第41話 ボランティア―――そして謝罪





 その後、俺は考えた。

 自立しなきゃならないのはこっちだったと。


 久令愛が俺を守ろうとするのは俺を大事にする初期設定のため。いつまでもこれじゃダメだ。

 だったらまずこっちが久令愛から離れてあげるしか無い。


「なあ久令愛、俺は精神的にキミに頼り過ぎていたと思う。お互い次の段階に進むために少し別行動に慣れてみたいと思う」


「別行動……私が邪魔ですか?」

「違う! お互い自立も出来ないとって事だよ」




 そうして休日に俺は美貴ちゃんを誘って二人で出掛けてみた。特に久令愛に告げずに。


 ショッピング、ボーリング、カラオケ……二人で楽しむと、つくづく感じる人間との間のやりとり。やはり久令愛はホストサービス、つまり接待業務的だという事に気づく。


 昔話しなどで盛り上がると、美貴ちゃんは誉めるだけじゃなくてツッコミを入れてきたりして……やっぱり何か自然なんだよな。


「ね、萌隆斗めるとくんの将来の夢って何?」


「う~ん、夢か……研究員とか、開発者とかかな。やっぱ技術系の学校に来たしね。久令愛の開発もその一環かな。美貴ちゃんは?」


「私はねー、うふふ、内緒」

「なんだよ、それー! ハハハ……」


「…………ねえ、萌隆斗めるとくん、この前も思ったんだけど久令愛ちゃんの事ばかり考えてるよね。さっきもちょっと心ここにあらずだったよ」


「えっ……そ、そんな事ないよ……」

「だって、何度も遠い目になってる」


「でももしそうだとしたら開発者としてどう自立させるかとか……そんな感じで」


「そうかな……だって、さっきから何度もスマホを確認して、連絡入ってないかソワソワして……それは親目線とは違うって……分かっちゃう」


「い、いやホラ今まで開発上ずっと一緒だったから単独行動は心配で……本当に親として」


「うん。ちゃんとそう思おうとしてるって感じる。でも無理してるってのも分かっちゃうんだよ……。

 確かに久令愛ちゃんの事を大切にしてるのわかる。でもあの子はロボットだよ。そこに将来はあるのかな……ってゴメン、言い過ぎたかも」


「い、いや……美貴ちゃんの事はとても大切だよ。ただそれと同じくらい久令愛は……」


「うん。そうだよね。ただ生みの親である萌隆斗めるとくんはあの子が可愛くて当然だと思うの。

 だから萌隆斗くんの言うように二股とかじゃなくてあの子を保護者的に、私を女友達として……或いはそれ以上で扱って貰えたら、なんて図々しくも思ってしまったの」


 それって……もう告白だよな……この子にそこ迄言わせていて俺は……情けねぇ……


「美貴ちゃん、その言葉、凄く嬉しいし俺もそれ以上になりたい。だけどちゃんとした返事が出来る迄、もう少し時間くれるかな。俺、切り替えが下手だから……」


「ううん、ゴメンね、何か催促みたいになっちゃって」


 本当に俺の事、美貴ちゃんは見ていてくれていた。いや、と言うより全て見抜かれていた。ホント情けない……。


 それでも俺はそう簡単に自分を変えられない歯がゆさに苛立っていた。―――でも二人には誠実でありたい。



 出来るだけ早く気持ちを整理して、きちんと美貴ちゃんに返事をしないと……





   ***





 12月。寒さが次第に厳しくなる。


 久令愛の訓練の成果を見るため、秋の内に申し込みをしておいた隅田川ゴミ拾いボランティアに参加だ。


 受付の手伝い、そして作業の説明係等、なるべく幅広く役割を貰って活動した。


 俺と美貴ちゃんが遠くから審査役として見守っていたが全く問題なく活躍する久令愛。


 特に困る人に近付いていき、身を粉にして助ける様子は健気で一生懸命に見えた。

 そんな姿に感銘する参加者の男。明らかに久令愛に好意を持った視線を送っていた。そりゃそうだ。あんなに天使の様に可愛いんだから。


 その男もボランティア活動に勤しむ中、コケて盛大にヒザを擦り剥き仲間から子供じゃないんだぞ、と呆れられて少し惨めか。


 そこへ目ざとく救急セットを持って駆けつける久令愛。優しい言葉とテキパキとした所作で消毒から絆創膏までこなしている。


 偉いぞ、と心の中で誉めたものの、感極まったかその男、久令愛に言い寄っているではないか! しかもその男へ嬉しそうにしてついて行く。


 おいおい! 何でそんなに仲睦まじいの、それもホストサービス? それともまさか……。



「……萌隆斗めるとくん、喉、乾いてない? ハイ、ドリンク」


 う、美貴ちゃん……やっぱりこの子は鋭い。きっと嫉妬してる様に見えたのだろうな。


 ただ、こうして見ると久令愛って、試用期間が終わった後、もし社会に出たら自分だけの存在ではない、って事か。なんか、それって……。


 あーモヤモヤするっ!


 ……って、あれほど親目線と言いながら結局この始末。そして先日の美貴ちゃんからのそれとない告白……今、本当に俺に必要なのは――――。



   *



 その後、家であれこれ堂々巡り。


 久令愛には『自我』がある訳じゃない。なのに恋人として本気で考えるのはやっぱりおかしいのか?

 しかもちゃんと言い寄ってくれる本物の人間の女の子が居るのに、それと同列になんて常軌を逸してるとしか……俺は一体何をやってるんだ?


 でももうこれ以上曖昧には出来ない…… 


 こんなにも迷うのはアレのせいだ。

 久令愛からあんな風に言われて俺は……。


 そう、昨日のやり取り……



  ・*:゚・⋆。⋆。:゚・*:゚・⋆。⋆。:゚・*・*:゚・⋆



『先日の美貴さんとのデート、楽しかったですか?』


『な、何……』


  ……あの日〈TRUE-LINK〉で盗聴された形跡は無かったはず。行き先も何も言わなかったのに完全にバレてる ?!


『ごめんなさい。鎌をかけただけですよ。でも私は単独行動を言い付けられ、その中でずっと考えていました―――自立と私の使命を」


「キミの使命……」


「はい。人を愛し続ける絶対律。そしてその上でやっぱり萌隆斗めるとさんの事を想ってしまうのです」


「い、いや、だから…」

「私は萌隆斗めるとさんのことが…」


『って待って!……止めようよ、そんな事……久令愛はもう俺から自由になっていいんだ!」


「……出来ません……」


 寂しそうな琥珀色の瞳は床へと向けられ、突っ張る腕。反り返る手首と固く握られた細い指は微かに震えていた。―――限界だ……。




「……なら……本当のこと話す。そして謝るよ」




 ―――― ゴクリ。

 静まりかえった部屋に溜飲の音が響いた。



「俺はキミが本起動する際にインプリンティング……つまり『刷り込み』をした。だからキミは俺の事を見てしまうんだ。

 ……でもそれはいけない事だった」



 ホントにゴメン……そう言って頭を下げた。



「それが何故いけないのですか?」

「だって……洗脳に等しい事だから」

「そうは思いません!」


 ……何で分からない! 俺は卑怯者なんだぞ!


「それに生活を共にして分かってきた。完全な自我が有るかは知らないけど、キミにはある程度の心があるって」


「私に……心が……」


「自分で考えられる上に感情だって殆ど体感してモノにして来た。そしてそれを積み重ねて蓄積してるならもうそれは……人と変わらない」


 ……おかしいと思ってたんだ。あの絶対律を越えそうになって消えそうになった時に……あんなにもパニックになって。もうとっくに心は芽生えてたんだ……

どうして早く人格を認めてちゃんと対応してこなかったのか……


「だったらキミにはキミの人生があるって思ったんだ。だから……』


 久令愛は首を大きく横に振った。


萌隆斗めるとさんの教え、それは仕組まれたパターン認識でなく私が見聞きして得たもので、そして考えるのでなく感じたもので判断して欲しいと言いました」


 確かに……ある意味、その為に搭載した脳神経ネットワーク。そして訓練して来た……

 

「なら私が自分の目で、耳で、感じて汲み取った上で、あなたを生涯のパートナーとしたい、そしてあなたを守って行きたい、役に立ちたい、そう考えたのを否定する意味が分かりません!!」



 泣きたいほど嬉しくて……そして悲しかった。



「ある意味それは正しい。でも完全な『自意識』を持ってるかまだ分からないキミがそう言うのは、俺の望む言葉をAIが先読みしている可能性も否めない」


「そんなの矛盾してますっ! ……私が自考出来るから自立して人生を歩んで欲しいと言いながら、私自身の判断であなたと歩みたいと言うと、それはパターントークに過ぎないと言う」


「うぅ……そ、それは……」


「そう思って私、オフラインでも考えてみたのです。パターン抽出を極力抑えた、自らの経験で捉えるコアの部分だけで」


 ―――久令愛のコア、脳神経ニューラルネットワーク……それがこの事にこんなにもこだわるなんて……


 そして食い入る様に見つめて言い放った久令愛。




「今は私はあなたに忠誠を誓うロボットです。でも例えばもし私が『完全に自我を持ち得た』として、仮に教えに背きたくなって反逆したとしたら、その時私は絶対律によって死ぬでしょう。


 だから一つだけ教えて下さい!


 もし私がこの先そうならない様に、導き、そして守ってくれる人がいるとしたら、それは生みの親ですか? ……或いは生涯のパートナーですか? ……それとも、」


 久令愛は寂しそうな伏し目がちでつぶやいた。


「私には……そんな人はいないのでしょうか……」



 ……うっ……



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< continue to next time >

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久令愛と美貴。つまりアンドロイドと人を選ぶとしたら……。


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