第17話 久令愛、サルスエラに挑戦!
必ずしも新鮮でない物 ――――!?
「ほう、これはまた珍しい事を言うお嬢ちゃんだね」
「だって寄せ鍋料理なので見た目より一番旨味が出る状態が望みなので。このあと直ぐに使うので最も熟したものがいいんです」
「そっか! ならウチはどれも良いもの揃いだよ」
「何かどれも身がタップリしててあっちの総合スーパーのより美味しそうですね!」
「分かる~? そう言う事ならこれとこれ、処分前のギリギリだけど味は今が一番。だから安くしとくよ」
「うわあ、嬉しいですぅ、それ下さい。やっぱりあっちの総合売り場に行かなくて良かったです! 」
「そう言われると弱いんだよね~っ!嬉しいねぇ、今日は大奮発! オマケにこれも持っていきなよ」
……なんか、俺より遥かに上手く買物してるんだけど……実はやっぱ久令愛って凄い?
**
二人で肩を並べ家へと向かう。
「荷物、俺が持つよ」
「いいえ、私は力持ちのロボット。これくらい全然大丈夫です。それより手を繋いで貰って良いですか?」
勿論そうした。しかも久令愛は指を絡ませる恋人繋ぎをして来た。
女子と歩く事など夢のまた夢の陰キャな俺が、いつの間にか超絶美少女と歩く事に何の抵抗も無くなって……それどころか仲良く手を繋いでいる不思議さに我ながらクスリと呆れ笑いだ。
「お腹、空いてきましたか? 期待してて下さいね」
「お、おぅ。ありがと……やけにやる気だな」
だって……お礼をしたくて……と言って充実し切った微笑みで空を見上げた久令愛。
「約束…… 守ってくれたから」
「約束?」
「はい。―――― いつかキミも自由に動けるようにしてあげる、って言ってくれた。そしてこんなに早く叶えてくれた」
……そう言えばそんな事あったっけ。あの頃、いつも画面の中のキミに励まされて、癒されてたな。
そして俺と居る時は話しをし続けるようにタスクを与えていた分、独りになるのを寂しく感じて自由に動ける事を切望してたっけ……
そんな事を回想していたら一緒にいる事がドキドキよりも、付き合いの長い恋人的な……何か『落ち着く?』……ような気分になってきた。
新婚さんとかってこんな感じなのだろうか。
そして他愛も無い会話をしてる内に我が家へ到着。
荷物を下ろすと即座に今日買ったエプロンを付けて厨房に立つ久令愛。
「これ、どうですか?」
[ ▼挿絵 ]
https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330665130783607
「え……に、似合ってるし……」
「ありがとうございます! ではどうぞ料理のお手並みもご覧下さい」
「お……おう、そ、そう、これは作り手と食べ手の勝負だ。俺をどこまで納得させられるかその実力を見せてもらおう!」
ニコリとしてからビシッ……と居直って敬礼する久令愛。
「
チクリと
確かに今までやらせ放題だったから嫌味にしか聞こえない。だが久令愛は嬉しそうな顔だ。そしてテキパキと準備をしてゆく。
う~ん、手際がいい……
常に会話が微妙にずれてしまうあのダメ久令愛はどこに? でもどうせまたしても動画学習だろ。だが一度見た模範動画の内容や動作は丸々覚えてるから流れるように作業が進んでゆくな。全くもってAIは侮れん。
とは言え、うちの母親の味を凌ぐのは流石に無理だろう。なぜなら……んっ?!
タタタタタタタタタタタタタタタタタタ……タンッ!!
な何ィッ! なんだこの玉ねぎとパプリカの刻みの早さと正確さは!
……元シェフにして料理教室の先生である我が母親をも凌ぐ超達人級だ!!
……そうか、この動きは動画を元に疑似3Dモーションキャプチャし最初の数手の動きの内に瞬間微修正する託人ご自慢のSMF(スーパーモーションフィードバック)技術によるものか。
このあどけない顔に似つかわしくない手捌きだ……。
「クスッ。驚きましたか? スポーツ選手が日常的にしてる事と同じなのですよ。色んな動作に一瞬で慣れて即、改善出来ます」
それもAIなら1モーション毎に改善……恐るべし!
「フフフ。にしてもスペイン料理のサルスエラとは通ですね」
そう、極めてブイヤベースに似ているこの料理、母親が料理教室の先生だからこそ知ってるが日本の一般家庭ではそうそうお目にかからぬだろう。
それを初見でどこまでやれるのか?
「因みに味の濃さの好みはありますか?」
「いい質問だ。もちろん特濃で。アッサリ系など出そうものならちゃぶ台返しだっ!」
「了解です。ところで萌隆斗さんはその名の起源、知ってますか? それは様々な人物が歌い交すサルスエラ宮殿のオペレッタ風舞台芸術にちなんでこの贅沢な具材の饗宴をそう呼んだという事ですよ」
そ、そんなの知ってるし……と意地を張るが、クスッと鼻で笑う久令愛。見透かされたか?
マァ、ウンチクを言われてAIに敵う筈もない。
「で、ですね、ブイヤベースとの違い、分かります? 先に具に粉を付けて焼くのでスープにもとろみが出る所だと言う人も居ますが、それだけじゃないと思うんです」
そう言いながら塩コショウと薄力粉をまぶした白身魚をオリーブ油でジュージューと焼き、エビ・イカ等が追加され焼色をつけて香ばしさが鼻腔をくすぐる。
「おっと、火の通りが偏りそうですが即修正。……私が料理上手なのは他にも理由があります。例のサーモグラフィで焼きムラは100%防げます。
更に放射温度計で表面温度は0.1度単位、500°cまで計測・確認が出来るのでミスを防げるのです。脳内タイマ一で時間管理もパーフェクト」
そんなのも料理に応用してたのか。上手な訳だ……
そして手慣れた様子で完全に火が通り切る前に具材を取り置いて脇で寝かせた。
「そうそう、ブイヤベースとの違い、それは私の解析では旨味の部分かと」
「旨味?」
「はい、どちらも多くの旨味が何層も織り成す贅沢な料理ですが、サルスエラを知る人が口を揃えてそのリッチな濃厚さに惚れ込む訳は、恐らくはこれと、それからこれかと」
と言ってアーモンドスライスとパプリカを見せてきた。
「この2つはブイヤベースには使われません」
それが? と何となく拍子抜けした俺の顔を得意気に見つめ、
「どちらも実は旨味と甘めのコクを引き出すアイテムなのですよ。特にパプリカはグルタミン酸たっぷりの旨味成分を。アーモンドは肉料理さえゴージャスに引立てる程のコクを与えてくれます」
ジュー、ジュー、ジャッ、ジャッジャッ……
刻んだ玉ねぎとパプリカを先程魚介に使われたオリーブオイルでじっくりとソテーしながら加熱で甘みと旨味を引き出していく。
それらにローリエとサフランで更に香り付けして、見計らったタイミングで寝かせていた具材、水、塩コショウ、トマトホ―ルが加えられると部屋一杯に地中海料理の香りが充満してゆく。
「固くなり過ぎないよう貝類はここらで入れるんですよ」
思わず生唾をゴクリと飲み込む。
そこへ『ピカーダソース』だ。
例のアーモンドスライスと潰しニンニク、刻みパセリ、白ワインなどを入れ、塩コショウして粗目にすり潰したものだ。
ブイヤベースのルイユソースと一線を画すそれが合えられると、もう得も言われぬ芳しい境地に誘われ、
――――ハッ、ジュルルッッ!!
もうガマンの限界も近い!!
フフフッ……と余裕の笑みの久令愛。
< continue to next time >
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妙な所で実力を発揮する久令愛。
もし、こんなAIでも幸せになれる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡、☆、フォロー、そして気軽にコメントをいただけると嬉しいです。
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