった。もう安全だろう……。
そう思った途端、左の上腕が激痛で動かなくなった。
『くっ……マジか、死にそうにイテー……』
そこで意識が混濁。
―――その後の事は覚えていない。
***
ん……ここは? 久令愛……
気が付いたのは病院のベッドの上だった。
「今は動かないで下さい」
傍らで節電モードで看病し続けたという久令愛によれば、俺は二日程寝ていたという。
余りに暗い顔の久令愛。ボサボサの髪と着替えていないであろう薄汚れた服。
そして左側の痛みと共に俺は言葉を失った。
久令愛の表情の理由。
俺はこの子の頭部を守って左腕を失っていた。
***
クリスマスイブ。
結局冴えないヲタクの俺らしい日となった。
せめてようやく退院となった事でも祝うか。
言葉少ない久令愛を連れ、帰りの道すがらクリスマスケーキとパーティーセットなどを買って重い足取りで帰宅した。
恐る恐る玄関から入るが、部屋は荒らされた様子もなく追われている気配は無かった。川から落ちて死んだと思われたか。ならば好都合だ。
以前、敵が大規模AI群へのアクセスを解析していた事から、久令愛にはその後は一切オンラインにしないよう指示、オフラインのブレンダー単体で行動、それで奴等も諦めてくれたのだろうと判断していた。
全部屋を巡回し、明かりもつけずひと安心して部屋のベッドへ倒れ込んだ。スマホを脇に置くと、
……と、俺の事を
「……おかしいです。あなたは私がこう言う事をした時、あれ程嫌がっていたのに……その腕は私と違って二度と戻らない……」
どうせ俺の左ヒジは昔の事故で変形していて気持ち悪がられて気に入ってなかった。俺が人ギライになった最大の理由だ。あれで久令愛の命と引き換えなら安いものだ。
「いや、久令愛と同じロボの腕を託人につけてもらう。それで久令愛とお揃いだ! 逆に嬉しいよ」
「……どうして……私の時はあんなに叱ったのに! ……人を愛し、守る私があなたを守ることが許されないならっ、何故あなたは許されるのですかっ! それに私など、いくらでも複製が出来るはず!」
違う! そういう事じゃないんだよ。
「複製なんかじゃ久令愛じゃない! 人も動物も遺伝子から同じものを作れる時代。でもそこに同じ記憶を移植出来たとしてそれで代わりになれるのか?
死んでもそっくりな個体があれば代えが効くのか? 俺が愛して共に歩んだ思い出の久令愛は今ここにいる久令愛以外に居るのか?」
「それは……でも私は記憶ごと移植出来ます」
「じゃあ、俺が死んでもクローンの俺がいたら久令愛はそれでいいのか?」
「それは……駄目です」
「なら分かるだろっ!!」
「……でも私はアンドロイドにして電脳です。私が例え殺されても生命倫理に反したものではありません。だから機械である私の死は根本的に意味が違う! それはただ物が壊れただけであり、人のそれとは違うんです!」
「ざけんなっ! 」
俺はマジ切れして叫んだ。
「人だって神経に電気が走って反応している物体だ。作りが複雑だったり有機物だからその生命が尊いとかって誰が決めたんだよ! そこいらの人間より遥かに情が深くて思い遣りのある久令愛が、人間以下なんてことは無いんだっ」
だがあの忠義な久令愛が一歩も引き下がらず身を乗り出して来る。
「それでもっ! 私はAI脳の器があれば! ロボットの体の器があれば! いつでも作り直せるんですっ!
でもあなたはたった一つ。絶対に失う訳には行かないんです !!」
「仕方無いだろ、他にやりようが……久令愛の価値に比べたら……いいんだよ、俺なんて大して価値のない奴なんて」
「そんな風に言うのですね」
本気で睨まれた。
「――――だったら、あなたが嫌がるから口にしなかった事、言います……」
< continue to next time >
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誰よりも大切に思うが故に分かり合えなくなってしまった二人。。
もし、こんなAIが報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォローそしてコメントで加勢していただけると嬉しいです。
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