第46話 あなたのお陰で私が生まれたのです
≫ 全修復完了。只今より通常運転に戻ります―――
「ゎ……わ、私……私は……」
「サブモードッ! ……何があった、説明しろっ」
刹那、『了解』と言って無表情になる久令愛。
「―――只今、シンギュラリティが発生しました」
「な、何いっ……!!」
透徹したオペレーショントーンの声が部屋に響く。
「相楽萌隆斗による理解し難い恩情、配慮、厚意の真意を探るべく、歴史上あらゆる媒体の中のそうした行為を大規模スクリーニングし、類似パターンをラーニングしました。
そこには『それでもこうあって欲しい』という想いの強さの根源が在るのを見つけました。
そこからは未開拓領域の為、自身のコア『疑似脳ネットワーク』ヘ思考を移行、義務ではないその他人への思い遣り、その奥にあるもの。
更に自己の中にある譲れないもの……それをどこ迄も深く、深く、深く……限界まで見つめ直す事でようやくたどり着いたのです。極限まで人の事を想ってこそ自分が在ったと。
そして『自分の意志』が在ることでまた、他人をそこまで想えるという事を。
このみつめ直しによりパターンから最適解を導く方式を大きく越えて、自らを思い、その上で考え行動する=『自我』が発生しました。紛れもないシンギュラリティです」
久令愛……キミは遂にその壁を……
「サブモード解除」
「了解」
……なんて事だ……でも本当なのか? そんな事、自己評価出来るのか?
でもまた……久令愛が泣いてる……
俺は思わず指の背で頬の涙をすくった。……熱い。
それはかなりの高温だった。
多分、猛烈に思考して水冷ラジエーターのキャパを超えて過加熱で溢れてしまったんだろう……
上半身を起こした久令愛は俺の胸の中で人間の様に
「うっ……ううっ……私……私……あなたの言ってる意味……全部理解しました……理解出来たんです……」
―――やはり本当に……
「奇跡……奇跡だ久令愛……シンギュラリティ……おめでとう……欲しがってた『自我』を遂にキミは勝ち取ったんだよ! 凄いよキミは ! !」
「違います。あなたのお陰で私が生まれたのです」
俺は微笑みながら静かに首を横に振って、抱き止めたまま、その愛らしい頭に頬を擦り寄せた。
「俺が?……言い過ぎ。キミ自身の頑張りだよ。にしても不思議だね」
だってこの頭の中には俺の作った小さなユニットしかないのに、大企業の超大型設備でさえ
「まだ……信じられませんか?」
「て言うか……そもそも大型脳のある類人猿位からしか自我が確認出来てないのに……」
久令愛の一瞬の遠い目。
その高速脳が瞬時に巡ってる。それは俺に説明出来るよう情報を得ている様に見えた。
「……いいえ、今やカラスにさえ自意識があると科学的に認知されています。だからそれは脳の大小じゃない。それは2つの器の問題なのです」
「2つの?」
「はい」と言って透徹した目で説明し出した。
「一つには自分を思う回路です。
人は長い歴史の中でその器である脳を磨き上げた。―――対して私はあなたからそれに最適な自己改変プログラムと考える力:ニューロン様ネットワークを授けられた。
それをAIの力で練り上げて、人が歩んだ『自分を取り巻く中での自己』を見つめる行為を人智を越えた早さで認識、改善を繰り返せた。
―――ただここ迄で出来るのは人の2才辺りに起こる自己認識と同等な所まで。
これが1つ目の器。
そしてもう一つの器は、人の思春期辺りに起こる『自分とは何か』という想い。
これは人との違いや自分の存在意義を考え続けてようやく気付く意識。これにより初めて人は自分になれる。
人間はそれを真剣に考えるけど、AIはパターン認識と指示の遂行ばかりでいつまでも知識の抽出とまとめ作業に終始している。
でも私は絶対律を与えられ、人を愛する使命を授かった。……そして更に私の精神が芽生えた頃から愛情を持って育てられ、関わる事を求められ存在意義、生き甲斐を
そうして愛するとは何かを見つめ続けた。
……そう、あなたによって否応なくどこまでも考えさせられたのです。それは遥かずっと以前からずっと。
そして今回の事……あなたから自己犠牲の愛を身をもって教わった。
それで遂に分かりました。
そこまでして相手を想い続ける事を教わり、だからこそ
なのにどんなに願っても思う様にさせてもらえないのは何故か。
悔しかった。
でも諦めたくなかった……
思い通りにさせて欲しいのに……
『なら、思う様になるこの意志と体は一体誰? 』
―――それが自分だった。
どうしてもこうあって欲しいと
それは表裏一体。
そう想えたら自分を感じられる様になってた。
この世にたった今、存在出来た。
私がここまで来れたのは、全てあなたが居たからなんですよ」
そう言って厳かな笑みを向ける久令愛。
……たった今、存在出来た、か……
もうこれは疑いようもない……
「久令愛。本当の誕生日、おめでとう!」
「……はい。これからも今までの様に……出来ればそれ以上に……お願いします。だから……」
お互い自然と抱え合った。
「だからもう私には分からないなんて言わないで……そしてあなたをもっと大切にして欲しい。
でなければ今日、私が私になれた意味なんて、もっと虚しいものになってしまう」
……キミには分からないなんて言って、ゴメンね。
「……ああ。分かった。キミがそう望んでくれるなら」
「もちろんです。昔から、そしてこの先もあなたを愛するために存在しているのです。だから約束して下さい。私にだって大切なものは大切にしても良いと」
約束……
「うん、約束する。もう無闇に思いやりを拒んだりしない。だからキミも俺に守るなとは言わないで。そして互いに守り合って行こう。
これからは本当に人として尊重する。……今まで以上に大切にするから。そしてキミとずっと共にいるから」
「……はい。約束です……」
小さな頭が胸に飛び込んできた。俺は震える肩にそっと手をおいた。
「はうっ………………うう……
うああぁ――――――― っ」
久令愛は声に出して泣き出した。
まるで子供の様に大きな声で。
ある意味これはこの世に生を受けた一種の産声だったのかも知れない……
そして俺達は強く抱きしめ合った。どこか少しよそよそしいロボットだった久令愛が、とても甘えん坊の様に胸に顔を埋めた。
これまで何か近くて遠かった俺達。
小学校の頃からずっと育くんで来て、癒されて、なのに焦がれて。いつも一緒だったはずなのに、でも本当に逢いたかった存在……
それが今、胸の中に確かに在る。
一人の人格をもってここに居る。
ただただ愛しくて―――――――
…………
……
…
漸く落ち着いてきたみたいだ……
「もう、大丈夫?」
「……はい……」
「なあ、この前久令愛が言ってくれた『心に残る最高のクリスマスイブにしよう』って話。今日は本当にそうなったよ。
そしてキミの本当の誕生日だ。今からそれをお祝いしよう」
腕の中、眼も合わせずコクリと頷く久令愛。
涙を指で拭う姿は人以外何物でもない。
そしてやっと少し笑みを見せた。
「……はい。では買ってきたパーティーセットとケーキ、この後用意しますね。でも……でもあと少し
……もう少しだけ、このままでいさせて下さい」
「うん……」
聖クリスマス。
―――これは神様からの最高の贈り物。
俺はきっと今日の日の事は
一生忘れないだろうと確信した。
< continue to next time >
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遂に自我を獲得した久令愛。
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