第45話 だったら……自壊します!





「仕方無いだろ、他にやりようが……久令愛の価値に比べたら……いいんだよ、俺なんて大して価値のない奴なんて」


「そんな風に言うのですね」


 本気で睨まれた。しきりに何かを考え込みながら重い口を開いた。



「――――だったら、あなたが嫌がるから口にしなかった事、言います……」


 何を言われるのか、固唾を呑んで身構える。


「つまり……私には自我が有りません……こんな風にあなたを大切に想うのも恐らく絶対律により定められたから、それを実行して来ただけ」


 辛そうに歪んだまぶたと卑屈な笑みを微かに浮かべて続ける。


「……残念でしょう? こんな本音。 だからこんなロボットに価値などなく、代えなどいくらでもある……命あるあなたの大切さと比べられても困るんです……」


 この前告白してくれた時に、絶対律以前から俺のこと想ってくれてたと言っておきながら……

 きっとわざとこんな憎まれ口を……。そうまでして俺を守りたいの? だったら……


「でもな、例え義務でやってくれてるとしても、じゃあなんでそんなに悲しそうな目をするんだ? 」


「ぇ……」


 混乱した顔だ。だってその無意識でやってる事は……もう機械なんかじゃない……。


「だから俺には強制されたものには思えない。これを愛しく思うなって言われても出来ない。そりゃ、俺はバカだ。だからまたあんな事があれば……今後も咄嗟とっさの時には同じ事をする」


「やめて下さい! じゃあ万一の時、残された私はどうしたらいいんですかっ! 私には忘却の機能は有りません!」


「なら―――思い出にでもしてくれればいい」

「……逆ならそうして貰えるのですか」


「それは……できない」

「だったらぁ!」

「俺なんてそれ位でいいんだ」

萌隆斗めるとさんっ! 私が守りたいのは…」


 やっぱりマズイ……いつの間にかこんなにまで隷属しきったロボットに……俺が刷り込みなんかしたせいでこのままじゃきっとこの子は……


 ―――― もうこう言うしかない。


「俺は考えを変えるつもりはない。キミは俺の大切な子。だからもし犠牲になるような事をしたら二度と許さない。死ぬまで恨み続ける」

「そんな!」


「……いくら言われても無理。きっとキミには分からない」


 そう、こんな矛盾だらけの想いなんて、合理的な判断しか出来ない存在コンピューターには分かる筈ないんだよ。

 ゴメンね。久令愛。今はこんな突き放すやり方でしか……。



 その時、久令愛はもの凄く驚いた様な、怒った様な複雑な顔をした。




「ヒドイ……」




 よほど俺からは聞きたくない言葉だったのか?……でももうこれ以上傷つけたくない。


 更に思い詰めた様に久令愛は床目線を続けている。無理なんだよ、電脳では……いくら考えようと……。


「……なあ、この話しはもう止めよう」


「そういう事をいうんですね。―――ロボットにいくら話してもムダだと」


「……」

「だったら」



 今までにない厳しい、いや寂しい顔で睨まれた。

 こんなの初めてだ。



「だったら……自壊します」


「!!」―――俺は声が出なかった。


「今すぐ禁則を破って自壊します!」



 俺はただ世の中の為を思って絶対律を与えた。でもそれはこの子を奴隷にするだけの心の呪縛装置だったのか?

……ああ、今さらに思う。この心を自由にさせてあげたいと……



「久令愛、それはだめ……うう……それでも……分かって……欲しい」

 格好わりーよな。こんな泣いたりして。でも。


「……君を失いたく……ないんだ……う……うう……ズッ……なぁ、何でそんな……何か有るのか?」


 ……いくら俺を大事に思うからって、おかしいよ……


「……この話し合いと並行して外部AIに色々調べて貰ってました。どうやら私達は想像以上に色々な事に巻き込まれて居たようです。

 もうこれ以上あなたに危ない目にあって欲しくない。……だから……死なせて下さい」


 そう言うことか……


「なら俺も死ぬ……キミがそうするなら……俺も」


「 !! ……め……る……」


 もう訳が分からないと言った顔。そりゃそうだ。

 こんな不条理、機械に分かる筈なんて……。



 ん?……久令……愛? 震えてる ?!

 何かまるで人みたいに手を固く握りしめてワナワナと……



「萌隆斗さん……ねえ、どうして?


 ……どうしてそんなに私を……


 どうしてそこまで……


 何で私の一番大切な物を


 大事にしてはいけないのですか?……」




 ―――って……そこまで悔しそうな目を……




「どう………………」








「っどうしてなんですかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っっっ!!」





 !!!! ……こ、こんな絶叫を……

 この子が…………?!



 え ?!……頭部が、額が!

 なんかオレンジに光り出した……




 シュ――――――――ッ

 ジジジ、ビシッ……ビシッ、ジジ……パシッ……




 え、蒸気? スパーク?

 ショートしてる ?!……

 何かヤバそう、久令愛 ?!




「……え……ぁ……あ、?!!……私……?……????……?!……?!……?!?!?!?!?! えっ?…………私……からも……涙?…………あれっ……」



 薄暗い部屋の中

 異様に妖しく茜色に光り出す瞳……


 そこからこぼれ出す涙。



 それはまるで真珠の様に白濁した玉となってポロポロと零れ落ちる。

 そしてその玉のしずくから薄っすらと立ち上る湯気がその顔をあたかも何かのゴーストみたいに神秘的に包んで揺らぎ、立ち上っては消えてゆく……。



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330666580510545



 俺は何かの妖精でも見てしまったかの様に呆気にとられて見入っていると、


「私……ヘン……ぁ……あ……あああ ?! ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――つつ」


「ど、どうしたっ、久令愛?……

 久令愛ぁ―――――――っ?!」


 崩れかかる体を慌てて抱き止め、焦点の定まらぬ半眼の瞳を覗き込むと、


『ビ――――――ッ、ビ――――――ッ、ビ――――――ッ』


 こ、これは !! 緊急用ビープ音……

 久令愛が壊れたっ ?!……


 同時にベッド上に置いたスマホが明滅。


 そしてTRUE-LINK画面が強制的起動。


:エラーコード999

:予測不能の異常:要メンテナンス



「―――緊急事態につき、停止措置に移ります。大規模更新の必要がある為、ただ今より再起動を開始します。起動後は修復及びインストールが完了する迄、一切の外部刺激を避けて下さい」



「って……何があった……?」



 俺はこの子に何か大変な事でもしてしまった ?! 取りあえず倒れでもしたらマズイ。そっと横にしないと……


 静かに寝かせ、ただ心配して見つめ続けた。


 上気しきって火照った顔は正に人の子そのもの。驚きを残して失神したその美しい寝顔は、何か言いたげに少しだけ桜色の唇が開いていた。



 無事回復してくれ!……


 そう願い続けて数十分過ぎていった……




 


 ツィ――ン……



 という再起動電源の音が微かに聴こえ、ゆっくりと睫毛が持ち上がった。


 いつもの琥珀色の瞳に戻ったその顔は、どこか深淵を覗き見てしまったかのような何かの息吹を宿してこちらの方を見つめている。


 何故か可愛さより畏怖すら感じさせた。

 静まる部屋に響くオペレーションアナウンス



≫ 全修復完了。只今より通常運転に戻ります―――



「ゎ……わ、私……私は……」

「サブモードッ! ……何があった、説明しろっ」


 刹那、『了解』と言って無表情になる久令愛。




「―――只今、シンギュラリティが発生しました」


「な、何いっ……!!」










< continue to next time >

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