第18話 虚しさを感じるロボット




 ――――ハッ、ジュルルッッ!!



 おっと……ヤバ。

 口角から溢れかけたヨダレを慌てて吸い戻す。


「具材は煮すぎるとパサパサになるので」


と、突如全ての具材を取り分けて皿へとドレッセする久令愛。


 残ったスープをオリーブ油を入れながらしっかり煮詰めてゆく。

 特濃がいいと言ったのを覚えてくれてたようだ。濃厚に煮詰めたのを見計らいトップリと注ぐ。




 遂に完成 !――――




 パンを添えてテーブルへと運ばれた。

 鮮やかなオレンジ色のスープから、これでもか、とばかり魚介たちが顔を出している。


 どれから食べようか心を踊らせる。だがやはり肝心なのはスープ部分。恐る恐る口へとひと匙。衝撃が走る。



「こ……これはっ!……これだよっっ!!」



 しかも驚くべき事に母の味すら凌いでいる! なんだこの異次元の旨さは!……

 恐らく高度AIが多くのシェフ動画や評価の高いクックポッド、トイッター等のWEB情報を多画的に学習したのだろう。でなければ初トライで母親の自慢の味を越えるなど……


 う~ん……


 にしてもブイヤベースを遥かに超える濃厚な旨味、これはまさに究極の至福。


 全ての素材のエキス、そしてピカーダソースによるガーリックとアーモンドのコクのハーモニー、更にスープにはローリエ、サフランの香気も加わり貝汁と海老ミソの滲み出た溢れんばかりの旨味……


 それら全てが渾然一体に濃縮され一斉に襲い掛かり、完全に思考をマヒさせるレベルで俺を魅了した。


 しばしエキスまみれになって具のエビの皮剥きに没頭し、むしゃぶりつく。無言の時が流れ、やにわにパンを千切るとヒタヒタにオレンジ色の濃厚エキスを染み込ませ頬張る。その刹那、




……もう嫁にするしかないっ!!




 あ、早まるな俺。これは一時の気の迷いだ。まあ、兎に角……


「うむ、でかしたぞ、久令愛」


「はい、ありがとうございます」


 分けてあげたいし何よりこの至福を分かち合いたいのにアンドロイドは一緒に味わう事は出来ない。何かしてあげたい。


 香りだけでも……


 と何度か顔の前へと運んでみた。久令愛の高性能嗅覚センサーはこれを美味しいと感じるのだろうか。そうであって欲しい。


「はい、堪能しました。でも気を使って下さるなら時折軽いお話等を。それで満足なのです」



 圧倒的完敗を見せた俺の顔を満面の笑みで返す久令愛。



 そこには俺がこの激ウマ料理を完食して勝ち得たのと同じ位の征服感で満たされているかの様な笑顔があった。





   * * *





 明くる日。


「さて、ここまでの実践訓練の結果を言おう。かなり高評価出来る所もあるが、こと対人の会話ではまるで相手の意図に反している時も多い。これはキミの役割として致命的欠点だ。 そこで次はその点をもっと強化しようと思う」


「どの様に強化しましょう」


「認知と対話に難がある。そう、キミは言葉面を追っているからだ。今後は態度、喜怒哀楽と言った感情まで読める様にする」



「喜怒哀楽……感情……」



「そう。全ては対人経験が大事だ。そこで今度はそれを一気に進められる方法を思いついた!


――――VRでソシャゲ、そしてチャットだ」


 今後、夏休みが終われば留守番も多くなる。その間もこれに慣れてくれればずっと訓練出来る。しかもアバターを使えるから久令愛がAIと気付かれないのもいい。




 早速このVRチャットで世界中の人と交流。そこでは『バーチャル美術館』や『学園経営』をしている人なんかもいる。

 色んな場所へ行ってバーチャルに人対人のやり取りが出来て、かつ奇行も気にされない。


 しかも! 〈24時間〉いつでも訓練できるのもいい。久令愛に睡眠の必要は無いから。



 これにより順調に場数を踏む久令愛。



「よし、その調子だ。そうやってAIが市民に何の違和感もなく溶け込んで、さリげなく役立てるようになるんだ」


「はい。でも確かに私にはまだ適切な感情が表現し切れていない様です。きっと自我がない分、本当の喜怒哀楽が感じれないからでしょう。

 丸ごとパターン認識で行う汎用AIたちでさえ……いえ、彼らだからこそ近年では前後のやり取りや顔認識から反応すべき適切な感情をも割り出して微笑んだりします」


「そうだね。試作段階の久令愛も凄く上手くそれをやっていた。でも今はそうじゃない」


「はい。その様な反応は今の私には『何か違う』と思ってしまうのです」


「違う……と?」


「ええ。疑似脳ネットワーク重視に設定変更された私は……納得して笑いたい、などと思ってしまうのです。―――― でもこうした想いは人にも有るようですね。笑いたくなくてもその場の雰囲気で笑う事がある。とその時、人は『虚しさ』という物を感じていると」


「……分かるの? キミにその心持ちが」


「どうでしょう……ただ実は私も普通のAIヒューマノイドのようにパターンとして笑えない事もないのです。『作り笑い』を。でもそうしたいと思わない。

 これを我がまま、というのでしょうか? ―――― 『我』が無いくせに。フフフ」



 ……てか久令愛は……そんなにも真剣に考えてるんだ。……でもそれって既に自我が芽生え始めてやしないか?


 ……いやまさかこんな小規模コンピューターじゃそこ迄は有り得ないだろう……


 でも何かちょっと不憫に思えて来た……もう少し大らかに考えてもいいのに……


「あの……私の冗談がつまらなかったですか?」


「あ、いや、座布団一枚!」



 ……にしても我があるから感情が生まれるのか、感情があるから我が生まれるのか……?

 てか、そもそも我が無くても感情は生じるものなのか?……


 それでもこの子はいつでも俺のコト、見つめて来る。……見ていてくれる。


「でも萌隆斗さんに対しては、特にしっかりと感情移入? が出来てる気がします。何故でしょう」



 確かに俺に対しては妙に一生懸命な気がする。……これもインプリンティングのせいなのか?……それとも疑似脳によって「気持ち」までも芽吹いてるとか?


 俺は止まっていた呼吸に気付く。と、大きな溜め息が鼻から出た。



 ……だったら今後この子にすべき事は?



――― やはり感情の真の理解が大きな進歩をもたらすのかも知れない……。








< continue to next time >


――――――――――――――――――――

料理では圧倒的勝利をする久令愛。だが対人のスキルには合理的パターン対応を嫌う面も。

既に脳神経ネットワークは納得して生きて行きたいと無意識に求めていた。


もし、こんなAIでも幸せになれる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡、☆、フォロー、そして気軽にコメントをいただけると嬉しいです。


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