第40話 では一体私はどうしたら良いのでしょう……





「バ……バカァッ !! 俺なんかのために命をはるなっ!」


「……それは命令ですか? 」

 にらみながら詰問きつもんする久令愛。


「……」

「命を張るなと?……そもそもこれは命なのですか?」


 意味深に自分の胸に手を当てて俺に問い詰める久令愛。そこには心臓は無い。流れる血潮もない。


 それがどうして命と言えようか。


「私は人を愛する使命を持って生まれて来たアンドロイドです。それは絶対律によって定められている。

 ましてや私を創り出してくれた最も守り愛すべき人の為になるなら、この個体の破損と引き換えなど当然の事。それを上回る命令とは思えませんっ!」


「そ、それは……それでも……久令愛が傷つくのを見たくない……」


「そう言って貰えて本望です。がしかし萌隆斗めるとさんのたっての要望と言えども絶対律に背けば私は自壊してしまう。何故なら最も愛すべき存在を見殺しにしたなら誰も愛さなかったのと同義」


「いや、そんな事は無…」

「そんな事ありますっっ! ―――だったら傷付こうと替えが効くこの体なら、お互いが助かる確率が少しでも高くなる方が良いと判断しました。間違っていますか?」


 ……確かにその体は作り直せる。今回だってその傷ついたスキンを作り替えるつもりだ。ただ……


「でももし頭脳が全損してたら替えは効かないんだ。

 それに俺を助けられなかったからといって人を愛さなかったとは言えない。だから自壊は起こらない」


「いいえ、こんな命とも呼べぬ程度のものの保身を優先するなら、私はきっとそう思えず自壊を起こすでしょう」


「そう思わなければいいだけ! 俺が守って欲しいのはこの命なんかじゃない。久令愛なんだっ」


 突如押し黙る久令愛。悔しそうな、或いは寂しそうな顔で項垂うなだれて呟いた。


「愛する者の命を守らせて貰えない……それは私の存在前提の否定。では一体私はどうしたら良いのでしょう……」


 ――――正論だ。でも……、でも違う!


「俺にとっては久令愛は大事な子だ。俺は生みの親なんだ。親が子を犠牲にして救われたところで喜ぶ奴なんて居ないんだよっ !!」


「…………」


 久令愛は悲しい目をして沈黙したままだった。


 帰路の中、ずっと何かを考え続けていた久令愛。


 なあ、久令愛……キミがいくら優秀で、どれだけ考えようとそれに正しい回答なんて、無いんだ。



 ―――― そう。答えなんて無い。


 こう言うとき人間は、ただ自分の信念に従って選ぶしか……道は無いのだから。






  ***




 その後、俺は猛烈な不安にかられて託人へ電話を入れた。何も知らぬ気楽な社交辞令を交わしてくる。


萌隆斗めるとから電話なんて珍しいな。どうだ、順調か? 久令愛ちゃんは元気か?」


「まあ……それよか、そっちは大丈夫かっ!?」


「ん? どうした?……何がだ?」


「実は今日、車で襲われたんだ。実際はねられたけど、どうにか助かったんだ。ただ前から警告があって……ブレンダー狙いだって言われてた……」


「車って……ほんと大丈夫なのかよ !!」


「ああ、何とか。それで同じ頭脳を持つレオンも狙われてるんじゃないかと思って」


「いや、何もないし至って平穏だ。だが気になるな……俺の言ってた事が本当になっちまったとは……一体どんな奴らが……」


「分からん。ただ、ブレンダーがオーダーするオープンAIへの動きに対して興味を持ったどこかの組織に狙われているらしい。でもそっちレオンは無事で良かった」


「う~ん……にしても久令愛ちゃんだけ狙われたとしたらそれには訳がある筈だ。確かに見た目だけでなくレオンとは思考もかなり違ってるよな」


「そう、託人には詳しく言ってなかったが、レオンには複数の性格を瞬時に使い分け出来るよう、ブレンダーの動作性はラーニングとパターン抽出のパラメータをMAXにした。

 対して久令愛のは自考力の為に脳神経ネットワークをメインにした」


「なるほど……でもその違いだけで彼女ばかり狙われるなんて事は考えづらい……

 でもその設定のせいか、ウォズニアックの時にレオンに比べて考える『間』が一瞬長い気がした。まだ思考経験が浅いせいか?……

 とは言え、搭載前よりも随分なんと言うか……」


「無知、とろい、足りてない……って言いたいんだろ」


「い、いや、そうは言ってない! でもやはりあのキレキレの高度AIぶりが影を潜めて……

 ん! まさか萌隆斗、ニューロンネットワークのパラメータ……MAXにしたんじゃ……」


「えっと……どうだったっけ……」


 コイツ本当に読みが良すぎる。これ以上勘ぐられては……


「もしやお前……インプリンティング刷り込み調教しようとしてたんじゃ……」


「あ、そろそろ夕飯の仕度がぁ-」


「って……そこまでクズだったとは……呆れてものが言えん。どうりで久令愛ちゃん、純真無垢な訳だ」


「だ~か~ら~! それは折角なら正反対の方が研究的価値がだなぁー……」


「心配するな、これからは真性のクズと呼んでやる! いや、キング・オブ・クズか……」


「いや、ありがたく遠慮させて頂きます」


「……ったく。まあともあれ、これで分かった気がする。何かあの久令愛ちゃんの思考には迷い、揺らぎ、みたいなものを感じるんだ」


「揺らぎ……?」


「ああ。レオンのブレンダーはオープン系AI群から理想のパターンを比較してスパッと最適解を抽出してるようだが、久令愛ちゃんのはオープンAI群同士に掛け合いをさせてからそれを統合をしている訳だよな。

 要するにまるで人間の様に自分の中の複数の意見に葛藤しているんじゃないかと」


「つまりその心の揺れみたいな物がオープンAIたちに高負荷な異常値を出させて注目されてしまったって訳か……なる程。サスガ託人、造り手以上の分析だ」


「まあ、何か目を付けられるとしたらその辺だろうな……でも萌隆斗めると、俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。お前と久令愛ちゃんには大きな恩がある。言われりゃ何でも動いてやるからさ」



 その一言に中学生までの自分が遠い過去に感じた。

 今の俺は本当に良い友を持てたと自覚出来た。



「フッ……頼もしいな。サンキュー。その時はぜひ頼むよ」









< continue to next time >

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狙われたのは異様な久令愛の頭脳活動だった。


もし、こんなAIが報われる日が来るのを応援しても良いと思う方は、♡・☆・フォローそしてコメントで加勢していただけると嬉しいです。

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